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鏡は何も映さない  作者: 月坂唯吾
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第八章 真実への扉

八月二十七日 捜査八日目

午前六時三十分。由衣は朝か夜かも分からないこの部屋で目を覚ました。こんな部屋でもアラームで起こされることはなく、いつも起きる時間に目が覚めた。人間の体というものは不思議なものだ。一体何処で時間という概念をカウントしているのであろうか。

 由衣は部屋に常備されている電気ポットでお湯を沸かし、これまた常備されているインスタントコーヒーを入れる。もちろん裸のままだ。これから服を着て、ただの女から刑事に戻らなくてはならない。少しでも本当の自分でいる時間は長くありたいからだ。

 裸でコーヒーを飲み、シャワーを浴びることで本当の自分を洗い流し、刑事の仮面を被る。毎日行われるこの作業は戦隊ヒーローの変身ポーズのような物で、気持ちを切り替える為に由衣には必要不可欠なものなのだ。

 由衣が刑事という仮面を付け終わるのとほぼ同時に、部屋の内線電話が鳴る。おそらく相手は伊瀬知だろう。

「はい、宮崎です」

「テープは確認したか?」

今まで電話に出てこんな展開になったのは初めてのことだった。声の主は間違いなく伊瀬知。相手のことを考えることなく、自分の言いたいことを真っ先に伝える。まるで子供のような人間だ。そう思うと、いっくんという存在も、普段から伊瀬知の中にある人格の一つなのではないか、という気すらしてくる。

「いえ、まだ確認していません」

「そうか…………どうだ?」

「何がですか?」

「今確認しているんじゃないのか? 確認したかと聞かれて、確認していなかったら、普通すぐに確認に向かうだろう」

 なんて理不尽な物言いだろう。すまんが今すぐ確認してもらえるか? くらい言えないのだろうか。でも由衣は自分で言うのもなんだが常識人間だ。不快感を覚えたとしても、態度には表さない。

「すみません。今確認してみます」由衣は引き戸を開け、セロテープを確認した。

「どうだ? セロテープはどうなっている」

「付いてはいます。でも部屋側はきちんと付いていますが、片方の一畳スペース側は剥がれてしまい、引き戸の真下、部屋との境目の隙間に入り込んでしまっています」

「そうか。では鏡の迷路側のセロハンテープはどうだ」

由衣は指示されるとおり、扉と扉の間の空間へと進むと、鏡の迷路に続くドアのノブに手をかける。一瞬、安全地帯から抜け出す、という不安感が由衣の手の動きを止めさせたが、刑事の仮面を被った由衣はその感情を払いのけ、ドアを開けた。

「一畳スペース側も、鏡の迷路側もセロハンテープは付いていません」

「やはりそうか。今から君を迎えに行く。玄関と、鏡の迷路の中央に貼ったセロテープを確認に向かうぞ」

 伊瀬知が電話を切ると、すぐに部屋のインターホンが鳴る。もう途中まで来ていたのではないか、という程の速さだ。

 もちろん伊瀬知でない可能性もあるので、由衣はまずインターホンに出た。

「はい」

「今日はパターン1の迷路だ」やはり伊瀬知であった。先程同様、名乗りもせずに話し出す。

「あの、どちら様ですか?」由衣は伊瀬知だと気が付いていないふりをして、少し遊んでみることにした。

「俺だ。さっさと出て来い」

「あの、誰だかちゃんと確認しないと危険なので、名前を名乗って頂けませんか?」

「俺だ。伊瀬知だ。君、分かっていてやっているだろう」

「なんだ、伊瀬知さんですか。あまりにも早いから華村大駕かと思って驚いたじゃないですか。ちゃんと名乗ってくださいよー」

 白々しい芝居を止め、ドアを開け鏡の迷路に出ると、伊瀬知はさっさと背を向け歩きだした。しかし鏡に写る由衣の顔はにこやかであった。さっきのやり取りが思いの外楽しかったからだ。やや不機嫌そうな伊瀬知を追いかける由衣の足取りも、心なしか軽やかであった。

 

向かった先は玄関。伊瀬知はすぐにしゃがみ込み調べ始めた。

まず鏡の迷路と一畳スペースの境目に貼ったセロテープを確認すると、由衣には何も告げず、伊瀬知は玄関ドアの方を調べに向かった。由衣は伊瀬知と入れ替わるようにして、鏡の迷路と一畳スペースの境目のセロテープを確認する。そこには昨日貼ったセロテープが確かに存在していた。だが一畳スペースの方は綺麗に付いているが、鏡の迷路側は付いておらず、鏡の迷路と一畳スペースの隙間に潜り込んでしまっている。一体誰がこんなことをしたのであろうか。確認が終わると、由衣は伊瀬知がしゃがみ込んでいる、玄関ドアの前へと進んだ。伊瀬知の後ろから覗き込むようにセロテープを確認する。今度はどちら側もセロテープは付いていないようだ。

「きゃははははっ」急に伊瀬知が笑い出した。フラッシュバックか、とも思ったが、状況は素早く理解が出来た。由衣は急いで伊瀬知の頭を小突く。

「いっくーん」由衣は残念そうな物言いで呟く。すると、これ以上ないという程の早さで伊瀬知が振り返った。

「今、俺の頭を小突かなかったか?」

まさか伊瀬知がこんな一瞬だけ能力を使うとは思わなかった。

「伊瀬知さん、また能力を使ったんですか?」由衣は昨日と同じようにごまかしに入る。

「いや、騙されないぞ。今日はちゃんと三十分前に薬も頓服薬も飲んでおいた。今はちゃんと効いているから、発作はそれほどでもない。今の痛みは明らかに外部から与えられたものだ。しかも後方斜め上からの」

「えっ、わっ、私がそんなことをする訳ないじゃないですか」由衣は焦りながらも、必死に否定した。

 絶対だな? 今後君が俺の頭を小突くようなことがあったら、一回につき一個、スペシャルショートケーキを買ってもらうからな」

出ました。またケーキ。

「はいはい。分かりました」

「よし」何がよし、なんだか分からないが、伊瀬知は納得したようだ。もうバレそうなので頭を小突くのは止めておこう、と、由衣は思った。

「で、何か分かりました?」

「昨日俺と君が玄関ドアを確認した際、ドアノブを触ったが、やはりオーラの色は消えている」

「どういうことなんですかね?」

「まだ仮説段階だが、大体のピースは揃いつつある」

「えっ? 何か分かったんですか?」由衣は伊瀬知から情報を聞き出そうと、さらに言葉を続ける。

「じゃあ、わた……」しかしその言葉は大きな声によって遮られてしまった。

 大声を上げた人物、それは突然目の前に現れた柴咲であった。


「伊瀬知さん、宮崎さん、大変です」柴咲は取り乱したように大声を上げ、二人の元へと現れた。

「柴咲さん、一人で出歩いては駄目じゃないですか」そんな柴咲を由衣はたしなめた。

「そんなことより、沢村さんが部屋にいません」

「本当ですか?」

「実は……、昨日部屋まで送っていただいた後、どうしても煙草が吸いたくなってパーティールームに行ったんです。ソファーに座り、煙草に火を点けた直後のことでした。沢村さんが包丁を持って現れて……私を突然襲ってきたんです。幸いにも、手を少し切られた程度で、沢村さんを払いのけ、私は自分の部屋まで逃げました」柴咲は言い辛そうに、そう言葉を並べると、血は既に止まっているものの、切られ痛々しい傷が残る手を二人に見せた。

「大丈夫ですか?」

「ええ、傷はたいしたことありません。私は沢村さんのことが気になって、さっき、こっそりと沢村さん部屋を見に行ったんです。そうしたら、沢村さんの部屋のドアのランプが緑色になっていたので驚いてしまって。だって沢村さんが部屋にいない、ということは、また誰かを狙ってこの鏡の迷路を彷徨っているかもしれない、ということですよね」

「昨日、沢村さんに襲われたのが何時頃か分かりますか?」伊瀬知が質問をした。

「はっきりとは分かりませんが、部屋に逃げ帰り、部屋の時計を見た時には零時五分前くらいでした」

「では、俺達が部屋に戻った時と同じくらいの時間だな」伊瀬知は由衣に言ったようであったが、おそらくは独り言を口に出しただけだろう。

「では私たちは沢村を探します。送っていきますから、柴咲さんは部屋に戻っていて下さい」伊瀬知は沢村の確保よりも、柴咲の安全を優先したようであった。由衣の考えを理解してくれたようだ。沢村がこの別荘から出られない以上、まずは柴咲の安全を確保してから、沢村を探しに行くことが最善な道だと判断したのであろう。

「いいえ、私も一緒に探します。一刻も早く沢村さんを見付けたほうがいい。邪魔はしませんから、一緒に探させて下さい」柴咲も柴咲なりに正義感のようなものがあるのだろうか。

しかし刑事としての正しい判断は、間違いなく柴咲の安全が優先。由衣の立場では柴咲を連れてはいけない。

「分かった。でも十分気を付けて」

そんな由衣の思いなどまるで気にする様子もなく、随分と軽く、そしてあっさりと伊瀬知は柴咲が同行することを許可した。

「ちょっと伊瀬知さん、いいんですか?」由衣には伊瀬知の考えが理解出来るはずもなく、当然の如く伊瀬知に意見をする。

 仕方がないだろう。柴咲さんは一緒に来たい、と言っている。そして俺たちには柴咲さんの行動を制限するような権限も、法的書類もない。出来ることは柴咲さんが危険にさらされないように守ることだけだ」

 確かにそうだが、守る為にも部屋に戻ってくれるのがベストなのだ。しかし柴咲はそれを拒否している。柴咲の思いを優先すべきなのか、安全を優先すべきなのか。由衣はもちろん後者を選びたいが、柴咲が拒否するなら仕方がない。

「分かりました。でも私たちから離れないで下さいね」

「はい。ありがとうございます」

 多少不本意ではあるが柴咲を交え、三人は部屋から消えたという沢村を探す為、鏡の迷路へと再び戻った。


まず向かった先は沢村の部屋。一応、柴咲の言葉の真偽を確かめる為だ。沢村の部屋のドアは昨日と変わらず、静かに落ち着いた様子を見せていた。まるで時が止まっているような静寂。だが明らかに昨日とは違っている。ドア上のランプの色が、不在を示す緑を示していたからだ。念の為、インターホンも押してみたが、やはり沢村がインターホンに出ることはなかった。沢村が部屋にいない、ということに間違いはないようだ。

 そうなれば、次に向かう場所は決まっていた。沢村に襲われた人物、そう神埼の安否確認だ。


神埼の部屋のドアは沢村のそれとは違い、昨日神埼を送ったとき同様、赤色の光を放っていた。おそらく神埼は中にいるのだろう。インターホンを押してみる。

「はい……」不安そうな声でインターホンに出る神埼。

「私です。あっ、伊瀬知です」伊瀬知は名前を名乗れ、と私に言われたことを思い出したのか、珍しく名前を名乗った。

「沢村が部屋から消えました。神埼さん、大丈夫ですか?」

「はい。沢村さんは来ていません。ただ不安であまり眠ることは出来ませんでしたけど」神埼の言葉は少し硬い口調ではあったものの、声は先程とは違い安心感に満ちていた。

「無事でなによりです」

「あの、伊瀬知さん。他の方も一緒にいらっしゃるのですか?」

「はい、今ここには私の他に宮崎君と柴咲さんがいます」

「私心配で……。皆さんのお部屋に内線電話をかけたのですが、どなたもお出にならないし……」神埼の言葉には一層の安堵感が感じられた。一人だけで不安な中、皆に電話をかけたが誰も出ない。ひょっとしたら自分だけしかいないのではないか、という孤独感と恐怖心、それらから解放され、神埼の心が温められていくのを感じた。

「大丈夫です。捜査の為、我々は部屋にはいませんでしたが、皆変わりはありません。ただし先程も話した通り、沢村が部屋から消えました。またあなたを襲うことも考えられます。私たちが来るまでは決して部屋からは出ないで下さい」

「分かりました」

 こうして神埼の無事を確かめた三人は沢村を探す為、再び足を進めた。簡単に見付かることはないだろうが、とりあえず近くの部屋から片っ端探せば見付かるかもしれない。そんな藁をも掴む気持ちで足を進める。しかし、それは呆気なく終わりを向かえることとなった。


神埼の部屋を訪れてから、僅か三分程後のことだった。『娯楽室』と書かれたドアの先で、それは発見された。『娯楽室』のドアを開けると、正義感からか柴咲が伊瀬知の横をすり抜け、真っ先に『娯楽室』へと続く引き戸に手をかけた。しかし柴咲がその勢いのまま『娯楽室』に入っていくことはなかった。引き戸の前で手をかけたまま動かない柴咲。

「あれっ?」

「どうかしたんですか」由衣は後ろから柴咲に声をかけた。

「鍵が閉まっているのか、引き戸が開かなくて」柴咲は何度も開けようとしている。

「ちょっと見せてもらえますか」伊瀬知は柴咲に代わって引き戸を開けようと声をかけた。

「あっ、ちょっと待って下さい。何とか開きそうです」柴咲が再び力を込めると引き戸がゆっくりと開き出す。そして十センチ程開いたかと思うと「ガシャンッ!」と大きな音をたてて引き戸は勢いよく開いた。

 今まで閉ざされることのなかった鍵のない『娯楽室』の引き戸が開かなかった。それは明らかに不自然であり、中に誰かが潜んでいるのではないかと、安易に想像をさせた。

 部屋の中に入ると、引き戸が開かなかった理由が分かった。引き戸はまるで練炭自殺の現場のように、内側からガムテープで留められていたのだ。四辺をガムテープで留められた引き戸はまるで鍵がかかったように三人の道を遮っていた。この場合、中にいる人物が内側からガムテープを貼ったと考えるのが妥当だろう。しかしそれはありえなかった。確かに『娯楽室』の中には人がいた。だがその人物がガムテープを内側から貼ることが出来るはずはないのだ。

中にいたのは沢村。だが沢村はもう二度と動くことすら出来ない状態であった。沢村が内側にガムテープを貼り、自ら命をたった。それならば話は簡単だ。しかし沢村が自ら命をたったにしては現状が明らかにおかしかった。静かに床に転がる沢村の首には、しゃがんでいる沢村を後ろから紐のようなもので締め上げたような、斜めに入る痣が残っていた。そして傍らには凶器と思われる白いロープが落ちている。現場の様子は明らかに殺人事件の様子を示していた。

しかも今回も密室。一体どうなっているのだろう。自らの殺しの舞台を汚されたという理由で、華村大駕の怒りを買い殺された。いや、でもそれではおかしい。むしろ華村大駕は沢村が神埼や柴咲を恨むように仕向けていた。それは始めに招待状を見せ合わせたことからも明らかだ。ならば沢村が神埼を襲うことは、華村大駕にとって想定内だったはず。と、すると沢村を殺害したのはおそらく華村大駕ではない。では一体誰が。

「さ、沢村さん……」率先して部屋の中に入った柴咲は、いつのまにか部屋の隅で怯えていた。

 伊瀬知に目を向けると、伊瀬知は由衣に向かい目をパチパチとさせ頷く。それを見て由衣はそれが、伊瀬知が能力を使う、という合図だとすぐに分かった。この別荘の中にいる誰かが犯人ならば、当然柴咲も容疑者の一人ということになる。伊瀬知の能力は柴咲に知られないに越したことはない。それに現場の現状維持の為にも、柴咲には部屋の外に出てもらっていた方がいいだろう。

「柴咲さん、私たちはこれからこの部屋と沢村さんの遺体を調べます。現場の現状維持の為、そして捜査の守秘義務の為、柴咲さんには部屋の外に出ていてもらわなくてはなりません。本来ならば鏡の迷路で待っていてもらう所ですが、誰が殺人犯かも分からない現状では柴咲さんも不安でしょう。ですから二重扉の内側、引き戸の外で待っているだけで構いません。よろしいですか?」

「はい。分かりました」

 柴咲が引き戸の向こう側へ行ったのとほぼ同時に、伊瀬知から鼻歌が聞こえてきた。おそらく、いっくんが登場したのだろう。いっくんは部屋の中をニコニコしながら楽しそうに歩き回っている。

 それにしても、いったい誰が沢村さんを。あれ? そういえば沢村さんは何処で、神埼を襲ったときの凶器となった包丁を手に入れたのだろう。普通に考えれば食堂の厨房だろうけど、そんなに簡単に持ち出せるものなのだろうか。そう考えると、先程神埼の部屋を訪れた時に、神埼が言った言葉にも不自然さを感じる。神埼は確かに、皆に内線電話をかけたが誰も出なかった、と言っていた。何故あの人は電話に出なかったのだろう。

 何となく分かってきた。犯人はあの人ではないだろうか。あの人ならばこの家のことを熟知していてもおかしくない。部屋を密室にするような、この別荘の仕掛けやトリックを知っている可能性も高い。もしかしたら華村大駕と共犯ということも考えられる。簡単なことだったんだ。華村大駕だけが殺人犯という先入観や、鏡の迷路、密室殺人、色々な物に惑わされただけで真実はすぐ手の届くところにあったんだ。


「なるほどな」いっくんはいつの間にか、伊瀬知に戻っていた。薬がまだ効いているのか辛そうでもない。

「何か分かりました?」

「ああ、大体分かった。しかしあの人物は何故こんなことをしたんだろうか」伊瀬知は独り言のように呟くと、考えるような仕草をみせる。

「伊瀬知さん、私も多分犯人が分かりました。次に向かうべき場所も」

「同意件だ。さすがは俺のパートナー。聞かせてくれ、君がどんな推理をしたのかを。俺たちが次に向かうべき場所は何処だ」

由衣は伊瀬知がどこまで真相を掴んでいるのかは分からなかったが、やや得意げに言葉を発した。それは自分が名探偵にでもなったような、気持ちのいいものであった。

「佐藤の部屋、もしくは食堂です。華村大駕と共犯だと思われる佐藤の確保」断言した由衣に対し、伊瀬知は嬉しそうに小さく微笑んだ。

「では、向かうとしよう」

 犯人の確保という危険な場面。しかし伊瀬知は途中、何故か神埼の部屋へと立ち寄り、神埼も連れていった。事件の真相を全員に告げ、佐藤を確保する為だろうか。

 四人は佐藤を探すべく、佐藤の部屋や食堂を訪れた。しかし、そのどちらにも佐藤の姿はなかった。


「伊瀬知さん、佐藤は何処へ行ったんでしょう」

「じゃあ、そろそろ事件を解決するか。行くぞ」

「何処に行くんですか?」

「本当に行かなければならない場所だ」

 伊瀬知には佐藤の居場所が分かっているようだ。というよりも、伊瀬知には事件の真実が全て分かっているのかもしれない。

 皆が伊瀬知に連れられ向かった先、それは鏡の迷路の中央。中に小さい部屋があるのでは、と予想した場所だった。伊瀬知の言ったとおり、そこには佐藤がいた。しかし逃げ切れないと思ったのか佐藤は自ら命をたち、動かない人形と化していた。手には頸動脈を自ら掻き切ったと思われる包丁が握られている。その姿はまるで鏡を背に、床に座るような形で血にまみれていた。頸動脈を切った為に、血が勢いよく飛び散ったのだろう。

「そんな……」言葉を失う由衣。

神埼は佐藤の姿を見た途端、悲鳴を上げ、目を背けている。柴咲の表情は無、佐藤の遺体を見つめたまま動かない。おそらくあまりのショックに状況を理解出来ていないのだろう。


「痛いですか、痛くないですか?」おそらく佐藤が自殺だということを確かめる為、オーラの痕跡を調べているのだろう。伊瀬知はいっくんになっていた。神埼や柴咲にその姿を見せるのにも躊躇はないようだ。もう隠す理由もないのだろう。

「これ、死んでます? 死んでません? あ~これ死んでますよ」いっくんはまた、あちゃ~、という顔をしている。

 いっくんは佐藤の遺体のオーラを確認し終えたのか、中に部屋があるかもしれない場所の、鏡の確認を始めた。昨日伊瀬知が貼ったセロテープはどこにも付いていないようだ。


「ふ~っ」伊瀬知は息を吐くと、顔を左右に振っている。いっくんから戻ったようだ。今度は目頭を指で押さえている。少し辛いのだろうか。

「宮崎くん、華村大駕の所へ行くぞ」

「えっ? 華村大駕の居場所が分かったんですか?」

「君らも一緒に来てくれ」伊瀬知は神埼と柴咲にも声をかけた。

「伊瀬知さん、でも危険なんじゃ」

「いや、おそらくもう大丈夫だ。この忌々しい事件をさっさと終わらせるぞ」

 伊瀬知は佐藤の遺体から鏡三枚分離れた鏡に向かい、しゃがみ込んだ。それは中に部屋があると予想した場所である。伊瀬知はその鏡を、スライドさせるように上に持ち上げた。

中にはやはり地図にあるような鏡などはなく、小さな空間が存在していた。そして、そこには下に続く階段。以前、伊瀬知が言っていたとおりだ。やはり地下があり、そこに大きな部屋があって、華村大駕はそこにいる、ということだろうか。

 一番下まで階段を降りると、そこには畳六畳ほどのスペースがあり、複数のモニターやコントロールパネル、トイレに冷蔵庫などが設置されていた。やはりここで別荘の機能を操作していたのだろう。

肝心の華村大駕はそこで刺殺されていた……。


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