#1 頭部
処女作です。ぜひコメントください!!(乞食)
砂塵が巻き上がる。地響きのような低い振動が、足元から身体の芯へと伝わってくる。風は渇いて重く、喉の奥をじりじりと焼いていた。
クロウは荒れた山道を駆けていた。痩せた土と崩れかけた舗装の上、彼の足音は乱雑な呼吸とともに空気を震わせる。背後からは、断続的な爆発音と金属がきしむような異音が響いていた。
追われている。執拗に、無慈悲に、そして機械的に。
銃を構える暇もない。立ち止まれば、確実に終わる。空気は焦げた油の臭いと、鉄粉が混じったような金属臭で満ちており、それが視界と嗅覚を曇らせる。まるでこの場所全体が、既に死を迎えた場所であるかのようだった。
「クソ!こんな仕事、受けるんじゃなかった!」
今回の仕事は、都市テルメギアからの依頼だった。簡単な運搬任務。だが、依頼の詳細はあまりにも不自然だった。貨物の内容は秘匿、開封禁止、ルートも依頼主が一方的に指定し、護衛傭兵の人数までが指定されていた。
さらに、報酬の半分が契約時点で先払いされるという異例の条件――これが危険な仕事であることは、明らかだった。
それでも、引き受けた。クロウにとって、仕事とは契約であり、契約とは報酬で動くための理由だ。それ以上でも、それ以下でもなかった。
同行していたのは、各地から集められた傭兵たち。見た目も態度もバラバラで、互いに名前も知らない者がほとんどだった。実績よりも、“報酬の額”に目が眩んだ連中が多かった。口では「楽な仕事だといいな」と言いつつ、背負っている銃は明らかに重火器だった。
クロウは彼らと話さなかった。必要最低限の会話だけで、あとは沈黙を貫いていた。
運搬隊は、指定された山道に入ってから二日目の夜に襲われた。
先頭を歩いていた偵察役が、何の前触れもなく消えた。音も光もなかった。ただ、次の瞬間には隊列が崩れ、通信機には雑音が走った。
そして、暗闇の中から姿を現したのは、黒く光る鋼鉄の獣たちだった。
四脚で地を這い、胴体の内部に赤い光源を灯した機械生命体
――通称
鋭角的な輪郭と骨格を模した外装、地面を砕く爪と、尾の先にはスパイク状の投擲装置を備えていた。戦場では捕獲より排除を目的としたタイプで、動きはまるで獣のように滑らかだった。
その後方には別の機体、《オーバーアイ》が続いていた。
二脚型でありながら、背中から四本の多関節アームを展開し、それぞれに銃火器やブレードを接続している。胴体中央には巨大な単眼のようなセンサーが埋め込まれており、対象を視認すると追尾信号を放ち、周囲の機体と連動して攻撃を仕掛けてくる。
攻撃は正確だった。スレッドハウンドの尾が閃光を放ち、先行していた輸送者の胸部を貫いた。血飛沫が夜気を裂き、そのまま身体ごと背後に投げ飛ばされた。
直後、オーバーアイがその座標に向けて高周波のビームを照射。空間が歪み、爆裂音と共に熱波が辺りを焼き尽くす。
逃げようとした者は背を撃たれ、抵抗しようとした者は即座に囲まれ、沈黙した。
「後退! 一度分散して――!
今回の依頼のまとめ役のやつの叫ぶ声が聞こえた。ただその命令は、瞬く間に爆風と混乱にかき消される。
傭兵たちは恐怖に突き動かされ、各々が散り散りになっていった。誰が敵に撃たれたのかも分からない。爆風に吹き飛ばされる人影を、クロウは冷たい目で見つめた。
判断が遅れれば、自分もああなる。彼はすぐに反転し、走った。
撃たず、構えず、ただ逃げる。
赤い光が視界の端で明滅する。瞬間、地面が爆ぜた。爆風に巻き込まれながらも、クロウは咄嗟に身を伏せ、瓦礫の影へと転がり込んだ。
耳鳴り。視界の揺れ。だが意識は途切れていない。
「……チッ」
クロウは舌打ちをしながら瓦礫の隙間から這い出した。脚に鈍い痛みが走る。だが、立てる。まだ逃げられる。
そのとき、轟音と共に足元の岩が崩れた。
一瞬、視界が反転する。
空が、遠のいた。
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落下する。
掴めるものはない。重力に逆らうことはできず、身体は谷へ、深く、沈んでいった。
時間の感覚が曖昧になるほど、長い落下だった。
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……意識が戻ったのは、いつだったか。
気がつけば、クロウは岩と泥に埋もれた状態で、谷底に横たわっていた。顔に張り付いた乾いた血と泥をぬぐいながら、体を起こす。
頭の中がまだぼんやりとしている。
左肩が痛む。右足は感覚が鈍く、まともには動かない。
だが、生きている。意識がある。それだけで十分だった。
周囲を見回すと、倒木や瓦礫、そして輸送していたコンテナの一部が散乱していた。銃は見当たらない。通信機も潰れている。クロウは破損した装備から使えそうなものをかき集めながら、体を引きずるように動き始めた。
この谷の地形は、地図にない。通信圏外。誰も助けには来ない。ここから抜け出すには、まず自力で動ける状態に回復しなければならない。
しかし、手持ちの治療道具はわずか。骨折の疑いもある中では不十分だった。
岩陰に積まれた荷物の中をひとつずつ確認していく。ほとんどは衝撃で壊れていた。だが、ひときわ異質なコンテナが目を引いた。
黒光りする金属箱。表面には旧時代の封印コードらしき刻印があり、警告表示のような文字が薄れて読めない。
クロウはナイフで留め金をこじ開けた。ゆっくりと蓋が開いていく。
その中にあったのは――
「……人の、頭?」
人間のように見えるが、人工的すぎる。髪も、肌も、まるで造り物のように均一で、微動だにしない。
まるで人形。しかしその瞬間、
――カチリ。
わずかな機械音と共に、瞼が開いた。
青白い光が、その瞳に灯る。
「……生体信号、確認。初期起動シーケンス完了」
女性の声だった。だが明らかに人間の声ではない。滑らかで、どこか無機質な調子。
クロウは動けなかった。ただ、その“頭”と見つめ合う。
「こんにちは。初対面ですね。……質問、よろしいでしょうか」
「……あんた、何者だ」
クロウがようやく絞り出した声に、その頭は自然に答えた。
「私は多目的支援型アンドロイド“エリス”。頭部ユニットのみの状態ですが、周辺スキャンおよび音声応答は可能です」
クロウは眉をひそめた。
こんな谷底で、頭だけの機械と話している自分。
思考が追いつかない。血を流しすぎたのか、それともこの状況が理解できていないのか。多分その両方ともだろう。
目の前にあるのは、人間の形をした“何か”。冷たい金属の存在が、妙に温かい声で挨拶している。
状況は混乱していた。
……そしてこの出会いが、彼の旅のすべての始まりだった。
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