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ハーデンベルギア

「おはようございまーす。」

朝早く、重い足を引きずって花びらやら花束のリボンの切れ端やら花を包むビニールやらであまり綺麗とは呼べない裏口から店に入る。

「はよー!」

いつもなら自分の声の反響だけが聞こえるはずだが、今日は大きくて雑な挨拶が聞こえ、思わず顔をあげる。

「なんでいるんですか…」

橘イト。俺と同い年だそうで、何かと絡んでくる。この店にはあまり普通のお客さんは来ないし、店長が常に店にいるのでアルバイトの誰もシフトが被るようにはなっていないが、今日はこの時間にいるらしい。

「サヨさんに呼ばれた」

“サヨさん”というのはうちの店の店長、“佐々木桜宵”のことだ。肝心の店長の姿はまだ見えない。

俺は正直人付き合いが得意じゃないし、橘のような底抜けに明るいタイプはなおさら苦手だった。

「はぁ…」

朝の疲れもあってか、思わず口から息が漏れた。

「なんで?!ため息つくなよー!」

こんな感じに橘はそこまで仲が良くない俺にもテンション高く話しかけてくるタイプなのだ。

「ただいま〜」

店長が店のドアを開ける。真っ黒のサングラスに複数の傷が入った、カタギには見えない顔に、エプロンがあまりに似合わないきっちりしすぎたスーツ。そしてなにより胡散臭いテンションの高さ。何回見ても“カランカラン”というドアの音と綺麗に陳列された花が似合わないなと思う。

しかし、小学生の時の俺に花のことを教えてくれて、今ここで雇ってくれているのはこの人だった。

「今日休みなんじゃないんですか?」

橘がいるということは店長は休みなのだろうと思い尋ねる。

「今日の配達は2人って言われちゃったから!行ってきてよー!」

一気に不安が襲ってくる。俺は共同で配達をするのが初めてなのだ。しかも、橘とだなんてできる気がしなかった。

「今日は、ここね」じゃあよろしく~

それだけ言って俺らを外に追いやる。

「え、これって本当に2人で行くやつですか?」

橘に聞いてみる。

「サヨさんがそういうんだから2人で行くしかなくね?」

事情は知らないが橘もひどく店長を敬愛しているようで、そう言われてしまうと何も言えなくなる。

それに、2人のほうが楽しいし、案外早く終わるだろ!と、余裕そうに言ってくる。

俺は頷いてどっかり運転席に乗り込む橘のとなりに座るしかなかった。

配達用の車が戻ってきてよかったと思ったが、乗ってみるとやることがなく、ただ気まずい空気が流れるだけだった。早く終われと祈っていると橘が小さなアパートの駐車場に車を止めた。

「ここだな!」アパートの1階の端っこ。暗くて不気味な入るのを躊躇してしまいそうな家だった。


住人を呼ぼうとやっとこさ勇気を振り絞るとインターホンがないことに気がついた。

橘は早々に気づいていたらしく、

すみませーん!! 誰かいませんか〜?

といつもの大きな声で叫んだ。

思わず所で助かってしまって、ありがたいと思うと同時にまた一つ橘イトのことを苦手になった気がした。それが妬みや嫉妬の部類のものだったとはあとになってから気がついた。


ギィィ

変な音を立ててドアが苦しそうに開く。ドアノブの赤い錆びを見て思わず身構えるが、中から出てきたのは高校生くらいの小柄な男の子だった。

「お待ちしてました!」前髪が目を完全に隠すほど長く、黒いダボダボのスウェットを着た彼が見かけによらず明るい態度で俺たちを迎え入れてくれる。

橘は彼の見た目がよほど気になるらしく、「なんで前髪長いん?どこの美容院?オレもやりたい!」などと彼に聞いていたが、いかにも人の目を見るのが不得意そうな彼は苦笑いで俺の方を見てきていた。


案内されたのは外観から容易に想像できるような薄暗く、不気味な部屋だった。

地べたに座らされ、話を聞くことになる。

「あの!僕、相澤ヒマリって言います!」

「死に方はもう決めてて、店長さんに電話して店員さん2人呼んでもらったんです。」

今どきは自分から通報してくる宇宙人もいるのかと静かに衝撃を受ける。2人での配達は彼の要望だったと知り、納得したがいまだに橘に対する嫌悪感は消えてくれなかった。

「で?どんな死に方にすんの?」

橘は意外と冷静らしく、俺が余計なことを悶々と考えていて、意識がそこにないこともお構い無しに着々と話を進めていった。

「はい。毒でおねがいします。」


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宇宙人はみんな人間と違って、『無』から生まれる。どこからともなく生まれた宇宙人の多くは、1、2歳。遅くても3、4歳までにはこれから住む家とかぞくというものを見つけ、まるで初めからそこにいたように家族の一員として過ごすのだ。

でも、僕は5歳になっても家族が見つからなかった。そもそも『家族』というものがわからないし。今だって、『家族愛』という言葉を実感するときが来るのを待っているし、家族に愛された記憶がどれだけ探しても見当たらない。たぶん、なかったんだ。

6歳の冬、やっとの思いで僕は家族を見つけることができた。

僕の家族はオカアサンとオトウサン、オネエチャン、僕の4人家族だった。オカアサンは“もう6歳なんだから!”とか“他の子はできてるでしょう?!”とかいつも言っていたけど「もう」とか「他の子」とか僕にはどういうことかわからなかったんだ。僕はちゃんとしていなかったから。

人間は難しい。学ぶことがたくさんあるんだ。おしゃべりとか、自転車の乗り方とか、僕にはできないことがたくさんあって、いつもいつも怒られた。その中でも一番難しかったのは『食事のマナー』というやつだ。

箸の使い方も食べるときの挨拶も口に食べ物を入れることさえ僕には気持ち悪く感じられた。オカアサンはいつも僕のことを“オチコボレ”っていうんだ。叩かれたらヒリヒリするし、蹴られたらズキズキするけど、オカアサンにそう呼ばれるときは、名前で呼ばれないのは首の下あたりがキュッと痛くなった。

オカアサンがつけた名前だったんだ。


それから僕は人間になりきれないまんま、小中の学校を卒業して、高校に入学した。高校に入ったときに僕は家を出た。僕の4人家族の家だ。お母さんにとって僕は落ちこぼれじゃなくなったけど家族とずっと一緒にいるのは僕には無理かなって思ったから。

高校はごく普通の公立高校に入った。勉強は“人間の生活”よりは簡単だった。自転車にも乗れるようになったし、おしゃべりは少し苦手だけど、箸の使い方にも食べるときの挨拶にも口にものを入れることにも慣れた。


友達もできた。

高坂奏人くん。隣の席でいっつも大きな口を開けてわらって、みんな高坂くんの周りに自然と集まっていくんだ。


「すげぇ〜!!食べ方きれいだな。」

初めて言われた。僕は“落ちこぼれ”だから。そんで僕は“宇宙人”だから。一瞬でも人間になれた気がした。ちょっと嬉しくて、ちょっと報われた気がして、結構幸せだった。


彼はパティシエになるのが夢だと言った。

一緒にお菓子を作ったり、食べたり、放課後遊びに行ったりもした。

たくさん学んだけど、昔みたいに痛くなくて、優しくて、甘くて、あたたかかった。


君のおかげで僕は人間らしく生きれたと思う。僕の夢を叶えてくれてありがとう。

どうか心優しい君の夢が叶いますように。


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「僕、今日誕生日なんですよ!だから、ケーキ一緒に作ってくれませんか?」

我ながら無茶苦茶だと思う。無から生まれる宇宙人には明確な誕生日なんて存在しないから。

でも、今日は僕の大切な友達が僕を人間にしてくれた日だ。

「かしこまりました!」

橘が大きな声で勢いで、返事をする。はにかんだ顔はとても明るく、この部屋に全くふさわしくないなと思った。


誕生日なんて不思議なことを言うなと思ったが、宇宙人の願いを叶えて宇宙人の命を奪うのが俺たちの仕事だった。


橘と相澤ヒマリは、このボロ屋敷で唯一不自然なほどに清潔に保たれたキッチンに立ち、誕生日ケーキ作りにとりかかっているところだった。

「おーい!アリスも手伝えー!」

橘の呼ぶ声がして相澤がキッチンから青と水色のチェック柄エプロンを取り出してきた。

「これ、友達のなんですけど、ちょっとくらいならいいかな」前髪をきっちりバンダナで隠した相澤は弾んだ声でそう言っていた。


貸してもらったエプロンに着替え、キッチンに並ぶ。いくら清潔にしてあるとはいえ、小さなアパートのキッチンでは広さ的に結構キツイ状態だ。

ケーキを作るのは思ったより難しい。俺と橘はケーキ作りの初心者なので相澤が言葉で指揮をとるが、相澤の声は水道やら包丁やらの音でかき消されてひどく小さくなって届いてくる。

橘は元が器用なのかレシピを見ながらいとも簡単にケーキ作りをやって見せていたのでこの場の足手まといは完全に俺だった。

それでも相澤の声を頼りに材料を混ぜ合わせ、土台を重ね、飾りつけをし、やっとこさケーキは出来上がるのだ。

ケーキを作りながら俺たちはいろんな話をした。好きなお菓子の話、学校の話、家族についての話。その中でも相澤は友達の話を一番誇らしげに語った。俺たちはいつの間にか冗談を言い合える中になっていった。

完成したケーキは3等分に切り分け、相澤のものにロウソクを1本立て、どこで手に入れたかはわからないが、バイケイソウを飾り付ける。

毒入りだというのにあいつは驚くほど美味しそうにケーキを食べる。2人と、1人の足手まといで作ったとてもじゃないが美しいとは言えない不格好なケーキを。

俺はまだよくわからなかった。

橘は泣きながら食べていた。

こっちの気持ちはなんとなくわかるような気がした。

「誕生日ってだいたいショートケーキじゃない?」

バイケイソウの毒が回るまで1時間ほどの時間があるので、雑談を求めて話しかける。チョコケーキをきれいに食べ終わり、皿を片づけている相澤が顔をあげる。

「僕こっちのほうが好きなんですよ!」ふわりとはにかんでみせる。

最初に扉を開けたときと別人のような笑顔だった。日当たりが悪いはずのこの部屋に光が差したような気がした。


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橘の泣き声に顔をしかめながら、もう手足を思うように動かせなくなった相澤の代わりに、皿洗いをする。

「来てくれてありがとう。」手足は痺れても呂律は回るようで、妙にはっきりとした声で相澤がお礼の言葉を吐く。まただと思った。

俺は何だか泣きそうになった。

いつまで経っても泣き止まない橘を必死に連れ帰り、明日の花束を作る。今回の花は橘が選んだので余計に時間がかかってしまった。


あの日当たりの悪い不気味な家の甘い匂いのするキッチンにはこの花束を飾ろう。



きっと明日も宇宙人に花束を。

読んでくださりありがとうございます!

小説を書くのは初めてなので誤字、脱字、感想などありましたら、教えてくださるとありがたいです。

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