心のボクシング
それ以来、僕はボクシングというものを一切見ないことにした。テレビでリングの中で闘う選手たちの姿を偶然目にしても、すぐにチャンネルを変えた。あの頃の記憶が鮮明に蘇り、胸の奥に刺さった痛みがまた疼き出すのが怖かったからだ。ボクシングは、ただのスポーツの枠を超えてしまっていた。あの彼女とあの男の影が重なり、僕の心の中で戦いを繰り返していた。
あいつはボクシング部で、きっと彼女に近づき、笑わせ、楽しい時間を共有していたのだろう。僕があんなに必死に想いを伝えたのに、彼女はどんどん離れていった。きっと、あいつの言葉や振る舞いは僕のそれよりずっと軽やかで自然だったのだろう。僕の気持ちは重たくて、ぎこちなくて、彼女の心をつかむには遠すぎた。
友人たちがボクシングの話で盛り上がるとき、僕は興味を装いながらも心のどこかで距離を取っていた。まるで遠い戦場を覗き見るような気持ちで、そこに自分の居場所がないことを感じていた。誰にも言えなかったが、あいつに対する憎しみがふつふつと湧き上がってくるのを止められなかった。
けれど、それは同時に自分自身への怒りでもあった。なぜ僕はもっと強くなれなかったのか、なぜあいつのように軽やかに彼女と接することができなかったのか。すべては僕の弱さのせいだと思い知らされていた。だからこそ、ボクシングを見ることができなかった。あのリングの上で彼女とあいつの姿が重なり、僕の胸が締め付けられるからだ。
時間が経つにつれて、僕は過去の痛みと少しずつ折り合いをつけていった。けれど心のどこかで、あの出来事は決して忘れられないし、忘れてはいけないものだとも感じている。初恋の苦さ、憎しみ、そして失ったものの大きさ。それらが今の僕を形作っているのだ。
それでも僕は前に進まなければならなかった。過去の影に押しつぶされそうになりながらも、日々を生きていくしかない。ボクシングを避け続けることは、自分の心に蓋をすることでもあったけれど、それは今の僕にとっての唯一の防御だった。
誰かに話すこともできず、理解してもらうこともできず、ただ一人で抱え込んできた感情。それがいつか解放される日は来るのだろうか。そんなことを考えながら、僕はまた静かに目を閉じる。
過去の僕が叫んだ声はもう聞こえない。でも、その声は確かに僕の中に生きているのだ。あの日の寒い教室の朝の温もりも、彼女の横顔も、あいつの笑い声も、すべてが絡み合いながら、今の僕を形作っている。
だから、僕はまだボクシングの試合を見ることはできない。あれは、あの時の痛みと憎しみの象徴だから。見ればまた、胸が裂けそうになるから。ただ、いつか、その痛みと向き合える日が来ることを、僕は密かに願っている。