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アルスマキナ:ひとつの頭と傭兵  作者: アイリリース
1/3

#1 頭部

処女作です。ぜひコメントください!!(乞食)

 砂塵が巻き上がる。地響きのような低い振動が、足元から身体の芯へと伝わってくる。風は渇いて重く、喉の奥をじりじりと焼いていた。



 クロウは荒れた山道を駆けていた。痩せた土と崩れかけた舗装の上、彼の足音は乱雑な呼吸とともに空気を震わせる。背後からは、断続的な爆発音と金属がきしむような異音が響いていた。



 追われている。執拗に、無慈悲に、そして機械的に。



 銃を構える暇もない。立ち止まれば、確実に終わる。空気は焦げた油の臭いと、鉄粉が混じったような金属臭で満ちており、それが視界と嗅覚を曇らせる。まるでこの場所全体が、既に死を迎えた場所であるかのようだった。




 「クソ!こんな仕事、受けるんじゃなかった!」




 今回の仕事は、都市テルメギアからの依頼だった。簡単な運搬任務。だが、依頼の詳細はあまりにも不自然だった。貨物の内容は秘匿、開封禁止、ルートも依頼主が一方的に指定し、護衛傭兵の人数までが指定されていた。



さらに、報酬の半分が契約時点で先払いされるという異例の条件――これが危険な仕事であることは、明らかだった。



 それでも、引き受けた。クロウにとって、仕事とは契約であり、契約とは報酬で動くための理由だ。それ以上でも、それ以下でもなかった。



 同行していたのは、各地から集められた傭兵たち。見た目も態度もバラバラで、互いに名前も知らない者がほとんどだった。実績よりも、“報酬の額”に目が眩んだ連中が多かった。口では「楽な仕事だといいな」と言いつつ、背負っている銃は明らかに重火器だった。



 クロウは彼らと話さなかった。必要最低限の会話だけで、あとは沈黙を貫いていた。



 運搬隊は、指定された山道に入ってから二日目の夜に襲われた。



 先頭を歩いていた偵察役が、何の前触れもなく消えた。音も光もなかった。ただ、次の瞬間には隊列が崩れ、通信機には雑音が走った。



 そして、暗闇の中から姿を現したのは、黒く光る鋼鉄の獣たちだった。



 四脚で地を這い、胴体の内部に赤い光源を灯した機械生命体


――通称スレッドハウンド

鋭角的な輪郭と骨格を模した外装、地面を砕く爪と、尾の先にはスパイク状の投擲装置を備えていた。戦場では捕獲より排除を目的としたタイプで、動きはまるで獣のように滑らかだった。



 その後方には別の機体、《オーバーアイ》が続いていた。


 二脚型でありながら、背中から四本の多関節アームを展開し、それぞれに銃火器やブレードを接続している。胴体中央には巨大な単眼のようなセンサーが埋め込まれており、対象を視認すると追尾信号を放ち、周囲の機体と連動して攻撃を仕掛けてくる。



攻撃は正確だった。スレッドハウンドの尾が閃光を放ち、先行していた輸送者の胸部を貫いた。血飛沫が夜気を裂き、そのまま身体ごと背後に投げ飛ばされた。



直後、オーバーアイがその座標に向けて高周波のビームを照射。空間が歪み、爆裂音と共に熱波が辺りを焼き尽くす。



逃げようとした者は背を撃たれ、抵抗しようとした者は即座に囲まれ、沈黙した。




「後退! 一度分散して――!




 今回の依頼のまとめ役のやつの叫ぶ声が聞こえた。ただその命令は、瞬く間に爆風と混乱にかき消される。



 傭兵たちは恐怖に突き動かされ、各々が散り散りになっていった。誰が敵に撃たれたのかも分からない。爆風に吹き飛ばされる人影を、クロウは冷たい目で見つめた。



 判断が遅れれば、自分もああなる。彼はすぐに反転し、走った。



 撃たず、構えず、ただ逃げる。

 赤い光が視界の端で明滅する。瞬間、地面が爆ぜた。爆風に巻き込まれながらも、クロウは咄嗟に身を伏せ、瓦礫の影へと転がり込んだ。



 耳鳴り。視界の揺れ。だが意識は途切れていない。




「……チッ」




 クロウは舌打ちをしながら瓦礫の隙間から這い出した。脚に鈍い痛みが走る。だが、立てる。まだ逃げられる。



 そのとき、轟音と共に足元の岩が崩れた。

 一瞬、視界が反転する。

 空が、遠のいた。



______________________________________________



 落下する。

 掴めるものはない。重力に逆らうことはできず、身体は谷へ、深く、沈んでいった。

 時間の感覚が曖昧になるほど、長い落下だった。



______________________________________________



 ……意識が戻ったのは、いつだったか。



 気がつけば、クロウは岩と泥に埋もれた状態で、谷底に横たわっていた。顔に張り付いた乾いた血と泥をぬぐいながら、体を起こす。



 頭の中がまだぼんやりとしている。



 左肩が痛む。右足は感覚が鈍く、まともには動かない。

 だが、生きている。意識がある。それだけで十分だった。

 周囲を見回すと、倒木や瓦礫、そして輸送していたコンテナの一部が散乱していた。銃は見当たらない。通信機も潰れている。クロウは破損した装備から使えそうなものをかき集めながら、体を引きずるように動き始めた。



 この谷の地形は、地図にない。通信圏外。誰も助けには来ない。ここから抜け出すには、まず自力で動ける状態に回復しなければならない。



 しかし、手持ちの治療道具はわずか。骨折の疑いもある中では不十分だった。



 岩陰に積まれた荷物の中をひとつずつ確認していく。ほとんどは衝撃で壊れていた。だが、ひときわ異質なコンテナが目を引いた。



 黒光りする金属箱。表面には旧時代の封印コードらしき刻印があり、警告表示のような文字が薄れて読めない。



 クロウはナイフで留め金をこじ開けた。ゆっくりと蓋が開いていく。

 その中にあったのは――




「……人の、頭?」




 人間のように見えるが、人工的すぎる。髪も、肌も、まるで造り物のように均一で、微動だにしない。

 まるで人形。しかしその瞬間、

 ――カチリ。

 わずかな機械音と共に、瞼が開いた。

 青白い光が、その瞳に灯る。




「……生体信号、確認。初期起動シーケンス完了」




 女性の声だった。だが明らかに人間の声ではない。滑らかで、どこか無機質な調子。

 クロウは動けなかった。ただ、その“頭”と見つめ合う。




「こんにちは。初対面ですね。……質問、よろしいでしょうか」



「……あんた、何者だ」



 クロウがようやく絞り出した声に、その頭は自然に答えた。




「私は多目的支援型アンドロイド“エリス”。頭部ユニットのみの状態ですが、周辺スキャンおよび音声応答は可能です」




 クロウは眉をひそめた。



 こんな谷底で、頭だけの機械と話している自分。

 思考が追いつかない。血を流しすぎたのか、それともこの状況が理解できていないのか。多分その両方ともだろう。



 目の前にあるのは、人間の形をした“何か”。冷たい金属の存在が、妙に温かい声で挨拶している。

 状況は混乱していた。



 ……そしてこの出会いが、彼の旅のすべての始まりだった。


誤字脱字、応援、批判、感想など何でも構いません。ぜひ感想欄に書いていただけるとモチベに繋がるのでお願いします。

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