ラナンキュラス 前
「うぅ〜さっむ」
10月とは言えど、下旬になると手がかじかむほどの寒さになる。特にこんな曇りの天気はなおさらだ。
ふと、すれ違う人混みの中に目を向けるとほとんどの人が暗い色の厚手の長袖を着て、俺と同じようにポッケに手をつっこみながら歩いていく。うつむいて、肩をすくめて足早に俺の働いている店の前を横切っていく。小学校のときの組体操のようだと思った。
その中でひときわ目立っていたのが、まるでどこか異世界の姫を彷彿とさせるような短くふわりと広がったスカートに、小ぶりで華やかな装飾のついた傘を持った女性だった。まっすぐ前を向き、組体操の中を1人突き進んでいった。
彼女の見た目は特に目を引くものだった。
でも今の世界ではそれは別によいことではなかった。
宇宙人が社会的問題になってからは、人々は“普通”を求めるようになった。
人と違うということは、疑いをまねくからだ。
多数派と同じような言葉、同じような表情、同じような行動を突き詰めた。服装も、例外ではなかった。
今や鮮やかな色の服も、華やかな装飾も『異端』つまり宇宙人の象徴とされてしまうのだ。
「おはようございます」
今日も花屋ひだまりは営業中で、俺はいつも通り業務を淡々とこなしていく。
「おはよ〜アリス!!!!」
お客さんがいない店内に大きい声が響き、花がわずかに揺れる。橘の声だった。
相澤ヒマリの一件以降なぜか俺に橘がなつき、以前より絡まれることが多くなった。
最近はなんとなく(店長の根回しで)シフトが被ることも多いし、よく話すようになった。意外と話が通じるし、気遣いもできる。薄々気がついていた“そんなに悪いやつじゃない”と言う事実を認めざるをえなくなっているのだ。橘の横に立って、花束の装飾になるリボンを切っていると、
カランカラン
店の入口が音を立てて静かに開く。
「「いらっしゃいませ〜」」
入ってきたのは6、70くらいの上品なおばあさんだった。姿勢がよく、うす紫色のカーディガンがよく似合っていた。
「お花のご注文ですか?」真っ先にバックヤードから飛び出した橘がウキウキでたずねる。花屋に来るお客さんはめったにいないからだ。
「いいえ、花束を注文したいんですけれど。」にこやかに笑ってそう答える。表情と言葉が見合ってないなと気がついたのは次の言葉を聞いたあとだった。
「私、宇宙人なのよ〜。」
彼女の突然の告白にさすがの橘も目を丸くする。
「冗談やめてくださいよ〜!」引きつった笑顔を浮かべた橘がおばあさんに声を掛ける。
「本当よ。」優しく、しかし芯の通った声ではっきりと答える。
店内の空気はピリつき、花は揺れを止める。
「聞かなかったことにします。今すぐ出ていってください。」雰囲気が変わり、真剣な顔の橘は怒っているように見える。
宇宙人は見た目は人間と何一つ変わらない。それどころか、感情もあるし、身体に流れる血は赤色だ。宇宙人も命乞いをするし、大切な人だっている。人のようなものを殺すことは誰にとってもきついものだった。
「怒らせてしまってごめんなさい。でも、からかっている訳では無いのよ。」おばあさんは渡瀬ユリと名乗った。
「どうせ死ぬなら自分でと思ってしまって。」
おばあさんは悲しそうな顔をして少しだけあごを引いた。
「わかりました。一応話は聞きますよ」
半ば諦めたように橘がため息をつくと渡瀬さんはいきさつを話すのだった。
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私は宇宙人だった。
無から生まれ、人間の手で殺される。そんな、哀れな宇宙人。
宇宙人を殺す人間は、花屋というところに所属しているらしかった。だから、人間はそこには寄りつかない。
正気な人間は仮にも人の形をしたものを躊躇なく殺せないし、そんな人間は花屋のこともある意味“異端”とみなす。
私は、そんな異端に自分の命を奪われる運命だった。
でも、私は花屋を恨んだりしていなかった。むしろ好きだった。
私は華やかで美しいものが大好きだから。
そして、花屋にはそれがあると知っていたから。こんな世界で唯一そこは色づいて見えた。
女の子に出会った。
朝方、とても寒くて空気が澄んだ季節。
今では、ほとんど見る機会がなくなったふわりとしたロリータ服を身にまとい、正気の人間は寄りつかないはずの花屋の前に凛と佇んでいた。
美しかった。
花屋に売っているどの花よりも。
だから、思わず声を掛けてしまったの。
「その服、とっても素敵ね。」
彼女は驚いたような顔をして、それからまとった服と同じようにふわりと微笑んだ。
「これ、手作りなんですよ。今はもうどこにも売っていなくて…」
見た目にあまり似合わないはっきりした普通の女の子より少し低いくらいの声で、でも芯が通った美しい声だった。
「あら、そうなの?よく似合ってるわ。」
「おばさまもよく似合うと思いますよ。よかったら、お作りします。」
今思えば、社交辞令だったかもしれない。だけど、その申し出があまりにも嬉しくて、彼女が作る服があまりにも綺麗で、思わず。
「いいの?!とっても嬉しいわ!」
それから、花屋の前で毎日毎日会うようになった。決まって、まだ日が昇り始めた頃に彼女は毎日違う服を身にまとい、花を愛おしそうに眺めているのだ。
お互いに名前は聞かなかった。
花の少女は彼女をおばさまと呼び、彼女は花の少女をお嬢さんと呼んだ。まるで貴族のような丁寧で美しい敬語を使った。
今の時代に似合わなくて、むず痒くもあったけどそれ以上に2人で居る時間が心地よかった。
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なのに…
「居なくなっちゃったのよね…」
名前もわからないの。探しようもないわ。と寂しそうに微笑む。
「お名前、ご存じないんですよね…?」
名前すらわからないなんて、探しようがない。
でも、それが俺たちの仕事だった。不可能なことでも多少無理をしてでも宇宙人の願い事を叶えるのだ。答えはもう決まっていた。
「ぜったい探し出して見せますよ!!」
俺が口を開こうと唾を飲んだ瞬間、後ろで黙って話を聞いていたはずの橘が急に勢いをつけて叫ぶ。
橘は未練をなくすことは宇宙人を殺すことだと言うことをすっかり忘れているようだった。
「おまかせください。」
一番いいセリフを取られてしまったと少し焦り、いつもよりカッコつけた言葉を発してみる。
「どうやって探す?」
橘はあれだけ勢いのいい返事をしていたくせに全くのノープランだった。
「とりあえず聞き込みじゃないですか?」
どこの花屋で会う約束をしてましたか?と渡瀬さんに聞いてみる。
「隣町の商店街のすぐ隣の花屋さんよ。」
どうやら隣町の花屋は宇宙人に花束を届けるという制度を完全に無視しているらしく、そこの花屋では人探しの依頼を受け付けてもらえなかったらしい。
「隣町まで行きますか。」
今回も配達用の車を橘に運転してもらい、俺はナビ係的な要員で助手席に座る。
前回と違うのは俺の斜め後ろに渡瀬さんが座ったことだった。
渡瀬さんはとても明るく、おちゃめな人で俺たちに昔話を聞かせてくれた。昔は花屋には人間がたくさん来て、大切な人にお花を買っていったこと。好きな服を着て好きなように街を歩いたこと。誰と何を話しても咎められなかったこと。
もっともこの話も渡瀬さんが彼女の祖母から聞いたものだとつけくわえた。
「私たちが変えてしまってごめんなさいね。人間の色を奪ってごめんなさい。」
渡瀬さんは僕らに必死に頭を下げていたが、きっとその相手はもっと他の人だったのだろうと思った。
商店街につくと例の花屋にはClosedの看板がかかっており、休みということが一目でわかった。とりあえず、商店街を歩いて目撃者や情報提供者を探そうということになった。
商店街だというのに、人通りは少なく心做しか空気も重いような気がする。
人通りを求めて商店街の1番奥まで来てみたが、どうやら間違いだったようだ。
仕方なく花屋の方面へ戻ろうと橘の肩に触れようとしたときガラガラガラとちょうど商店街の終わりくらいに立っている肉屋のシャッターが開いた。
中から出てきたのはどんよりとした雰囲気の商店街に似合わない大柄で頭にバンダナを巻いた、いかにも声がデカそうなハツラツとしたおっさんだった。
商店街にいた唯一の人なので声をかけてみる。
「すみません。このへんで、ロリータ服を着ている子を見かけたりしませんか?」
「なんだなんだ〜?!警察か〜?それとも、あれか?!探偵っちゅうやつか?!」ガハハハハと想像通りのデカい声に異様に高いテンションで応えてくれるが、質問はガン無視だった。
「あ、いや…警察でも、探偵でもないんですけど、人を探してまして…。こういうふうなお姫様みたいな服を着た女の子を探してるんです。」
小さい頃よりもマシになったほうだが、未だに勢いで押されるとどもってしまい、うまく話せない。橘はコミュニケーションに困っている俺を黙って眺めていた。
ぎこちないジェスチャーでなんとかロリータ服を表現しようとしてみる。
「ああ〜!!“花子ちゃん”のことか?!最近見かけてねーな。」
「その子“花子ちゃん”って名前なんですか?」
意外にも有力な手がかりが得られそうで、少し驚く。
「違う違う!あだ名だろ?花みたいな服着てっから花の子、略して“花子ちゃん”」
どうやら本名ではないようだったが、渡瀬さんから聞いたお嬢さんのことを彼は見たことがあるらしかった。
「花子ちゃんがいつもどっちの方向から来てたかとか覚えてないですか?」
橘がなんとか情報を得ようと質問をする。
「それはわかんねーけど、職場なら知ってんぞ。」
とても驚いて橘の方を向くと彼も大きくて人懐っこい目を目一杯開いて嬉しそうな顔をしていた。
「連れて行ってくれませんか?」
「店、手伝ってくれや。そしたら、連れてってやる!」
読んでくださりありがとうございます!
小説を書くのは初めてなので誤字、脱字、感想などありましたら、教えてくださるとありがたいです。




