春の花の、木の下で
何度目かの春が来た。
いつの間にか、山の穴場で花見をするのが通例になっていた。
澄み渡った青空の中、春色の木の下で、メイドが用意したお酒と、自分たちで作った弁当とつまみを持って、二人でひっそりと。
草の上に亜麻色の敷布を敷いて、並んで座る。キョウは胡座、リィンは正座。
カゴを前に置いて、お互いにお酌しあって乾杯する。
ゆるやかな木漏れ日が、ほんのりと二人を照らす。
話し声はなく、木々のさざめきと、口に運ぶ音だけ。
お弁当も食べ終わり、お互いにいい具合になってきた。
「ちょっと横になっていい?」
「勝手にしろよ」
「わかったわ」
とろんと笑ったリィンは、飲み物をカゴに退避させて、しれっと隣に倒れ込んだ。
「おい」
「なぁに?」
「オレの脚に頭を乗っけていいとは言ってねえ」
「あらそう」
「あぁ」
「心地いいわ」
「そうかよ」
キョウはそれ以上なにも言わなかった。リィンもなにも言わなかった。
なにを言っても無駄だとわかっていた。それだけのことだと、二人とも納得していた。
二人だけがわかっていた。
「今年も綺麗に咲いたわね」
「そうだな」
「いい年になるかしら」
「どうだろうな」
「なるといいわね」
「そうだな」
「少し寝るわ」
「まじかよ」
「安らかに眠れたらいいのにね」
「ふん」
「嘘よ、ちゃんと起きるから安心しなさい」
「うるさい。寝るならさっさと寝ろ」
「ふふ、ありがと。おやすみ」
「ああ」
リィンは、すぐに寝息を立て始めた。
苦しみとは無縁そうな寝顔を、空いている手で撫でる。
「私も、ありがとう」
───*───*───
夢を見た。
オレの前には、リィンが立っていた。
手を差し出してきたから、握った。
握り返してきたから、首を傾げて見せた。
笑うばかりで、言葉はなかった。
口は動いていたけど、聞こえなかった。
でも、なんとなくわかった気がしたから、笑って歩いた。
リィンは、もう一人、誰かともう片方の手を繋いでいるようだった。
よく見てみると、あの時の女の子だった。
女の子が嬉しそうで、オレも嬉しそうに笑った。
三人とも、嬉しかったんだろう。