第4話 変わり始める日常 嵐の前の静けさ
実はいうと俺は牛乳が苦手だった。
飲んだ後には独特の臭みが残るし、特別美味しいと思ったこともない。
好きか嫌いかと率直聞かれたら『嫌い』と即答できる。
牛乳嫌いのせいなのか、小学生の頃はチビでガリガリで背の順で整列するときはいつも一番前だった。
でも最近はちょっと背が伸びた気がする。それに筋肉質になっている。
牛乳のおかげだ。牛乳はすべての悩みを解決する。やっぱり牛乳は毎日飲むべきなのだ。
「でも味が苦手なのは変わらないんだよなぁ……」
どちらかというと『嫌い』。
それは今も変わりなかった。
離れた場所に牛乳を生み出すことができる。
集中すれば液体の温度を変えられることができることも分かった。
心の中で熱せられた牛乳をイメージすればホットミルクが出せる。
凍てついたイメージをすればアイスミルクが出せる。
ならば美味しい牛乳をイメージすれば味も変えられるのではないだろうか。
「……おいしい牛乳ってなんだ?」
牛乳なんてどれも味は一緒だろうに。
そう思っていたのだけど……
「え? は? まじ?」
秋の修学旅行で北海道に行った。
牛の乳しぼり体験を行い、生まれて初めて出来立てのミルクを頂いた。
今までの牛乳の概念が覆った気がする。
最高峰の牛乳は臭みがなく、なんと後味も良い。
これが本当に牛乳なのかと信じられなかったくらいだ。
「(これだ! これこそが……俺が理想としている牛乳だ!)」
もしこの味を俺の能力で再現出来たら喜んで毎日牛乳を飲もう。
むしろ牛乳を主食にしても良い。
素直にそう思えるくらい、北の大地の牛乳は格が違った。
「(この味を……! この味を記憶するんだ! 絶対に覚えて帰るんだ!)」
俺があまりにも真剣な表情で牛乳を飲んでいるせいで、周りのクラスメイトの視線は若干引き気味であった。
「……兄さん……その牛乳、そんなに、おいしいの?」
「……!!」
妹の小鳥が後ろから覗き込んでいる。。
まさか向こうから声をかけてくれるとは思っていなかったので、少しむせそうになってしまった。
そういえば幼い頃の小鳥はいつも俺の後ろに引っ付いてきてたまに囁くように語りかけてきてたっけ。
あの時と同じように小鳥が自然と話しかけてくれたのが嬉しかった。
「ああ。小鳥も飲んでみろよ! 牛乳の概念が覆るぞ!」
「……ふふ。なぁにそれ」
小鳥は微笑みながら俺から受け取った牛乳をゴクゴクと飲んでいく。
「本当だ……! とっても美味しい!」
全部飲み切った小鳥は満面の笑みを向けてくれた。
いつもの微笑とは違う。心の底から喜びを表情に体現している。
おいしい牛乳を共に味わうことで少しだけ昔に戻れた気がする。
「また俺が美味しい牛乳を飲ませてやるからな」
「……?」
俺が生み出した異能で小鳥に美味しい牛乳を飲んでもらう。
当面の目標はそれに設定しよう。
俺と小鳥の間にある壁。
別に俺たちは喧嘩をしているわけじゃない。
それに仲悪くしたいわけでもないのだ。
だからちょっとしたきっかけがあれば俺たちは元通りの関係に戻れる。
そのために俺は美味しい牛乳を生み出すトレーニングのみを行い、ようやく完成に至った。
「こ、小鳥……ちょっといいか?」
「…………」
部屋のドアを軽くノックしてみるが返事がない。
聞こえていないのか、わざと無視されているのか。
でも俺はめげずに声をかけてみる。
「じ、実はさ。美味しい牛乳が手に入ってさ。あまりにも旨すぎるからお前にも味わってもらいたくて持ってきたんだ」
「…………」
「そ、その、俺と話したくないなら別にそれでもいいから、牛乳だけでも飲んでみてくれないか? マジで旨いから!」
「…………」
うーん。無反応。
無視されるくらい嫌われているとは思ってなかったんだけどなぁ。
もしかして本当に留守なのか?
「小鳥~。ちょっと開けるぞ~」
「…………」
開けると言っているのに何の反応もない。
もし中にいるなら嫌がる声くらい聞こえてきそうだというのに。
と、いうことはこれは本当に?
ゆっくりとドアを開けてみる。
「……留守ですか」
もう21時半だぞ。こんな時間に帰っていないのはさすがにまずいんじゃないか?
「……迎えにいくか」
久しぶりにダッシュトレーニングがてら河川敷に行ってみよう。
俺はスポーツウェアに着替え、スニーカーを履いた。
玄関を開けると、若干肌寒い秋の空気が肌を突く。
「よーし。いくぞー!」
この時の俺は思いもしなかった。
この日を境に俺の日常が大きく変わってしまうということに。




