共闘譚:夜を超えるふたり
それは、秋の終わり、冬の足音が近づいていたある晩のこと。
リュミエール村の裏山にある“薬草の谷”に、貴重な《夜花ヒスイ》が咲いているという情報が入った。
それは、重い熱病に効く特効薬の材料であり、村の子どもが一人、高熱にうなされている今、どうしても必要だった。
「……でも、あの谷は夜しか花が開かない。しかも、魔獣の巣の近くよ」
ティナが険しい顔で言ったとき、誰よりも早く立ち上がったのが、葵だった。
「俺も行きます。薬草のことはわからないけど、装備なら任せてください」
こうして、ふたりの夜の探索が始まった。
葵は“暗所発光式ゴーグル”と“静音ブーツ”、そして“魔獣避け煙筒”を携えて臨み、ティナは薬草探知魔香を調合しながら進んだ。
月明かりも届かぬ谷の底。
風が止まり、空気が張り詰める。
そして――現れたのは、斑紋をもつ夜獣。
ティナが小声でささやく。
「……やっぱりいた。引き返すなら、今」
だが葵は首を振る。
「引き返せない人が、今ベッドでうなされてるんです。行きましょう」
彼は懐から“光閃式撃退玉”を取り出した。シャドウクロウの目は光に弱い。
ティナが頷いた。
「……じゃあ、私が囮になる。あんたは花を摘んで、合図が来たら投げて」
「了解です、相棒」
緊張の一瞬。ティナが獣を引きつけ、葵が谷底の花を摘む。
そして――
「今!」
炸裂する光。
うめき声を残して、シャドウクロウは逃げ去った。
戻る道すがら。
ふたりは、深く息を吐いた。
ティナがぽつりと言う。
「……正直、驚いた。あんた、やるときはやるんだね」
「いや、怖かったっす。でも……あの子が助かるなら、俺の発明も意味があるって思えたから」
ティナは少しだけ、目を細めた。
ティナがぽつりと口を開いた。
「……あの子、助かるといいな」
「絶対に助けますよ。だって、俺たちの努力が無駄になるのは嫌だし」
その言葉に、ティナは驚いたように彼を見た。
“俺たち”――そう、彼は最初から“自分ひとり”で頑張ったとは言わなかった。
共に動いたことを、自然と“ふたりのこと”として語っている。
(……こんなふうに、自分と“並んで”歩く人、いたかな)
それは今までにない感覚だった。
ティナはそっと彼の横顔を見る。
火を使わない“温光石ランプ”の明かりに照らされたその顔は、いつものように柔らかく、だけど少し疲れていて、それでも穏やかだった。
「……変わった人ね、あんたは。誰かのために動けるのに、全然それを誇らない」
「俺、目立つの苦手なんですよ。ただ……“ありがとう”って言ってもらえるだけで、もう十分なんです」
その瞬間、ティナの胸に、ふわりと何かが咲いた気がした。
ブックマークをよろしくお願いいたします♪