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メビウスの恋  作者: 牧亜弓
ラジオの声
5/60

破かれたファンレター

僕は、あまりにも共感してしまったのだ。あのラジオ番組「ラジオの声」に。あの文化人の、少し斜に構えたようでいて、どこか誠実な声に。だから、僕はどうしようもなく、ハガキを書きたくなってしまった。感想というより、それはもう、ほとんど告白に近い。番組に対してというより、あの“声”に対する恋文のようだった。


――あの夜、僕は、あなたの声に救われた気がしました。


書きながら、これはヤバい、と思っていた。恥ずかしいとか、そういう種類の羞恥ではなく、「これを送ること自体が、あの人の言葉を否定してしまう」という、妙な自責だった。なぜなら、番組で彼は言っていたじゃないか。「ほんとうの好きっていうのは、語ってはいけないものだ」と。僕は、まさにその“語ってはいけない好き”を、封筒に入れて、郵便ポストへと運ぼうとしていたのだ。


だから、書き終えたあと、ふと我に返って、ハガキを手にとって、そして、ビリビリに破いた。


破りながら、「これじゃあ!相手にとって、ウザいだけじゃないか!」と、誰に聞かせるでもなく叫んだ。エンターテイメントの場に、熱愛を送りつけるなんて、あまりに自分勝手じゃないか。おそらく彼がもっとも嫌う行為だっただろう。僕は、それをやろうとしていた。いや、寸前で踏みとどまったのだから、まだ救いはあるのかもしれないけれど。


破かれたハガキの断片が、机の上に積み重なっていた。文面の一部が、まだ読める。


「僕は、あの夜、ひとつの……」


その続きを、僕は覚えていた。書いたばかりだから当然だ。でも、もうそれを言葉に戻すことはできない。文字は破かれて、文脈は壊れた。けれど、それでも、不思議と、心の中では、あのハガキがいまも生きていた。


好きは、言葉にしないことで、かえって深くなるのかもしれない。


あるいは、その残骸の中でだけ、静かに成長し続ける何かがあるのかもしれない。


僕は、紙片をそっと掻き集めて、引き出しの奥にしまった。捨てることもできず、かといって残しておくことにも意味があるのかわからなかったが、ただ、それが“僕の好き”の唯一の形なのだと思った。


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