辺境の村、再出発の地
再び意識が戻ったとき、葵は藁の匂いと、どこか懐かしい木の温もりを感じた。
「……ここ、どこだ……?」
寝かされていたのは、木製のベッド。周囲の壁は土と木で作られた素朴な造りで、天井からは乾燥した薬草が吊るされていた。窓の外からは、鳥のさえずりと風に揺れる木々の音が聞こえる。
「目を覚ましたか」
不意に声がして、葵は身を起こした。腰を支えながら振り向くと、扉の向こうから入ってきたのは、年の頃五十ほどの男性。無骨な顔に白い髭、だがその瞳にはどこか優しさがあった。
「ここはリュミエール。辺境の村だ。お前さん、森の外れに空から落ちてきたんだぞ。まったく、どんな魔法を使ったのやら」
――空から落ちた、という事実が、頭の中でゆっくりと蘇ってくる。
夢じゃなかった。
あれは確かに現実で、自分は本当に――どこか異世界のような場所に来てしまったらしい。
「……すみません、助けていただいて」
男は手を振った。
「気にするな。俺はこの村の世話人みたいなもんだ。お前さんの世話はもう少し任せてもらうぞ。それより……体、どこか痛むか?」
「いえ、大丈夫です。……なんとか、生きてます」
とりあえず礼を述べながらも、葵の頭は混乱していた。
ここはどこだ? 元の世界には戻れるのか? そもそもどうやって来た?
だが、その問いに答えられる者は、今のところこの場にはいなかった。
数日が過ぎた。
村の生活は驚くほど素朴で、だがどこか心地よかった。人々は温かく、農作業に勤しみ、家畜を世話し、井戸水で生活していた。だがその一方で、薪は重労働、食事は単調、道具は古びており、どこか“非効率”な暮らしが目立っていた。
葵はある日、村の集会所で「村の道具屋が潰れて空き家になっている」と聞いた。
それを聞いた瞬間、彼の中にひとつの直感が走った。
――あれ? 俺、あの工房、ちょっと使ってみたいかも。
電動工具も3Dプリンタもない。けれど、ノコギリや金槌ぐらいはある。しかもこの村、素材の宝庫だ。木材、鉱石、薬草、動物の皮革……現代なら金がかかる資源が、目の前にある。
「俺……“道具屋”として生きてみるのも、ありなのかもしれないな」
あくまで“再出発”として。
世界のどこかで死んだ自分の代わりに、生き残った自分が、何かを作って誰かの役に立つ。
そんな生き方も、悪くないと思えた。
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