一目お会いしたいです、婚約者様!
さくっと読めるお話です
「メメリア、お前には生まれた時から婚約者がいる」
「こんやく、しゃ?」
「お爺さんとプレザイン家との約束らしい」
父親の言葉を聞いていた幼いメメリアは全く理解できなかった。ただ、気づいた頃にはメメリアには婚約者がいて、ただ一度も会ったことがないことだけはわかっていた。
私は婚約者の顔を知らない。
***
赤い髪を揺らしたメメリアは制服を着て、学園の門をくぐった。
この国の貴族の子女たちは13になると学園に入ることが義務付けられており、そこで貴族社会の規律や上下関係を含めて学ぶことになる。
男女いずれも同じ学園に入学はするのだが、基本的に男女の学舎は別々であり、関わりはない。
ただ敷地は同じであるため、お互いの存在していることを理解している程度であり、2階に存在する教室棟と実技棟をつなぐ渡り廊下を通る時に、向こう側にある渡り廊下を渡る男子生徒を見かけるぐらいだ。
メメリアが入学した時に最初に考えたことは、自分より二年上の婚約者をこの渡り廊下からみることができるかもしれないと言うことだった。
メメリア=ノトーナ。ノトーナ公爵家の長女、それがメメリアの立場であった。婚約者である令息も同じく公爵家であるが、プレザイン家とノトーナ家は犬猿の仲だった。そのため、幼い頃に婚約者がいると聞いたことがあるのに、メメリアはその婚約者に一度も会ったことがなかったのだ。
この国の女性は16歳で成人と認められるが、それまでは社交界に出ることもないため、両親が会わせてくれない以上、メメリアが婚約者であるプレザイン家の令息と会う機会はなかった。
でも、流石に気になるわよ……。
周りがまだ婚約者もいない頃から、メメリアには婚約者がいると言うのにその姿を一度も見たことがない。噂ではとても美形であまり感情を表に出さないタイプの人だと聞いている。金色の髪に青い瞳がプレザイン家の特徴として聞いているため、メメリアはその噂からぼんやりと婚約者を想像する。
話すことはできなくとも、この学園にいれば姿をみることが叶うかもしれない。そんな期待をしながらメメリアは、集合場所である学園内の聖堂へと向かった。
それから2年の月日が流れ、メメリアはとても焦っていた。
入学から今年で3年目、メメリアももうすぐ16歳になる。つまり、メメリアの婚約者であるプレザイン家の令息は18歳になるため今年で学園を卒業してしまう。
丁度教室棟から実技棟への移動があり、メメリアは教科書を胸に抱きしめながら少し離れた左側にある男子生徒の学舎の渡り廊下をこっそりとみる。何度か見かけたことのある二人組の男子生徒が歩いていくのが見えた。メメリアは毎日のように渡り廊下を観察しているため、だんだんとよく見かける人については顔を覚え始めていた。
ちなみに今歩いて行く二人の首元の襟飾りの石の色が青色であるため、彼らは最終学年である六年生であることがわかる。メメリアの婚約者と同じ学年である。
二人のうちの一人は金色の髪のため、もしかして?と最初の頃に思ったことがあるのだが、彼の目はどう見ても紫色のため、聞いているプレザイン家の特徴とは異なる。
メメリアがよくこっそりと渡り廊下を観察しているときに見かける男子生徒の一人で、よくうっかり目があってしまい、メメリアは慌てて目を逸らすことになる。男子生徒をじっと見つめるなどよくないことなのは間違いない。
そんな風に毎日のように渡り廊下を通る時には男子の学舎を見ているのに、メメリアはこの二年半の間一度も成果を得られたことがなかった。
まだ一度も姿を見かけたことがないなんて……!
絶望を感じながら教科書を抱えてため息をつくと、隣にいた友人に声をかけられる。
「メメリア、大丈夫?」
心配をして声をかけてくれたのは、幼馴染でもあるレニアーニである。亜麻色の髪に緑色の瞳を持つ友人はメメリアを心配して顔を覗き込んでくる。その可愛い様子に思わず抱きしめたくなる。
「ありがと。大丈夫。ちょっと、自分の運の悪さにへこんでただけ」
「もしかしなくても、婚約者様のこと?」
「う」
レニアーニはメメリアのことをよく知っている。メメリアが入学時の目標に掲げていたことが「婚約者の姿を一目みること」だということも知っているのだ。
しかしやはり見たことのない相手を探すというのは難しく、メメリアは思わず再びため息をついた。そんなため息ばかりの友人に、レニアーニが笑いかける。
「メメリア、私来週デビュタントなの」
同じ学年であるレニアーニは、同じ年に成人を迎えるのだが、誕生日が早い分レニアーニは早くデビュタントを迎えるのだ。そして、にっこりとメメリアに笑いかけ、こっそりと耳打ちする。
「だから、メメリアの婚約者様見てくるね」
本来ならデビュタント前の女性が男性の話をするのは御法度なのだ。そのため、メメリアは婚約者の顔を知っているだろう人が女子生徒の先輩にいたとしても、聞くことができないのだ。
友人であるレニアーニは、内緒だよと人差し指を口の前に持ってくると優しく微笑む。
「大きな夜会みたいだから、きっといらっしゃるわ」
「……、女神!」
友人を前に思わずそう口にすると、「何言ってるのよ」と笑われた。そんなことを口にしているとまた別の生徒が向こう側を歩いていくのが見えた。
今度通ったのは襟飾りの石がメメリア達同様、赤色であり、四年生だということが見て取れる。黒髪に青い瞳の男子生徒はよく知った顔で目が合った。
相手も気づいたのか、軽く手を上げてきたので、メメリアも同じように返し、レニアーニは軽く頭を下げた。
今通って行った男子生徒はメメリアとレニアーニの同じ年の幼馴染、ユールディル=エンダルクだ。エンダルク公爵家の一人息子で、学園でもとても優秀な成績らしい。
メメリア、レニアーニとユールディルは小さな頃よくメメリアの屋敷で遊んだ仲であり、今でも交流がある。
「デビュタントの夜会は、ユールが誘ってくれたの。丁度エンダルクのお家で夜会を開くみたいで」
にこにこと話すレニアーニに、メメリアは軽く頷いた。
おそらくユールディルはレニアーニのために自分の屋敷で夜会を開いてもらうことにしたに違いない。なんせ昔からユールはレニアーニのことが好きなのだから。レニアーニのデビュタントで変な虫がついたら困るだろうから、その牽制もかねてだろう。
しかし、ユールディルが彼女へその気持ちを打ち明けていないことは知っているため、メメリアとしても、友人のために口を滑らすわけにはいかない。
「ユールの屋敷ならいいね」
「うん、ユールもいるみたいだからちょっと安心した」
あいつは全部自分のために動いてるのよ。と言って上げたかったが、女神のようなレニアーニが変な男に引っかかっては困るというのはメメリアも同意である。ユールディルなら少なくともレニアーニを大事にしてくれることは間違いない。
「だから、メメリアの婚約者様を見てくるから、わかったら教えるね」
「ありがとう!」
そんな会話をして一週間が過ぎると休み明けに、レニアーニが焦った顔をしてメメリアに近づいてきた。そんな珍しい様子にメメリアは首を傾げる。
「どうしたの、そんな顔して」
「求婚、されたの……!」
レニアーニの顔は次第に赤くなって、少し俯く。女神。と思ったが口には出さず、ようやくユールディルが動いたのだと思った。答えは知っていたが、一応せっかくなので友人の勇姿を確認しておこうと思い、メメリアは笑顔で聞き返す。
「そうなの?相手はどんな人?」
「ダリアマス伯爵令息で……」
顔を赤らめてそう言うレニアーニはとても可愛いが、予想外の答えに目を見開く。
「……、誰それ?え、どうして?え?」
メメリアの方が混乱して驚いた顔と信じられない顔という顔をしてしまう。
ユールはどうしたの?え?どういうこと?
「私もデビュタントの次の日に求婚が来るなんて思わなかったけど……」
いや、そうじゃない。レニアーニは女神だから全然それは不思議でもなんでもないけど、ユールは⁉︎あいつなにやってたの⁉︎
「待って。レニアーニが求婚されるのは全然変じゃないわ。むしろレニアーニみたいな女神は引く手数多に決まってるから。そうじゃなくて、そうじゃなくて……!」
言いたいことが言えず、メメリアは歯痒い気持ちになる。
「……、ユールは知ってるの?」
「え?ううん、まだメメリアにしか言ってないわ」
その言葉に思わず、メメリアは立ち上がり駆け出さずにはいられなかった。
「メメリア⁉︎」
引き止めるために手を伸ばしたレニアーニを見ることなく、メメリアは走り出した。
メメリアが向かったのはあの渡り廊下だった。ユールディルにすぐに連絡する手段がないが、あの渡り廊下であれば大きな声を出せば声は届く。
ユールディルが通るとも限らないが、何かせずにはいられない。
メメリアはユールディルがどれだけレニアーニのことを想っているかも知っているし、二人が上手くいけばいいなと思っていた。
自分には生まれた頃から婚約者が決まっていて、恋愛なんて縁のないものだと思っていた。しかし、隣で熱い視線を向けている友人や、向けられている友人を見ていると羨ましく感じる。
息を切らして走ったメメリアは、渡り廊下の向こう側で、すでに校舎に入りかけている見慣れた黒髪の後ろ姿を見つけて思わず叫ぶ。
「ユール!レニアーニが知らない人と婚約しちゃう!」
公爵令嬢がすることとは思えないほど大きな声に、近くにいた女子生徒も男子生徒もメメリアを見た。
中にはひそひそとメメリアを見ながら何かを話す人の姿もある。しかし、そんなことよりユールディルに聞こえたかどうかが不安だったのだが、彼は立ち止まると青ざめた顔で振り返った。
流石に声を上げるのは躊躇われたのか、メメリアの言葉が聞こえたことを示すように重々しく頷いた。
その様子を見てメメリアはホッとする。思わず欄干に手をやり疲労した体を休めた。
これでユールディルが上手く動くでしょ。
そんなことを思いながら教室に戻ろうと顔を上げると、ふと視線を感じて男子校舎側の渡り廊下を見た。
そこには時々見かける金色の髪に紫の瞳の男子生徒がいた。明らかにメメリアを見ており、目があった。
あれだけ叫べば不審よね……。
なんとも言えない気持ちになり目を逸らそうとしたところで、相手がフッと笑った。今まで見たことある表情は無表情に近かったのだが、思わぬ笑みに混乱してメメリアは慌てて目を逸らす。
バカにされた⁉︎
頭が混乱している間に戻ろうと歩き始めたところで、とてつもない笑顔を向ける女性教師が目の前に現れた。
「少しお話がございます。ノトーナ嬢」
どうやら教師の目にも止まってしまったらしい。
***
公爵令嬢だからと容赦はなくメメリアは長い説教を受け、淑女とはなんたるかを説き伏せられ、反省文の宿題を頂いた。
後から追いかけてきてくれたらしいレニアーニはメメリアがどこにもいなくてこちらはこちらでとても心配をかけてしまったらしい。
「そんなに私の婚約に驚いたの?」
「……、え?まだ求婚だけじゃないの?」
「ううん、両親がすぐに受け入れたからたぶんもう婚約してると思うけど」
「嘘でしょ……」
前から思ってたけどレニアーニのご両親は、レニアーニの価値を低く見過ぎよ!
心の中で怒りを感じながら次第に自分の表情にもそれが出てきていることがわかる。
「ねぇ、メメリア。私は見たの」
「え?」
レニアーニの真剣な表情に、メメリアは首を傾げる。
「一体何を?」
そう言ったメメリアにレニアーニが珍しく呆れたような顔をする。
「貴女の婚約者様」
その言葉にハッとする。
友人の婚約のことで頭がいっぱいでそれどころではなかった。なんせレニアーニの婚約だ。レニアーニには幸せになってほしい。可能ならユールディルもついでに幸せになったらいいと思う。世の中はなんてうまくいかないんだそんなことを考えていたのだが、ここに来てまさかの自分の婚約者の話だ。
唐突に心臓が大きな音を立て始めた。
「ど、どんな方だった……」
どきんどきんと大きく鼓動する心臓に頭がおかしくなりそうだった。長く見ることのできなかった婚約者がついにどんな人かわかるのだ。
「それがね……」
とレニアーニが続きをはなそうとしたところで、レニアーニを女性教師が呼びかける。
「少し、お話が」
そう言って教師はレニアーニを連れて行ってしまった。
またしてもお預けをくらったメメリアは心臓が一気に落ち着くのを感じた。
「今更ね」
そして、もはや習慣化とも言える渡り廊下へ向かった。
ぼんやりと大した期待もせず渡り廊下を歩き、視線もつい向こう側の渡り廊下をつい見てしまう。あまり移動教室が少ない時間帯なのか、人はほとんどいない。そんななか、一人の男子学生の姿が新たに出てきた。
よく見かける金色の髪に紫色の瞳の最終学年の学生だ。
なんとはなしに見てしまうと、明らかに目があった。すると、向こうが口をぱくぱくと動かしている。何か伝えようとしているのかと思い、その動きを目で追う。
「お?お?ご、え……、あ、げ、す、ぎ……。って、しょうがないでしょ!」
どうやら先ほどのメメリアのユールディルへの大きな声掛けを聞いていたのだろう。まさかそんなことを口パクで伝えられるとは思わずメメリアは真っ赤になる。
憤慨しているメメリアを見て相手は目を細めて笑ったのが見えた。
な、なんなのーー‼︎
嫌な感じ‼︎
怒ったメメリアはくるりと相手に背を向け、来た道を足早に戻った。
しかし、教室に戻ってもレニアーニの姿はなく、教師に尋ねると寮に戻ったと言うことだった。
どうしたのかしら?
***
次の日に教室に現れたのは目を真っ赤に腫らしたレニアーニだった。
「レニアーニ⁉︎一体どうしたの⁉︎」
私の女神に一体誰が何をした⁉︎
「婚約、破棄、されちゃった……」
はらはらと涙を流して言うレニアーニに心がずきりと痛む。ユールディルに伝えたのは自分だ。おそらくユールディルは家の力を使って、レニアーニの婚約を潰したに違いない。
レニアーニとユールディルはお似合いだと思ってたけど、これって正しいやり方だった?
涙を流し続けるレニアーニを見ると疑問に思う。自分はレニアーニの味方でも、ユールディルの味方でもあるつもりだったが、果たしてそうなれているだろうか?ユールディルの気持ちは知っているが、レニアーニの気持ちは知らない。レニアーニの婚約者を知りもせず、壊した自分の行動は正しいものだったのだろうか。
「……、ごめんなさい。レニアーニ」
「どうして、メメリアが謝るの?」
「私がユールにレニアーニの婚約を伝えたから……」
「ユールに伝えるのは別に問題ないわ。私も伝えるつもりだったし」
「でも、私が伝えたから……」
「婚約破棄されたのが、誰かのせいだなんて思わないわ。きっと私がいたらなかったのよ」
泣きながらもメメリアを心配させないようにするためか微笑もうとするレニアーニに、どう声をかけていいかわからなくなった。メメリアは、ただレニアーニの側に寄りそうことしかできなかった。
もうやめよう。
レニアーニが悲しむなら意味がない。
この一件で、メメリアは気落ちした。自分がやったことは取り返しのつかないことだったということに、今更ながら気づいた。振り翳したのは偽りの正義だったと思った。
何もやる気になれず、メメリアは一人渡り廊下に佇んでいた。ぼんやりと歩いていく人を見つめては見るものの、とても自分の婚約者を探そうとは思わない。
誰のことも視線では追っていなかったが、視界の中には様々な人が通り過ぎていく。メメリアが立ち止まっているのは珍しいことではないため、誰も気には止めない。
そんなとき、一人の男子学生が立ち止まった。メメリアは何もする気にならなかったため、誰が立ち止まったかも見ていなかったのだが、よく見ればそれは金色の髪に紫色のよく見かける男子生徒だった。
何故かメメリアと一番近い距離になる場所に立つ。普通に視線を向けてくるため、メメリアは流石に驚き相手を見た。
相手はどこかから何かを取り出すと、突然メメリアの方に向かって投げつけてきた。それは大きく弧を描き、メメリアの方に向かってくる。驚いたがケンカを売られているのかと思い、メメリアはそれを叩き落とす。
それを見た相手は何故か笑った。
「来いよ」
そう小さく聞こえたが、メメリアは意味が分からずくびをかしげる。しかしメメリアの理解を待つつもりはないらしく、相手の男子学生はまた渡り廊下を歩いて行った。一人理解できないメメリアをおいて。
そして床に落ちたものをメメリアは見下ろす。
紺色の封筒に金色の封蝋がされており、飛ばせるようにしたためか一角に重りがついている。しかし重要なのはその閉じられている封蝋だ。見たことのある家紋の形に、メメリアはひいっとなってその封筒から飛び退いた。
えっ!と思い先ほどまで男子生徒が歩いていた渡り廊下を見たがもう誰もいない。聞くべき人が居らず、メメリアは誰もいない廊下と封筒を見比べる。
恐る恐る遠くからもう一度封筒を眺めるが、その封蝋が変わるはずもなく。
メメリアはどれだけかしてからようやくその封筒を拾い上げた。表にはメメリアの名前しかなく、裏は金色の封蝋のみ。
「嘘でしょ」
封蝋が示すのはメメリアの婚約者の家門でもあるプレザイン家のものだった。そしてこの様式はおそらく招待状である。
こんな風に雑に扱えるのは招待する本人またはその家族しかありえない。
「……、えぇえ⁉︎」
メメリアの声が再び渡り廊下に響き渡ったのは言うまでもなかった。
***
メメリアは初めての夜会に緊張していた。それだけではない。記念すべきデビュタントでもある。
そしてなによりも、ずっと会いたいと思っていた婚約者に会うことになるのがわかっていて、心臓のどきどきとした音が収まらない。
落ち着け心臓ー!
そんな風に思いながら胸を押さえていると、前から見たことのある顔の人物が現れる。よく廊下で見かけていた、あの金色の髪に紫色の最終学年の男子生徒だ。しかし、いつもの制服姿ではなく、紺を基調とした正装である。
「どうしたんだ、そんな警戒した顔で」
そう言ってきたこの男こそが、マリウス=プレザイン、メメリアの婚約者である。
あの時投げられた青い封筒の中身は、プレザイン家の夜会への招待状だったのだ。しかも、メメリアが誕生日を迎える日に行われる、まるでメメリアのデビュタントを行うためかのような日程のものだったのだ。
「……、あなたは知ってたの⁉︎」
メメリアの問いに、マリウスは眉を寄せる。
「何を?」
「私が婚約者だって、わかってたの⁉︎」
その問いに、マリウスは笑顔を深めた。明らかにわかっていたのだと思いメメリアは顔を赤くする。
「私ずっと探してたのに、なんでもっと早く教えてくれないの⁉︎」
「婚約者がずっと自分を探してるなんて、悪い気はしないだろ?」
「なっ!」
「それにまさか本当にずっとわからないなんて思わないだろう?誰かに聞けばすぐわかる話だ」
「両親はあなたのことになるとすぐ不機嫌になるから聞けなかったし、クラスメイトには婚約者に会ったこともないなんて恥ずかしくて言えないわ!それにプレザイン家は金色の髪に青い瞳って聞いてたのよ!」
マリウスの瞳の色は明らかに紫色だ。青とは言い難い。
「あぁ、これか」
そう言って自分の右目のあたりに手を置く。
「光をもっと入れれば青に見える。昔のプレザイン家はこう言う色合いだったらしくて、俺は先祖帰りだと言われている」
そう言ってマリウスがシャンデリアの明かりを見ると、目の色が変わる。紫色から青色へ変化して驚く。
「綺麗……」
思わず呟いたが慌てて手で口元を押さえる。そんなメメリアにマリウスが微笑む。先ほどまでの意地悪な笑みではなく、微笑ましく思う感情が込められたような笑みだ。
「せっかくのデビュタントだ。踊ろう」
そう言うとマリウスは、さっとメメリアの手を取るとホールの中央へ移動していく。慌ててメメリアもそれに合わせるが、腰に手を触れられて顔が赤くなる。
そんなメメリアの様子にマリウスはとても満足そうな笑みを浮かべ、音楽に合わせて動き始める。
「あなたは、嫌じゃないの?」
「マリウスだ。名前も知らないのか?」
言い直しを強要されてメメリアがむっとした顔をする。
「知ってます!マリウス様は!……嫌じゃないの?」
「何が」
「うちとあなたの家は、犬猿の仲でしょ」
「今までがそうだとしてもこれからもそうだとは限らない」
「でも」
「俺は意外と今の自分の婚約者には満足しているが?」
そんな答えを耳元で囁かれて、メメリアは思わずステップを踏み外した。しかし、マリウスがすぐにカバーしてくれたため、大事には至らない。
「ご、ごめんなさい!っていうか、あなたが変なこと言うから!」
「別に思っていることを言ったまでだ」
そんなことを言われるとどうしていいかわからず、メメリアはまともに顔も見れなくなり俯いてしまう。
「ちなみにダリアマス伯爵令息はいい噂はないから、婚約破棄は正解だ」
「え?」
ダリアマス伯爵令息と言えば、レニアーニの婚約者だった男性のことだ。レニアーニの婚約破棄についてはメメリアが気にしていたところでもある。
「女を取っ替え引っ替えしているろくなやつじゃない。あれで伯爵家の嫡男なんだから聞いて呆れる」
そんなマリウスの言葉に、メメリアは心底ホッとした。レニアーニに悪いことをしてしまったと、ずっと心の中に残っていた棘が落ちた気分だった。
明らかにホッとした様子を見せたメメリアをマリウスは目を細めて見つめていたが、メメリアはそんなことには気づかない。
「だから君の友人にとっても、悪いことじゃない」
そう言ったマリウスの言葉に、メメリアは顔を上げた。
「どうして……」
そんなことを教えてくれるのだろうか。
「気に病んでたんだろう?」
その通りだ。しかし、メメリアがマリウスとまともに話したのは今日が初めてだ。
「俺は君のことを知っていたから。君よりよっぽど君と言う婚約者について観察している」
ぼんやりと探していたメメリアと違い、マリウスはメメリア自身を見ていたのだ。そう言われて急にとてつもなく恥ずかしくなった。メメリアは二年半もの間、渡り廊下でよく時間を過ごしていた。一人だったり、レニアーニとだったり。
「……み、見てたの?ずっと」
「まぁ、目につけばそれなりに」
そう言って笑ったマリウスは意地悪な顔をしていた。恥ずかしすぎてメメリアは今すぐマリウスから離れたくてしかたなかった。
「こら、踊ってる最中に逃げるな」
そう言って腰を強く寄せられて、逃げる術もない。さらに顔が近くなった気がして、メメリアは頭が熱くてどうにかなりそうだった。
「す、少し近すぎます」
「ようやく触れられるのに離れてどうするんだ」
遠慮のないマリウスにメメリアは対処する術がわからず、とにかく早く一曲終わることを願うしかなかった。
会いたい会いたいと思っていたけど、会わない方が幸せだったかもしれない……‼︎
終
マリウスの楽しそうな感じが好きです。
多分招待状を投げる練習は何回もしたでしょう。
※ヒーロー視点の短編をアップしました
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