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絶対自殺止めるマン

 俺の名は、下山(しもやま)大悟(だいご)

 夢は、最高に速くて軽い、風になれるバイク、Ninja H2 Carbonに乗る事。俺好みのカスタムも合わせると400万の金が必要。だから俺は山奥の故郷を出て、70の会社で不採用とか転職とかの末、新聞配達なら人間関係もウザくねぇし二輪に乗れて……続くと思っていた。

 でも、なぁ。

 まさか、なぁ。

 青信号の交差点を通ってたのに、でけぇ車に撥ねられて、右手がふにゃふにゃに曲がっちまって、


 もうバイクに乗れなくなっちまったなんて、なぁ。




──────




 右手に包帯をガチガチに巻いた俺は、今日、病院を退院して、ぼんやりと歩く。

 家には向かうが、何となく帰りたくない。

 何となく見つけた小さな公園には誰もいなく、家よりも居心地が良さそうだと感じて、公園のベンチに座る。

 ぼんやり、雲を眺める。


───ぐう


 ……心がぶっ壊れても、唯一普通なのは腹の虫。

 別に、貯金はある。職場からも、事務作業ならどうかと言ってもらえた。生きていく事は、出来る。事故った時の保険金もあるし、別にすぐ無一文になる訳じゃねぇ。

 でも、もう、人生の楽しみが無くなっちまって。何の為に生きたらいいのか……食べる事とか生きる事が、分からなくなっちまった。

 あーあ……俺なりに頑張ってきたのに。人生ドン底すぎて、つれぇわ……


「おーっす! 元気か?」


 なんて目を閉じていると、知らない男が俺に話し掛けてきた。髪を七三分けに決めてるし、声が大きい。第一印象から鬱陶しいというのが率直なイメージだ。


「失せろ」

「おいおい、初対面でそれはヤバいって」

「関わりたくねぇつってんだ」

「まぁまぁ。別に悪くしねぇって」


 そう言ってそいつは俺の隣であぐらをかいて、ビニール袋を見せてきた。


「これ食えよ」

「は? 何のつもりだよ」

「何かする訳じゃねぇって。ほら、美味そうだろ?」


 そう言うと、そいつは袋から中身を出して俺に見せつけてくる。個包装されたパンが複数ある。


「こいつは、あんぱん。バニラメロンパンに、一口アップルパイ! これマジうめぇから!」

「……いらねぇ。どうせ高く取るんだろ」

「取らねぇよ。タダでやるよ、全部」

「……」


 タダで、初対面の俺に渡そうとしている。

 さっきから、この謎の男は何を試したいんだろうか。


「何だよ、不味そうなのか?」

「はぁ!? ンな訳!」


 俺は砂場から起き上がり、ふざけた事を言う謎の男からアップルパイの袋を取る。

 ……やられた。こんな得体の知れない奴の言いなりになるのが癪だったが、その逆を突かれた。

 それに、この男は信用してないが、何故だかこのパンは信じられる。こいつではない、別の人が作ったんだろう。


「食うぞ」

「おう!」


 謎の男に警戒しつつも、俺は封を開く。

 ……。

 ヤバい。リンゴとシナモンの甘い香りが鼻を撫でてきた。

 生唾を飲み、一口頬張る。

 噛む。噛む。噛む……消えた。

 もう一つ、口に。噛む。噛む。消えた。

……不思議だ。喉が勝手に腹に運んでいく。もう少し噛んで味を楽しみたいのに、お腹の方も寄越せと言わんばかりに全身が大騒ぎだ。


「な、美味いだろ?」

「……おう。美味ぇ」

「ん? 何だその手は」

「あんぱんも、くれ」




──────




 空になったビニール袋をぎゅっと圧縮して、改めて、謎の男に問う。


「それで。何が目的だ?」

「特に無ぇけど……強いて言うなら、お前と30分くらいここでボーッとするために来た」

「暇人かよ。仕事はどうした?」

「これが仕事だ」

「楽な仕事だな」

「楽だぜ。やるか?」

「マジで言ってんのか?」

「おう。大真面目だ」

「おいおい、生産性あんのか? どうせカスみてぇな給料だろ!」

「……今日の場合だと、お前と30分話すだけで万札1」




──────




 働く事にした。

 志望理由はもちろん、金だ。それしかない。

 仕事内容も良い。規定の日付と時間と場所に現れるターゲットを規定時間足止めするだけ。能力も資格も不要で、右手がダメで性格が捻くれてる俺にでも出来る。稼ぎたいなら何件でもいい。休みたい日はゼロ件でもいい。やる気が気まぐれな俺には丁度良い。

 生産性も申し分ない。なぜなら、そのターゲットは、近い未来で自殺する奴ばかり。その未来をちょっとの労力で変えるのが仕事だ。どうして未来が分かるのかは企業秘密らしいけど、実際に俺自身もそっち方面の考えを誰にも口にしてないのにバレたから、充分に信用していい。

 ただ、唯一気に食わないのが、この仕事の組織名。それが……


「絶対自殺止めるマン」


 呆れて棒読みになってしまう。

 ぶっ飛んだネーミングセンスのそれが、名刺に真面目そうに綺麗な字体で書かれてある。職質されたらこれを名乗るのか、俺は。

 ……まぁ、金がいいから、それくらい我慢だ。

 さて。

 ターゲットは、中学3年生。名前は朝日(あさひ)幸助(こうすけ)。勉強が出来ず底辺の高校にしか受かりそうになくて生きる気力を無くした……って感じらしい。

 まぁ、分からんでもない。この世は頭良い奴が思い通りに生きられるから。


「よぅ」

「……」


 スルーされた。橋に向かう足取りが早歩きになった。


「おい! 待て!」

「ひっ! わぁああ!」


 あいつ、びっくりして全速力で逃げやがった!

 一直線に目標地点へ向かった、その先は……


───ステーン!!


 と。派手に足を滑らせて、背中を打ち付けてすっ転んだ。


「いっったぁ……」

「あーあ。だから待てって言ったのに」


 ゆっくり近付く俺に気付いた幸助が、俺の顔を見てくる。


「これ、あなたが?」

「ああ。お前の自殺を止める為にな」

「なっ……んで、それを」

「俺もよく分かんねぇけど、うちの会社にそういう未来が分かる奴がいるんだわ。んで、お前を止めたら給料が貰えるって訳。そーゆー仕事。OK?」

「……信じ難いですけど……把握しました。それで、僕をどうするつもりなんですか」

「は? どうするって……もう、どうもしねぇよ。仕事は終わったし」

「……」

「おいおい、何でそんなしょぼくれるんだよ?」

「だって……今日なら出来るって……やっと動けたのに……」

「あのなぁ。1回ダメだったくらい、何だよ。俺なんか70回転職したかんな? だいぶ人生損してんぜ? 俺からしたら、まだ何とでもなるわ。だからよ、また頑張って再挑戦しようぜ! な?」

「え、えっ? な……あなたは何言ってんですか。自殺、ですよ。良くない事なのに、何で応援するんですか」

「あ。まぁー……確かにそうだな。すまん。別に、お前が嫌いだとか変な意味合いで言った訳じゃなくてだな……何つーか、今までやれなかった事とか、殻を破って頑張ろうとしてんのって簡単に出来る事じゃねーから、お前すげーなって思ったんだ」

「……そう、ですか」

「おお。だから頑張れ! そしたら、また俺が止めるけどな! あ……そうか、また俺が止めて、何度もやりゃあ、給料がっぽり貰えんじゃん! っしゃあああ!」


 テンション上がって跳ぶ。そのまま空中で方向を変えて、鼻歌を歌いながら帰路へ向かう。


「じゃ、またな!」

「え、あ、ええ……?」


 何て素晴らしい仕事なんだ。やればやるほど金が増える。1回きりじゃなく次もある。これなら余裕で貯金出来そうだ。

 絶対自殺止めるマン。悪くねぇ。ダセェけど。




──────




 そうして何回も、何回も。場所は毎回同じ橋。同じ場所に向かう幸助を、俺は止めた。

 どんな真夜中でも、先に俺がその定位置にいたり。

 それでも俺の隣に来て手すりを登れば、その下で網を仕掛けてあったり。

 俺が居ないと見せかけて、ドミノが並べてあったり。

 警戒心が強くなった所に、敢えて最初と同じくローションを仕掛けたり。


 何やかんやと足止めをして、がっぽがっぽと稼がせてもらった。




──────




 そんなある日。俺は、家のチャイムを鳴らす。

 出てきたのは、ドン引きした顔の幸助。


「何ですか、こんな所にまで来て」

「まぁいいじゃねーか。ちと手土産があってよ」


 そう言って、俺はビニール袋を見せる。


「いりません。帰って下さい」

「お? そりゃ残念だ。めっちゃ美味ぇんだがな〜このアップルパイ」


 袋から出して、幸助の目の前で俺はそのアップルパイを頬張る。うん、今日も最高な仕上がりだ。

 チラリと、薄目で見る。

 幸助のやつ、俺の口とパイの袋を何度も見てる見てる。

 明らかに欲しそうにしている。でも、あげないのが俺。


「2個目〜。んんんヤベぇ〜。何だ、欲しいか?」 

「要りません」

「そうかよ。んじゃ全部食べよっと」


 遠慮なく、無慈悲に、幸助の目の前で腹にドーンと収めた。最後の一口で眉毛を八の字にして見ていたのを、俺は逃さなかった。


「……酷いです」

「何がだ?」

「わざわざ、見せながらなんて。どっかその辺で食べて下さいよ」

「……悪ぃな。本当は、欲しかったのか?」

「……はい」

「はっはっは! そぉーっかそっか! ほれ!」


 俺はビニール袋から、さっきと同じ、アップルパイ入りの小袋をもう一つ出して渡す。

 受け取った幸助は、驚いたが、すぐ恥ずかしくなったのか視線が下へ。


「あ……あるなら、早く言って下さい」

「悪ぃ! はっはっは!」




──────




 それからというものの、いつもの橋で俺と幸助はいつものように会うが、最近は飛び降りる事を試す訳でもなく、俺の隣に来ては一緒に空をぼんやり見る事があって。それだけなら別に俺は楽できるから良いんだけど、今日はいつもと違う。

 真っ黒の学ラン姿を、俺は初めて見た。

 でも、やっぱり何もしないで、一緒に空を見上げる。


「それ、似合ってんじゃん」

「そうですかね」

「おう。いかにも頭良さそうに見えるぜ」

「いつもの私服だと頭悪く見えるんですか」

「そりゃそーだろ。寝巻きだかダル着だか知らねぇけど、自殺する奴がお洒落なんかして来ねぇし」

「まぁ、確かに」

「そうさ。気持ちの整理で精一杯なのに、んなもん出来っかよ」

「……ふふ。そう見えます?」

「おう。ここしばらくの間で分かってきた。だから思うんだ。学校で、何かあったのかって」

「……はい。自殺の原因も、そこです」


 幸助が、どこを見てるか分からない視線で、下を見る。下には、高速道路を走る車が何台も忙しなく通り抜けている。


「もう、嫌なんです。笑い方が気持ち悪いって言われるのは」


 そんな一言を、乾いた笑いで、幸助は続けた。


「そんな噂を誰かが広めたんです。そしたら……先生の授業で笑い話が出ても、僕の顔をクラスの皆が見て、クラス全体の笑い声が一瞬で静まり返るんです。昔は普通に話せていた友達ですら、そんな感じになっちゃって。学校行事でチーム分けする時はいつも余るようになって」


 幸助の握る手が震える。


「それだけなら、卒業したら終わるから、耐えられた。それと、その時思ったんです。もっと勉強して本に書いてある事を頭に入れていけば、頭の良い高校、大学、お仕事を選んでいけば、こんな頭の悪い酷い事をする人と会わなくなる。友達がいなくても、独りでも立派な大人になりたいと思って、勉強すればするほど評価される大人になりたいなって思うようになったんです」

「おお、すげぇじゃん」

「だから、偏差値の高い進学校を目指して、勉強しました。頑張ってきました。でも、ダメでした。入試で落ちて、選べる高校が、頭の悪い所だったんです。そこに、クラスで特に積極的に怖い顔で僕を睨んでくる奴が行くようで……もう、ダメなんだと思って……それで……」

「それで、どうしたらいいのか分からなくなっちまったんだな」


 頷く幸助。

 俺は、頭をポリポリ掻く。掻いても掻いても、良い返事が浮かばねぇ。掻いても掻いても掻いても……


「あああ分からんっ! 良い感じのフォローが出来ねぇ! くそっ!」


 じれったくなった俺は、幸助の肩をバシッと左手で持つ。


「幸助! 行くぞ!」

「え、どこに?」

「うるせぇ! いいから来い!」




──────




 強引に引っ張って、タクシーで向かったそこは……山の中。朱色の橋の下から水量の多い川。その周りには陽に照らされた瑞々しい木々が、深い緑色もあったり薄い緑色もあったりと見れば見るほど目が癒される。

 そんな橋の上に俺は幸助を連れて来た。


「……何ですか、これ」


 幸助は、俺がさっき露店で買って渡した食い物を見る。


五平餅(ごへいもち)。知らねぇのかよ」


 五平餅。味噌を塗って炙った米の串焼き。焼けた味噌が米の甘みを底上げしている逸品だ。


「ほら、食えよ……うめぇほ?」


 言いながら我慢出来なくなった俺は、かじりつく。

 それを見た幸助も、恐る恐る一口ぱくつくと……目を見開いて、もう一口、さらに大口。

 気付けば、口の周りを味噌だらけにしていた。


「考え過ぎてました」

「何をだ」

「てっきり、こんなに緑が綺麗な所で飛び降りろと言うんじゃないかと」

「ざけんな。わざわざここまで来てやる事じゃねーわ」

「じゃあ……もしかして、僕を励まそうと?」

「……まーな。自然の中で、川の音でも聴きながら、うめぇモン食ってりゃあ、ちょっとでもアイデアが出るかと思ってな。そんだけだ」


 恥ずかしくなった俺は、五平餅を食べ切った後の木の棒をガジガジ噛んで、むず痒さを誤魔化す。


「しっかし、何も出てこんわ。どうする……他に飯うめぇトコ、どっかあるかなぁ」


 無い頭をポリポリ捻っていると……


「く、くふふ、くふふ」


 幸助が、笑った。口元の味噌を隠す事なく、無垢に、何も暗さの無く、幸助の心の思うがままであろう、笑顔で。


「何だよ、良い笑顔じゃん」

「え、ええ? そう、です?」

「おう!」


 そう言うと、今度は照れたのか、口元を隠して小さく笑った。

 いろんな笑い方、ちゃんと出来るんだな。そう思うと、俺もつられてニヤッと笑みが出た。




──────




「遅ぇな」


 あれから、2週間。また仕事が入った。

 ここ2週間、幸助は自殺しないでいたのに。立ち直ったと思いきや、そう簡単に人は変われないみたいだ。

 なのに、今日は1時間過ぎても幸助は来ない。依頼された日時も場所も、何度メールを見ても同じ。完璧だ。俺は間違えていない。

 はあ……。と、何も疲れてないのに何のため息か分からないそれを吐いて、俺は携帯電話を出し、電話を掛けた。


「おう、大悟(だいご)! お疲れぃ!」

片桐(かたぎり)さん。お疲れ様です」


 電話の相手は、片桐(かたぎり)真司(しんじ)さん。俺の自殺を止めて、この仕事を誘ってくれた人だ。

 まぁ、俺を誘ってから、「よっしゃ! これでお前に男を押し付けられる!」とか言ってた事や、女の人の自殺未遂者ばかり仕事で選ぶようになったのを見て、腹を一発ぶん殴ったのは今でも覚えている。


「実は、1時間待ってもターゲットが来てないんすよ」

「マジかよっ! あー、稀にこういう事あるからなぁ……分かった。調べとくわ。とりま、大悟は帰っていいぞ。じゃーな。……………ん、聞いたか石上(いしがみ)……サンキュー」


 そこで電話が切れた。最後の方は電話越しで聞き取りづらかったけど、多分すぐ隣にいた誰かと話していたんだろう。


「しっかし、どこ行ったんだ? 気が変わって変な所で死んでねぇだろうな」


 ……適当に言っただけ。なのに、自分の言葉に嫌な予感がしてきて、だらだら歩いていたのが次第に駆け足に。

 幸助の家の方面へ走る。

 くそっ、こんな時に右手が生きてりゃ、バイクでかっ飛ばして探すのに。

 ……。

 つーか、何だよ、この訳分からん気持ちは。

 俺と幸助は、仕事で30分話す程度の関係だった。俺から一方的に話しかけに行って……一方的に何となくパン食わせて……一方的に俺のお気に入りの景色を見せに行って…………何だ、俺は幸助と友達にでもなりてぇのか? 悪かねぇ。でも、今まで関わってきた事は全部、俺の自己満足ばっかりだ。幸助から自主的に行動した事なんて、自殺だけ。俺に無理して合わせてたんだ。そんなんで友達って言えねぇよ。

 ……だから、聞かせてくれ。

 お前、これからどうしたいんだ。

 死にてぇのか、俺と一緒にだらだらして……生きるのか。


───プルルル


 携帯電話が鳴る。片桐さんからだ。


「大悟。分かったぞ」

「マジすか! どこにいるんすか?」

「……いや……もう、いい。探さなくていい」

「は? どういう事っすか」

「実は……」




──────



 幸助が、死んだ。

 あの日、電車に轢かれて。

 片桐さんがそう言っていたし、嘘かと思って幸助の家に行ってみたが、母親の泣き声が聞こえて、中に入るまでもなく、本当なんだと思っちまった。

 ……まぁ、あれだけ自殺したいって考えてた奴だし、これがあいつの決めた道なんだ。薄っぺらい関係の俺なんかが居ても居なくても、結局あいつは死ぬんだ。


 俺は、お前と、友達になれなかった。それだけだ。


「あの」


 女の人の声がする。

 俺は、いつもの橋ぼんやり下を見ていた視線を、横へ。40くらいの女性が、俺を見ていた。


「あなたが、下山大悟さんですか?」

「え? はい、そうですけど、何で知ってるんすか?」

「幸助から色々聞いてましたので」


 幸助から……って事は。


「幸助の、お母さんですか」


 目を見開いた俺が体ごと前を向いて対面すると、幸助のお母さんは深々と頭を下げた。


「いつも幸助と遊んで下さり、ありがとうございました」

「遊ぶ? どういう事っすか?」

「えっ? だって、あの子、下山さんと話すのが楽しいって、いつも話してくれてたので」

「俺と……?」

「はい。あなたとは、いつもこの橋で待ち合わせていた事も聞いてます。なので、もしかしたら会えるかと思ったら、本当に会えて良かったです」


 そう言うと、幸助のお母さんはにこりと笑う。目は、泣き腫らして赤みがある。

 じっと目を見る。ここまで来て、俺に何を伝えたいのか、言葉を待つ。


「幸助は、電車に轢かれました」

「それは……人伝に聞きました」

「ご存知でしたか」

「ええ。でも、それだけです」

「……では、幸助がその日どうしてそうなったのかは、ご存知ないですね」

「……何かあったんですか」


 息を飲む。


「はい。幸助は、踏み切りに入った小さい子を咄嗟に引っ張って、入れ替わるようにして助けたんです」


 息が、詰まった。

 幸助は、自殺なんかじゃなかった。


「その日も、下山さんに会いに行くと……」

「俺なんかと出会っちまったから、こんな事に……」

「いいえ。そんな事は思っていませんよ」

「……え」

「だって、幸助はその前日、言ってたんです。下山さんとまた山に遊びに行くのを、自分から誘ってみるって」


 ……違った。

 幸助は、俺に無理して合わせてた訳じゃなかった。

 俺と、生きたかったんだ。


「あいつ、そんな事を……」

「はい」

「……いつも、口数少ないと思ったら、そんな事考えてたんですね」

「はい。家ではお喋りですよ」

「えっ!? マジかー……話してぇなぁチクショー! ああもうっ! ちょっとでいいから生き返れやコンニャロー!」




──────




 それからも。

 俺の日常は続く。

 右手は使えねぇし、生き甲斐のバイクは乗れなくなった。

 目は覚めちまう。腹は減っちまう。

 生きるのが面倒くさいと思う事はたまにある。

 それでも、俺は生きる。

 生き甲斐は一つじゃねぇし、生きづらい世の中でどん底にいるとしても、何度だってやり直せる。

 仕事なんて、またこれからも転職を繰り返すかもしれない……けど、それがどうした。それが俺だ。そういうのが全部あって、俺なんだから。

 だから、今出来る俺らしい事を、精一杯やる。

 不器用でも。俺らしく。生きてやる。


 そしたら、また、お前と同じくらい大切な友達と出会える……そんな気がするから。





「よう!」

「な、何です、あなたは」

「俺? 俺は、絶対自殺止めるマン! よろしくな!」

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