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私が見た未来

作者: てこ/ひかり

「塩崎さんは、未来が見えません」


 朝の会、先生が黒板の前でそう告げた。教室はたちまちシン……と静まり返った。

「いい?」

 先生はジロリと私たちを見回し、いつもとは違う真剣な表情で忠告した。

「転校生が()()()だからって、仲間外れにしたり、変に特別扱いしないように。彼女だって皆さんと同じ人間なんですからね」

 私たちは黙って頷いた。

 それを確認すると、先生は廊下で待っていた転校生を教室に招き入れた。


 塩崎未来です。 


 なるほど病弱そうな色白の、線の細い少女だった。綺麗に切り揃えたおかっぱ頭が、天使の輪っかを作っている。新しくやって来た転校生が、先生の隣で小さくお辞儀し、か細い声で自己紹介を始めた。


 どこどこから来ました、好きな食べ物は、前の部活は……もちろん、私たちには全員その未来が見えていたので、紹介される前に全部知っていた。

 

 だけどみんな、興味津々だった。私もだ。過去視という、いわゆる『未来が見えない』病気の人がいることは知っていたが、実際に会うのは初めてだった。


 人間には普通、未来が見えている。


 見える範囲は個人差があるが、大体3日から、長い人で5年くらい先までは見えているものだ。確かギネス記録は109年と3ヶ月だった。頭の中に映像(ヴィジョン)が見える人もいるし、その腕一つで、芸術作品で無意識に未来を描く人もいる。生まれつきみんな未来が見えているから、事故に遭わずに済むし、今夜の夕食の献立に迷うこともない。


 本や漫画、映画の類は、見る前にみんな内容が分かってしまうから、全部廃れた。はいはいどうせハッピーエンドなんでしょ。あー、そのパターンね。知ってる知ってる。もう見た。ったく、どいつもこいつも、どっかで見たような展開ばっかりでさぁ。


 スポーツやギャンブルも同じだ。結末が分かりきっていると勝負が成り立たない。代わりに占い師や予言者が国家資格の人気職業になり、人々はより遠い未来が見える人に助言を受けようと、高く金を積み長蛇の列を作った。


 私たちにとって、未来は見えて当たり前だった。だけど世の中には、ごく稀に当たり前じゃない人も存在するみたいだ。約100万人に1人の奇病……未来が見えない、過去視と呼ばれる人たちだ。


「よろしく」


 過去視の塩崎さんは、私の隣の席になった。少し緊張しているのか、表情がぎこちない。もちろん私にはその未来が見えていたので、準備万端の笑顔を返した。


「ねえねえ、過去が見えるってどんな感じ?」

「未来が見えないと不安じゃないの?」

「過去ばっかり見えて辛くない?」

「思い出って何? どんな味がするの? ねぇ? ねぇ?」


 休み時間になると、塩崎さんの周りに人集(ひとだか)りが出来て、みんなで彼女を質問攻めにしていた。塩崎さんは自分の席に座ったまま、困ったように苦笑いを浮かべていた。

無理もない。

未来が見えないのだ。次の瞬間どうなるか分からないなんて、毎日不安でしょうがないだろう。授業中、いつどんな質問で自分が当てられるかも、彼女だけは知らないのだ。私は同情した。


 それから、昼休み。塩崎さんは弁当も広げず、逃げるように教室を飛び出して行った。誰も追わなかった。その未来はみんな確認済みだったから。人気のない中庭の、花壇の片隅で過ごす塩崎さんの姿が。


 一週間くらい経っただろうか。相変わらず塩崎さんは、昼休みになると教室を抜け出し、一人中庭の花壇に向かった。私は昨日見た未来通りに、彼女の後を追った。あまり気乗りしなかった。これから彼女と言い争いになる。そういう未来だったのだ。


「塩崎さん?」


 案の定、彼女は日陰の中、花壇の前で一人パンを齧っていた。私が声をかけると、彼女は顔を上げ、驚いたように目を丸くした。どうしてここが。そんな表情だった。


「大丈夫? その……もうクラスには馴染めた?」


 私は未来で見た通りに彼女に話しかけた。返事はない。それも未来通り。彼女は黙って立ち上がり、赤いジョウロを手に取ると、まだ芽の出ていない花壇に水を撒き始めた。これも未来通り。私はため息をついた。それも。これも。


「塩崎さん……」

「…………」

 盛り上がった土の山脈が水を吸い込み、山頂付近が少し崩れ落ちる。麓では突然の大洪水に、ダンゴムシが驚いてひっくり返っていた。 

「その花……咲かないよ?」

「…………」

「横山さんが言ってたもん。その花壇に植えた花は、来年の夏には暑さにやられて全部枯れちゃうって」


 横山さんと言うのは、私たちのクラスで一番遠い未来まで見える優等生だ。私なんてせいぜい2日で精一杯なのに、彼女は常に安定して3年先の未来まで見えている。おかげで自分が進学するのか就職するのか、私たちのクラスで迷う人はいなかった。ちなみに横山さんは、一度就職に失敗するらしい。彼女が最近落ち込んでるのは、そのせいだった。


「だから……ね?」

 私はぎこちなく笑った。

「その……そろそろ教室に戻って、みんなと」

「……どうして分かるの?」


 塩崎さんはジョウロを手にしたまま、ジロリと私を睨みつけた。私は首をすくめた。怒っている。分かっていても、見えていても怖いものは怖い。未来なんか見えなきゃ良いのに、と思うのはこういう時だ。


「どうしてあなた達は……そうやって何でもかんでも未来を決めつけたがるの?」

「…………」

「『未来は明るい』、『未来は暗い』、『未来に絶望するな』、『未来に希望を持つな』……良い加減にしてよ。勝手に押し付けてこないで。私の未来は私が決めるの。この花だって」

「…………」

「咲くかも知れないじゃない。まだ分からないじゃない。私に言わせたら、あなた達の方がよっぽど病気よ。未来が見えるだか何だか知らないけど、勝手に落ち込んじゃったり、浮かれちゃったり、バカみたい!」


 気がつくと塩崎さんは、ジョウロをキツく握りしめ、その瞳に涙を浮かべていた。私は目を伏せた。


 まいった。未来が見えない人に、見えている未来のことを説明するのがこんなに難しいとは。彼女は、きっと寂しいのだ。周りはみんな未来が見えている。だけど自分だけ……ひとり取り残されたような気持ちになって……それは分かるけれど。見えるけれど、私には上手くかける言葉が出てこなかった。


「あなたは諦めるの?」

「え?」

「見たものを、見たままに受け入れるだけ?」

「…………」

「もしあなたの未来が『暗いです』って言われたら、諦めて、ただ黙ってそれを受け入れるだけなの?」


 私は顔を伏せたままだった。しばしの沈黙。再び顔を上げると……案の定……塩崎さんはいなくなっていた。空になったジョウロだけを残して。咲かない花壇の麓で、小さなダンゴムシが、健気にも前を向き登頂を再開していた。そういえば、ダンゴムシには未来が見えているのだろうか? 私には良く分からなかった。


 それから一週間後。


 塩崎さんは親の仕事の都合で、再び別の学校に転校して行った。私たちは特に驚かなかった。もちろん見えていたから。


 塩崎さんのために、サプライズで色紙や花束を用意したが、彼女は受け取らなかった。結局彼女は、最後までクラスに馴染むことなく去って行ってしまった。それが見えていた未来だとしても、やはり寂しいものは寂しい。私はというと、再び空になった隣の机をぼんやりと眺めながら、ひとり塩崎さんとの会話を思い出していた。


 数日後、私は突然未来が見えて、急いで花壇に走った。用務員のおじさんが、花壇を撤去しようとしている。中庭にたどり着くと、おじさんが花壇の前で、怪訝そうな顔をして私を見つめていた。


「どうしたんだい? 昨日から君が駆けつける未来が見えて、待ってたんだけど」

「待ってください。その……花壇を撤去するのは」


 私は膝に手を着き、ぜえぜえと息を切らしながらお願いした。おじさんは不思議そうに首を傾げた。


「そりゃまたどうして? 君も知ってるだろう? だってこの花壇には……」

「……咲くかも」

「え?」

「咲くかも、知れませんから。まだ未来は……分からないので」


 ……未来が、分からない?

 一体この子は何を言っているんだ?


 おじさんの表情はそう物語っていたが、可愛い(ここ大事)学生の頼みとあってか、渋々ながらも了承してくれた。おじさんは用務室に戻って行った。私は一人中庭に残って、まだ何も咲いていない土の山を見つめた。


 咲くかも知れない。咲かないかも知れない。そうだよ。まだ分からないじゃないか。もしかしたら、偉大な未来視たちが見過ごした天変地異が起こって、天候がガラリと変わって、この花だって咲くかも知れない。そしたらこの花は、人類最後の日に咲くかも知れないこの花は、一体どんな姿形をしているんだろう?

 

 分からない。分からないことが、こんなにドキドキすることだったなんて。私は驚いた。来年が楽しみになった。いつかのダンゴムシが山頂で、嬉しそうに私に手を降っていた。

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― 新着の感想 ―
最初は?が浮かびましたが上手く繋げて話が膨らみ 未来とはなんだろうと改めて考えさせられました ありがとうございますm(_ _)m
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