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技術と秩序の狭間で

 辺境の村リュミエールで生まれた数々の発明品が評判を呼び、周辺の村や町にもその名が知られるようになった頃、王都から一通の公文が届いた。

「葵・アオイ。貴殿の技術は“魔法体系を逸脱した危険技術”と見做され、魔導具ギルドおよび王立魔術院より、異端認定の疑いにより召喚される」


 差出人には、王国三大貴族の一つ「ゾルタ侯爵家」の名が記されていた。

 ゾルタ侯爵家は長年、王国の魔導具産業に深く関わってきた名家である。彼らは王都における魔導具ギルドの運営にも影響力を持ち、多くの特許と利権を保有している。特に、魔法と貴族階級の結びつきを強く支持する保守派であり、“非魔法技術”の台頭は、その支配体制の根幹を揺るがす危険因子として見なされていた。


 葵の発明品が辺境で広まり始めた当初は静観していた彼らだが、王都の市場にもその波が届き始めたことで、一気に圧力を強めたのだった。


 さらに、ゾルタ侯爵家が独占的に供給していた高級魔導具は、庶民には手の届かない価格で知られており、王都の貧民街では「生活を支える道具がなぜここまで高いのか」と不満が蓄積されていた。市民の中には、生活費の半分以上を暖房魔導具の維持に費やしていた家庭もあり、葵の発明によってその代替が可能と知ったことで、怒りの矛先が一気にゾルタ家へと向かい始めていた。


 実のところ、王家もまた長らくゾルタ侯爵家を疎ましく思っていた。王族としての面目を保つため、彼らの政治力と経済支配に目をつむってきたが、魔導具ギルドを介して王政に干渉しようとする動きには、限界を感じていた。今回の“異端認定”は、ゾルタ家にとっては技術排除の手段であり、王家にとっては長年の牙を抜くまたとない機会でもあったのだ。



「これって……まさか、俺、捕まるのか?」

 ユグド工房で通達を読んだ葵は、頭を抱えた。


「捕まる、までは行かないかもしれないけど、下手をすれば技術をすべて没収される可能性もあるわね」と、ティナは眉をひそめる。


 その翌日、村には王都から派遣された査察官が現れ、工房の設備を調査し、村人にも圧力をかけ始めた。

「葵さんがいなければ、村は狙われないんじゃ……」

 そんな声が漏れはじめたとき、ティナが村の広場に立って叫んだ。

「違う。彼がいなかったら、今の私たちの暮らしはなかった! 誰よりも村に尽くしてくれた彼を、こんな形で追い出すなんて許せない!」

 その言葉に、沈黙していた村人たちがうつむきながらも、一人、また一人とうなずき始めた。



「……証明してみせます。俺の技術は異端でも邪悪でもない。人を救うための、希望です」

 葵は覚悟を決め、王都へと旅立った。



 王都郊外の広場に、臨時に設けられた「辺境発明展示会」。

 王立魔導具ギルド、王族の使者、貴族、一般市民まで、多くの視線が注がれる中、葵は一つひとつ、自らの発明を披露していく。


「これは“くるくる鍋”です。焚き火の熱で底の羽が回転し、煮込みを自動で攪拌してくれます」

「こちらの“温熱寝台”は、魔法を使わずに熱を一定に保つことができます。冬の寒さが厳しい村で、大きな助けになります」

「“暴走魔法遮断装置”は、魔力暴走時に自動で遮断結界を展開する装置です。魔法の安全利用のために作りました」

 会場には驚きと称賛の声が広がった。

「これが……魔法なしで?」「信じられない……でも、便利すぎる!」


 続いて行われた公開討論。

 魔導具ギルド代表のカーディスが壇上に立つ。

「これらの装置は、王国の魔法体系を揺るがす異質な技術だ! 未検証かつ危険であり、流通すれば魔導士たちの職が奪われる!」

「……知ろうとしなければ、いつまでも“未検証”のままです」

 葵が前に出る。

「僕は、制御方法を記録し、誰にでも使える形で提供してきました。それは魔法と同じです。技術にも、責任を持たせられると信じています」

 カーディスが反論しようとした。


 その時だった。

「ちょっと待った」

 声を上げて割って入ってきたのは、洒落た帽子をかぶった青年商人、グレンだった。


「この討論、あまりにも一方的じゃないか? 葵の技術が“異端”なら、俺はその異端に何度も助けられてる」

 ざわつく場内に、グレンは堂々と壇上に上がる。

「俺は商人だ。損得で動く。でもな、葵の発明品は、売れるだけじゃない。“使った人の人生を変える力”がある。そんな品を“危険”の一言で切り捨てるなんて、もったいないにも程がある」

 グレンの発言に、一部の貴族たちや商会代表がざわめき出す。

「商業連合の推薦を受けた発明家に対して、異端の烙印を押すとは……王都も落ちたな」


 さらに続く市民の証言。

「この人の道具で、病気の母がこの冬を越せました」

「火傷を負った娘を、あの遮断装置が守ってくれた!」

「うちの店でも使ってます。労働時間が減って、家族と過ごす時間が増えました」

 そして誰かが叫んだ。

「ゾルタ侯爵家の魔導具なんて、一つ買うのに家計がどれだけ苦しかったか……!」

「いっそ全部、葵さんのに切り替えてほしいわ!」

「庶民の暮らしなんて考えずに、利権だけ守ろうとする貴族の言葉なんて、誰が信じるもんか!」


 騒然とする討論会の最中、ゾルタ侯爵家の代表が最後の切り札を突きつけた。

「このままでは、魔導秩序が崩壊する。王国にとっての脅威だ!」

 それに対してグレンが静かに笑った。

「いいや、崩れるのは“利権”だろ? 技術じゃない」


 観衆のざわめきの中、葵は語った。

 「技術は、誰かを支配するためのものじゃない。支え合うためのものだと信じています」


 その時、民衆の中から自然発生的に拍手が起こった。

 ゾルタ家の魔導具に長年苦しんできた人々。生活費の半分を魔導具維持に使っていた者たち。命を守られた者たち。

 広場は拍手と怒号に包まれ、その中ではカーディスが何を言っても民衆には届かず、ゾルタ家の使者も静かに退席した。

「あの聖獣は、やはり変革を呼ぶ存在だったか…」



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