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悪役令嬢はサンショウウオを倒しにいく

 悪役令嬢、ベアトリクス・エルジェベット・ホルヴェークがこの田舎の冴えない1LDKにやってきたのは数週間前のことだった。大学生の俺は諸事情あって親戚が住んでいた部屋に家具家電つきで譲り受け、1人暮らしをしていた。


 ベアトリクス・エルジェベット・ホルヴェークはとあるファンタジーゲームの悪役なのだが、詳しいことは忘れてしまった。王子だとか勇者だとか魔法だとかそういうものがある世界と俺の部屋にある中古のテレビが門として接続されてしまったらしい。

 この流れであれば俺は脅されるように異世界に連れて行かれるに違いないと恐怖したが、そんなものは一切発生しなかった。まったくの杞憂であったし、それどころかあちらの世界の魔術師が接続する世界を間違えたそうで、明らかに期待外れの俺に塩をかけられたなめくじみたいながっかりした顔を見せたのは記憶に新しい。

 しかし、その場にいた周囲の冷たい反応を差し置いて俺の世界と1LDKに唯一関心を持ったのが公爵令嬢ベアトリクス・エルジェベット・ホルヴェークである。


 異世界との接続を誤ったらしい紺色のローブの魔術師が上司らしき人物に部屋の隅でチクチクと詰られているのを見ながら、ああいう圧迫的なやりとりはどこでも同じなのだなとテレビ越しに感心していた。その他にも似たようなローブを着た人々がいくつかのまとまりをつくって話をしているようだった。

 石でできた部屋は薄暗くて、湿っぽい洞窟のようだった。一応、人間が使う部屋らしいとわかるのは照明や本棚や物が散乱している机などがあるからだ。

 別に好んで眺めているわけでもなく、接続解除の方法を誤るとどちらの世界も滅亡する可能性がある、協議を行う時間が欲しい、しばらく待てと言われていた。世界が滅びたら……仕方がないか、一瞬で終わるといいなと考えていると、暗い栗色の長い髪のやたらふわふわした赤茶色のドレスを着た赤い瞳の若い女が画面をのぞき込んでいた。


「縺薙s縺ォ縺。縺ッ」


 何を言っているかわからない。なのに偉そうな顔をしている。俺が返事をしないので、眉根を釣り上げ語気を強めてもう一度「縺薙s縺ォ縺。縺ッ」と言う。わかるはずがない。しばらくして「縺ゅ≠縺薙→縺ー縺後■縺後≧縺ョ縺ュ」と納得したらしい顔をすると、画面からしばらく消えた。

 五分ほど部屋の隅で詰られている魔術師たちの様子を動物園の定点カメラのように眺めていると、暗い栗色の髪の女が戻って来た。ドヤ顔で。画面に自分の姿をよい寸法で納めようと前後にずれるのを繰り返し、位置を定めると正面を向いて聞きなれた言語を口から放った。


「こんにちは」


 今度は意味がわかったので、「こんにちは」と返した。すると、言葉が通じたのが嬉しかったのか、長いまつげを何度もゆらしてまばたきをした。また何か言いたげだったので、続きを待つと暗い栗色の 髪の女はまた偉そうな顔をした。


「お前、本当はわたくしに対する言葉遣いを改めるべきなのだけれど、異世界の庶民の者だから特別に許してあげるわね」

お前たちが勝手にひとの家のテレビに映っているのであって、俺は別に許されたいことなどない。


わたくしたち、北西の谷の奥底にいる怪物を倒さなければならないの。人間が百人くらいは収まりそうな巨大な獣の怪物で、すでにいくつかの村はあいつに食い荒らされてなくなってしまったの。討伐部隊も何度か差し向けたのだけど、これも全滅したわ。

調査の結果、この怪物はこの世界の人間の魔法や物理を含めたあらゆる攻撃を無効化してしまう性質を持っていることがわかったから、わたくしたちの世界以外のところから戦える者を連れてくることになったの。だから、わたくしたちは古文書を解読して国王の命を代価に救世主召喚の儀式を行ったわ。そうしたらお前みたいな弱そうな人間が水鏡に写ったからみんながっかりしているのよ。


 聞いてもないのに内部事情を女はペラペラと喋る。

 まさか国王の命を代価に接続されているとは知らなかった。いよいよ追い詰められて異世界の人間を召喚したのにも拘わらず、出てきたのが俺という虚弱な人間であればなめくじみたいな顔にもなるし、魔術師を詰りたくもなるだろう。

 国王というのはこの女の伯父らしい。色々思うところがある様子だが詰られるままの魔術師や他人を責めることしかできない上司、がっかりした顔で冷淡な態度の誰かより、冷静なように見えた。


 谷の奥底にいる怪物を倒すだとか、人間が食い荒らされているだとか、魔法だとか召喚だとかゲームの世界みたいだと思った。実際、この部屋の前の住人はそういう趣味があったらしく古いゲームやソフトがテレビ台にほこりを被って眠っていた。この部屋を与えられたばかりの頃にいくつか起動してみたなかで、そんなストーリーのゲームがあったはずだ。

 谷の奥底を這いずりまわる、でかいサンショウウオみたいな序盤のボスがいる。こいつが何百年かの周期で巨大化し問題を起こすそうなのだが、その間に国が侵攻されたか滅亡したかで討伐方法が継承されていなかった。現在の王族は村が食い荒らされていきながら足止め一つまともにできないとして批判を浴び最終的には国王は自ら命を絶ち、王族や血縁者たちは次々に亡命や暗殺で消えて行った。そして最後まで城に残った研究員も王家の親戚であったがために裁判もろくに行われないまま国を窮地に追い込んだ悪役に仕立て上げられ見世物として惨たらしく処刑された。

 その後、王族がひとりもいない王城で目覚めた主人公が少数の仲間を連れてでかいサンショウウオの討伐に送り込まれる。とある街で発生する特殊イベントを達成すると怪物の弱点のヒントを得られる。そして、序盤のボスであるでかいサンショウウオの討伐を果たすのだ。

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