夜会にて
夢を見た。
誰かの泣く声が聞こえる夢。
しくしくと。
しかし辺りを見渡してみても誰もいない。
ふと、自らを覆うマントをめくってみた。
すると、中には明るい光を放つ小さな球があった。
数度撫でると、泣き止んだ。
大丈夫だ、と。
誰に言うでもなく呟いた。
───*───*───
二人の契約が成立してから数ヶ月。
夏を迎えたリィンの城では、夜会が開かれていた。
「なんだよこれ。髪もメチャクチャいじられたし」
「私にはこういう付き合いも必要なの。当然あなたにもついてきてもらわなきゃ困るわけ」
「だからって、これ歩きにきぃって」
「贅沢言わないで。それでも歩きやすいものを選んだんだから」
「変な気遣いすんなっての」
「さ、ここが今日の戦場よ」
「無視すんな! ……って」
両開きの大扉を使用人が開けた先には、煌びやかなシャンデリアで黄金色に輝くダンスホール。各所で満ちる話し声の隙間を縫ってウェイターが飲み物を運び、脇には料理が置かれている。
それぞれ青と黒の豪奢なドレスに身を包んだキョウとリィンは、手を繋いでホールの中へと踏み入る。
何の気なく進むリィンとは対照的に、キョウは周りを睨みつけている。
それは、逆に二人を見つめる視線を嫌ってのことだった。
「あれが例の?」
「どこから来たんだろうか」
「手を繋いで、おアツいのかしらねぇ」
「人外には人外がお似合いということか」
周りからひそひそと噂する声と、卑しい目線が二人に向けられる。
優雅な光と音楽には似つかわしくない、暗い笑みが所々に見える。
キョウは周囲を睨み続けたまま、リィンに耳打つ。
「なぁ、あいつら……」
「殺していいわけないでしょ」
キョウの目と尖らせた口が「まだ何も言ってねえよ」と言外に語る。
「いいのよ、ああいうのは放っておけば。いずれどうにかして私の勢力に取り込むから」
「だけど、間違ってんじゃんよ」
「あら、あなたそんなに気を遣えて……」
「オレはお前を殺すために一緒にいるだけで、お似合いとかじゃねえって」
「……ふふ、そうね」
「言葉遣いもぶっきらぼうね」
「あん?」
二人の会話に突然入った横槍。言葉の主は、そばにいた若い令嬢だった。
金髪をかき揚げ、鮮やかな赤いドレスに似つかわしい高らかな態度で、二人を見下している。
「あら、ごめんなさい。気を悪くしたなら謝るわ」
「人の気が悪くなる言葉ってのが分かんねえのかお前は」
「おー怖い! これだから教養のない野蛮人を夜会に入れるのは嫌なのよね〜」
「……あん?」
会場の各所からはうっすらとした笑いが起こる。対照的に、顔をこわばらせる面々もいる。
「それに、そんな人を連れている主の品格も疑わしいわね」
「……てめえ、もっかい言ってみろ」
「弱い獣ほどよく吠える」
「「!?」」
会場に静寂が走る。
睨みを効かせたキョウの一言ではどうともならなかったが、ただ姿勢よく立ち、目を伏せているリィンのたった一言で、会場全体の圧がドッと増したように群衆は身構えた。
「この場合の獣というのが誰を指すのかは分かりませんが、上澄みだけでしか状況を判断しないような飾り眼をしている方はこの中にいないでしょうから、きっと獣などいないでしょうね」
「……」
笑顔を向けられた貴族はバツが悪そうに歯を食いしばっている。
何かを言い出そうとしているようだったが、二の句が見つかる前に、キョウがリィンの手を引いた。
「え?」
「ついてこい」
貴族とは逆方向、出口へとキョウは歩を進める。
その姿を見て一息、威勢を取り戻した貴族は小さな声で「身の程をわきまえたようですね」「これでせいせいしましたわ」とキョウたちに聞こえないように笑っていた。
───*───*───
中庭に出ると、外から引き込んだ小川のせせらぎが聞こえてくる。
リィンを連れてきたキョウは歩みを止め、ガシガシと自分の頭をかく。
せっかくセットしてまとめていた髪が、そよ風になびく。
「どうしたの? いきなり抜け出しては城主としての役目が……」
「んなもん、またどこかで埋め合わせできるだろ、お前なら」
「?」
「お前、嫌だったんだろ」
「……へ?」
リィンは予想もしなかった言葉に、思わず息が漏れる。
「お前があんな声を出すなんて……」と言いながら、ちらと目を向けた先の、リィンの惚けた顔を見て、キョウも自分の発言に気がついた。
「いや、違う! オレが嫌だった、それだけだ!」
ぷいとそっぽを向いて、目も合わせず言い訳をするキョウを脇に、リィンは庭の小川を飛ぶ、虫の光に目をやる。
「鳴くよりも、鳴かぬ光が身を焦がす」
「は?」
「古い慣用句よ。この場面とも少し違うことを説いたものだけど。あなたにも思慮はあったのね」
「てめえぶっ殺すぞ⁉︎」
「ええ、お願いするわね♪」
食ってかかるキョウをひらひらといなしながら、リィンは笑っていた。