第二話 マグカップ
あなたも、もの好きですね〜。
物語というものは、不思議なものだ。最初からすべてが見えているわけではない。むしろ、あとから振り返ったときに「ああ、最初からここへ向かっていたのか」と気づくことが多い。
今回の物語も、そうして生まれた。
はじめにあったのは、「器」という言葉である。人の感情や記憶は、目には見えない。けれど、それらは必ず何かに宿る。それは場所、匂い、あるいは、日常の中にある小さな物なのかもしれない。そう思っていた。
ふと浮かんだのがマグカップだったのだ。
マグカップというものは不思議な存在である。ただの陶器の容れ物にすぎないのに、毎日手に触れ、口をつける。朝も夜も、何気ない時間に寄り添う。まるで人の記憶を少しずつ吸い込んでいく器のようなものだ。
だから、この物語ではマグカップを「器」にした。
このマグカップは、澪が遊に買ったものである。しかし、その可愛らしい柄を気に入った由真が「これ、ほしい」と言って持っていってしまう。父親にとっては、少しだけ困ったような、しかし微笑ましい出来事だったはずだ。
ところが、そのマグカップはやがて欠ける。
由真が施設でそれを取ろうとしたとき、高い場所に手を伸ばした。その瞬間、足元が崩れ、彼女は落ちてしまう。そして、そのときにマグカップも欠けた。
ここで大切なのは、マグカップが「壊れた」ことではない。欠けたまま残っているということなのだ。
壊れて消えたものは、物語になりにくい。だが、欠けたまま残るものは、記憶を抱え続ける。そう思った。
さらに由真は、そのマグカップに「パパへ」と書いていた。なんと、由真は父親にそれを返そうとしていたのだ。しかし、それは叶うことがなかった。
この構造は、言ってみれば「届かなかった手紙」である。ポストに入れられなかった手紙のようなものだ。読むはずだった人のもとへ届かないまま、時間だけが過ぎていく。
マグカップは、その手紙の代わりなのである。
物語の中で遊がそれを手に取るとき、彼はただの欠けた器を見ているのではないのだ。そこには澪の想いがあり、由真の想いがあり、そして自分の後悔がある。
器の中に入っているのは、甘いココアではなく、遊がついに知ることのなかった時間なのだ。
だからこの物語は、マグカップの話ではない。器の話でもない。
人が生きた痕跡は、どこに残るのか。ちょっと泣けてきちゃうような、そんな問いの物語なのである。えーん。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。気まぐれに、書いたり、書かなかったりします。稚拙な私のような者の書いた文章を読んでくださった、かなりコアなファンの皆様に、改めて感謝申し上げます。
猿吉




