高校時代の初恋について
あれは高校二年生の冬だった。雪が降るような寒さではなかったけれど、教室はまだ朝の光を吸い込む前の、うすら寒い時間帯だった。始業前の教室で、僕は誰もいない最前列の席に、背中を丸めて座っていた。ストーブの真ん前の席。冬だけは、この席で得をした気分になる。
その朝、僕は数式の入ったプリントをぼんやり眺めていた。窓の外の曇天と、紙の上の記号たちは、どこか似ていた。そこに、ふわりと誰かの影が差し込んだ。女の子だった。クラスの、後ろの席の。話したことなんて、たぶん一度もなかった。
「おはよう」と言って、彼女は僕の席の前、ストーブの真ん前に腰をかけた。僕の席の、たった三十センチ前。制服の袖口を手でつまんで、少し震えながら。
「ここ、あったかいね」と言って、僕の顔をちらりと見た。
それだけのやりとりだったのかもしれない。だけど、僕の中では、世界が反転したような気がした。なぜ彼女が僕の前に来たのか、なぜ僕に話しかけたのか。わからないまま、ただ彼女の横顔を見ていた。彼女の言葉と体温が、朝の空気を押しのけて、そこにあった。
彼女の横顔は異様に美しかった。もともと、顔つきが西洋人みたいだったのである。その美しさは、あの時間、あの時代だけにしかない、天然の素晴らしさだった。どこかで、幼さとも結びついていただろう。彼女は色々なことを話しかけてくる。
僕は「ああ」とか「うん」とか、生返事みたいにして聞いていたのであるが、その言葉は、僕の中ではそんなに共感を得られるようなものではなくて、全く異質だった。異物だった。しかし、だからこそ、とても心地よく感じることができたのだ。
その時の思い出が、本当に僕の中で何回も何回も反芻された思い出なのであるが、僕の人生の生きる支柱みたいになっていた。それは本当に言葉に表すにも難しい感覚である。甘酸っぱい思い出、ってだけの言葉では済まされない、貴重な瞬間だった。
しかも、僕はその日の午後、彼女の家に電話しているのだ。彼女は、僕の態度がそっけなかった。ということを言っていたが、「いや、それはつまりごめん」と、僕は謝っていたのだった。