第四章 ゲーム
八月二十三日 捜査四日目
由衣は朝から捜査会議に出席していた。フラワーショップの店員の証言から、防犯カメラに映っていた犯人と思われる男が、華村大駕だと判明したことなど、零係としての捜査状況を報告した。だが管理官を筆頭に、零係はそうとう胡散臭い部署だと思われているようで、フラワーショップの店員の証言は今後の捜査の参考程度に、というほどの扱いに留まった。由衣は華村大駕が犯人だと強く主張したものの、華村大駕犯人説がそれほど捜査会議で有力視されることはなく、七係の裏どり捜査次第ということになった。やはり変わった捜査をする部署だけに、実績がないと、信じてさえもらえないようだ。
午前十一時過ぎ、由衣のスマホが鳴った。相手は伊瀬知だ。
「華村大駕から招待状が届いたぞ」
「招待状ですか?」
「ああ、俺と君宛てに、別荘で行われるイベントへの招待状が届いた」
『伊瀬知和志様 宮崎由衣様
先日はありがとうございました。事情聴取という貴重な体験をさせていただけたことに感謝をいたします。また何も物証が何もないにも関わらず、私を犯人だと断定された伊瀬知さんとのディスカッション、大変楽しませていただきました。その御礼と言ってはなんですが、この度、あなた方が捜査されています事件の真相を解き明かすチャンスの場を、ご提供させていただこうと、あるイベントの開催を決定いたしました。つきましてはあなた方お二人を当別荘『ミラー オブ ハウス』で行われるイベントへと招待致します。
あなた方自身の手で事件を解決に導いて頂きたいと存じます。あなた方の求める物は全て御用意させて頂きます。楽しんで頂けるイベントとなると自負しておりますので、どうぞ御期待下さい。あなた方の活躍、御検討をお祈りしております。
開催日時 八月二十五日
場所 当別荘『ミラー オブ ハウス』
住所 千葉県川園市闇が丘三―二十五
華村大駕』
ミラー オブ ハウス。己と向き合うことを思想に掲げ、建てられたという華村家の別荘。防犯カメラに映っていた写真の人物が華村大駕だと証言したフラワーショップの店員が花を届けた場所でもあった。
「まるで伊瀬知さんへの挑戦状みたいですね」
「挑戦状だろうが何だろうが、事件解決のためなら何処へでも行ってやる」
「まあ捜査が行き詰っていることは否めません。事件の真相を知るチャンスがあるのならば行ってみるのもいいかもしれませんね。だけど文面から考えるに、華村大駕が何かを企んでいることは明白です。危険を伴う可能性も十分ありますよ」
「例え危険が待ち受けていたとしても、俺に解けない事件はない」確か数日前、初めて会った日にも伊瀬知は、同じようなことを言っていたような気がする。もしかして伊瀬知の決め台詞なのであろうか。「じっちゃんの名に懸けて」みたいな。だとしたら相当恥ずかしいが、伊瀬知ならありえなくもない。
「分かりました。それでは明後日、私も華村大駕の別荘に同行します。華村大駕に私たちを招待したこと、後悔させてやりましょう」
八月二十五日 捜査六日目
ミラー オブ ハウスは千葉県に存在した。別荘というからには都心から少し離れた軽井沢などの避暑地をイメージしたので、少し意外な気がした。まあ、あれ程の金持ちならば他にもいくつか別荘を所有していても不思議ではない。
ミラー オブ ハウスまでは車で二時間と少し程の距離だった。千葉とはいえ相当な田舎で、辺りは山や緑が溢れている。民家や店舗などはまるでなく、自然の中にある不自然すぎる程、奇妙な建物。小高い丘の上にあるにも関わらず、窓も一切なく、東京の自宅のような豪華さや気品も全く感じられない。四角く黒い大きな物体としか表現のしようがない建物。言わばただのブラックボックス。入口らしきドアが一つ付いているだけの不気味な建物であった。建物の周辺だけは綺麗に舗装され、そこには五台の車が停められている。伊瀬知と由衣はそこに車を止め、別荘の玄関と思われる唯一ドアのある場所へと向かった。
ドアの横にはインターホンと、『HANAMURA』とローマ字で書かれたプレートだけが掲げられていた。ここに間違いはないだろう。由衣は躊躇することなく、インターホンに手をのばした。しかし、インターホンから声が聞こえてくることはなく、一呼吸置き、ドアがガチャリと開いた。
建物の中から現れたのは東京の自宅とは別の、タキシードを着た若い男性。歳は二十七、八だろうか。
「お待ちしておりました。警視庁の宮崎様と、探偵の伊瀬知様でよろしいでしょうか?」
「はい」
「私は皆様のお世話係りをさせて頂きます。『佐藤正二郎』と申します。普段は住み込みで、この別荘の管理やお掃除などの雑務をしております。宜しく御願い致します」佐藤はそう丁寧に自己紹介し、深々と頭を下げた。
「それではご案内致します」そう言うと、佐藤は鍵を出し、玄関ドアの鍵穴に差し込んだ。
「あれ? 玄関のドアってオートロックになっているんですか?」疑問を抱いた由衣が質問した。佐藤は別荘の中から出てきたが、鍵をかけたりはしていなかったはずだ。
「ええ、内側には鍵は付いていないので自由に外に出られますが、鍵を持って出ないと閉め出されてしまいます。御注意下さい」
ドアを開け中に入ると、畳一畳ほどのコンクリートに囲まれた何もないスペースがあり、その奥には暗幕が掛けられていた。奥が丸見えにならないように目隠しの役割をしているものと思われる。
「皆様すでに御到着されております」
「皆様? 招待されたのは私たちだけではないのですか?」
「はい。本日は全部で六名の方々が御招待されております。皆様がお集まりの談話室まで御案内致しますので、くれぐれも迷子にならないよう、私にしっかりと付いて来て下さい」
「はい」由衣は、私たちはお子ちゃまか! とツッコミを入れたくなったが、終始無言の伊瀬知と共に、素直に佐藤の後を追った。
暗幕を潜ると、目の前には鏡があり、自分の姿が映し出されていた。誰かが目の前にいるのかと思い一瞬驚いたが、直ぐに興味は他の物へと注がれる。
一メートル程の間隔で廊下……いや道が直角にクネクネとしており、まるで迷路のようになっているのだ。おまけに壁は全てが鏡になっていて、まるで遊園地にある鏡の迷路のようだった。
佐藤は地図を片手に奥へと進んで行く。住み込みで働いていても、こんな別荘では迷子になることもあるのかもしれない。
「ミラー オブ ハウス。なるほど、こういうことか。こんな別荘を建てるほど金が余ってやがるとは羨ましいかぎりだ」これまで終始無言であった伊瀬知が独り言を言った。
確かに快適さよりも遊び心を重視した、娯楽の為だけの別荘といった感じだ。
「ええ、私も始めは戸惑いました。しかも、これまでお客様がいらしたことはなかったので、稼働してはおりませんでしたが、夜十二時になると、全ての部屋の鍵がロックされ、自動で鏡の配置が毎日変わるように設定出来るのだとか。ちなみにパターンは三パターン用意されており、今現在はパターン二の配置となっております。ただし昨晩、旦那様と大駕がこちらにいらっしゃいましたので、おそらく本日からは鏡の迷路も稼動するものと思われます。地図は各お部屋のプリンターから取り出せるそうです。ですが、毎日パターン二に固定されていた状態でも、私はたびたび迷ってしまうことがありました。御注意下さい」
「ここは二階もあるのか?」伊瀬知が質問をした。
「いえ一階のみです。外観は二階建てに見えますが、なにせ鏡が天井に収納され、降りてきたり、戻ったりする訳でして。上にはそれだけの無駄なスペースと、鏡を動かす動力や制御盤などがないとならない為、一階建でもこれだけの大きさが必要だと旦那様からは聞かされております」
「聞けば聞くほど金の無駄遣いにしか聞こえないな。こんな別荘を建てるのに一体いくらかかるんだ?」
「確か数十億ほどだとか」
「数十億? アホだ。アホすぎる」
そんな世間離れした華村家の別荘について伊瀬知と佐藤が話をしていると、ドアに『青の談話室』と書かれた場所にたどり着いた。時間にして三分程だろうか。迷路じゃなく普通の間取りなら一分もかからないのではないのか、などと思ったが、由衣は口には出さなかった。もはや華村家のテリトリーに入った以上、常識的な考えが通じない、ということは玄関ドアからここまで来る間に充分すぎるほど理解出来たからだ。
青の談話室のドアを開け、中に入った佐藤。二人もそれに続いた。しかしそこは談話室ではなく、またもや何もない畳一畳ほどのスペース。
「談話室じゃなかったのか? 全くいちいち予想を裏切られる」半ば呆れた様子の伊瀬知。
「いえ、この先が青の談話室でございます」
しかし突き当たりに、談話室に続く、ドアノブらしきものは見当たらない。それもそのはず、青の談話室への扉はアルミ製の引き戸になっていたのだ。
「もう驚くのも面倒になってきた」由衣も伊瀬知の呟きに同感だった。
引き戸を開け、中に入る。今度こそ、そこは談話室であった。
青の談話室は円形をしており、青色をした天井に、控えめなアンティーク調のシャンデリアがぶら下がっていた。床には青色と金色のステンドグラスのようなものや、鏡が散りばめられており、天井の青色を反射し、綺麗に光っていた。
部屋の中央には丸いテーブルが置かれ、その上にはこの部屋にはやや不釣り合いなテレビモニターが乗せられている。そしてそれを取り囲むように、彫刻が施された木製の椅子が並んでいた。座面と背もたれの生地は天井と同じ青色。部屋全体が青色に統一され、
とても綺麗な部屋だ。外側の壁は全てがガラス窓になっていって、木製の彫刻が施された窓枠が豪華な印象をあたえる。ガラス窓からは暖かな陽射しが注いでいた。
「あれ? 外から見た時に、この別荘に窓などなかったように見えましたけど」由衣は佐藤に質問をした。
「ええ、あの光は外の太陽光ではありません。人口的に太陽の光を再現した、照明でございます」
やはり談話室もいちいち金がかかっている所ばかりのようだ。伊瀬知はというと、由衣よりも先に別のことに気がつき、言葉を失っていた。伊瀬知の視線は招待されたという、他の客人たちに対して向けられている。由衣は伊瀬知の様子を見て、始めてその理由に気が付いた。
伊瀬知が言葉を失っていた理由。それはそこにいた他の客人たちが、全て知っている人物だったからだ。
事件現場にいた保育士の二人。女の子を犯人に向け突飛ばした保育士『神埼あゆみ』と、胸の大きな保育士『喜多川紗己』。事件の目撃者、教材納品業『教育のウサギ社』の『柴咲弘二』。直接話したことはなかったが、犯人に殺害された被害者『沢村和奈』の父親『沢村光一』。の4人であった。全員今回の事件に関係している人物たち。何故彼らがここにいるのであろうか。
喜多川は伊瀬知と由衣の姿を確認して、ここに集められた全員が事件に関係した人物だということを確信したのだろう。そして唯一事件に関係していない『彼女』がここにいる理由について、喜多川が申し訳なさそうに話しだした。
「彼女は私の付添い人みたいなもので。この別荘に招待を受けたのは私だけだったのですが一緒に連れてきました。もちろん佐藤さんに確認をし、華村家の方々には了承していただきました。名前は『深見美沙』と言います。宜しくお願い致します」喜多川はそう言うと、隣の椅子におとなしく座る深見美沙の頭を優しく撫でた。深見美沙は若そうに見えるが、由衣には彼女の歳を判断することは出来なかった。歳をとっている、と言われれば、そう見えなくもなかったからだ。深見美沙は喜多川に撫でられることに慣れているのか、何事もなかったように嬉しそうにしている。深見美沙が声を発することはなかったが、声が出ない、というよりは声を今は発しなかった、という方が適切な表現なのだろう。喜多川にはおそらくそういった趣味、というか、好みがあるのだろう。しかしそんなことは、由衣にとってはどうでもいいことだった。
「そんなことより、皆さんが何故ここに?」由衣は皆に質問をした。もちろん質問をされた方も伊瀬知と由衣を見て同じことを思っていたに違いない。
だが誰もが口をつぐんだまま答えることはなかった。
「答えられる訳がないですよ。ほとんどの皆さんが私利私欲の為にここに集まったのですから」
突然モニターから声が聞こえてきた。全員がテーブルの上に置かれたモニターに目を向ける。すると犯人が事件現場で被っていた物と、同じ覆面を被った人物が映し出されていた。
「華村君……」小さい声ではあったが、確かに喜多川がそう呟く。
「私の正体が誰なのか半分程の人は気が付いているはずです」覆面の人物はそう言うと、覆面を脱いだ。もちろんその人物とは華村大駕に他ならなかった。
「私は華村大駕と申します。皆さんをここに招いた者。そして幼稚園での殺人事件の犯人です」
「おっ、お前が和奈を殺したのか! どこにいる! 今すぐ出てこい」沢村は真実を初めて知り、怒りに任せモニターに向かい叫んだ。
「まあまあ、焦らないで。私はこの別荘の中にいます。私に復讐したければすればいい。私を逮捕したかったらすればいい。あなた方は、私利私欲の為にここに来た。あなた方には全てを知る権利がある。だからこそ私も自分が犯人であることをお話し致しました。皆さんお互いのことを知り。誰を憎むか。誰に復讐をするのか。私を見つけ出し逮捕するのか。それとも私を殺すのか。この別荘から脱出して全てを公表するのか。何もしない。全ての人を許す。見て見ぬふりをする。どうするかは皆さん一人一人が決めて下さい。私ももちろん参加者です。自分に危険が迫るようなら行動を起こします。さあ、まずは持参を御願いしました、私からの招待状を十分以内に全員で見せ合って下さい。拒否した場合は、その部屋に有毒ガスであるH2S、硫化水素を流します。もちろん全員が死んでしまうことになりますが。ゲームは一時間後にスタートします。ただし自分の部屋につきましては安全地帯とします。顔認証システムがありますので、御自分の部屋以外には入れません。もし何らかの方法で他の方の部屋に入った場合は顔認証システムに引っ掛かり、感電死致しますので、御注意して下さい。また顔認証システムの登録をなさらず、お部屋を使用しない、という選択肢もおすすめしません。その場合、安全地帯であるお部屋に入ることが出来なくなってしまいますので、夜十二時に毎日行われます鏡の壁の配置替えの際、命の保証はできません。では皆さん、全てを知った後、ゲームを始めましょう。どうぞ、お楽しみを」
映像はそこで切れた。
伊瀬知は談話室の引き戸に手をかけた。
「駄目だ。ロックされている」
「そんなはずは……」佐藤も確認をするが同じだった。
「硫化水素は比較的簡単に発生させやすい毒ガスだ。硫黄臭くなって死ぬのが嫌なら、言われたとおりに従った方がいい」伊瀬知は皆に向け言った。
招待状を見せ合うしかないようだ。そうすればロックは解除されるはず。まずは身の安全を確保する為に招待状を見せ合わなければ。
「皆さん、落ち着いて下さい。まずは身の安全を確保しましょう。招待状を見せ合うのです。身の安全を確保しましたら、おかしなことは考えず、別荘の外に避難して下さい。犯人は私たちが必ず逮捕します」由衣は警察官として皆に呼び掛けた。
命がかかっていると言われれば、招待状を見せることを拒む者はいないだろう。もちろん多少の躊躇を見せた人もいたが、まだ誰も罪を犯している訳ではない。今ならまだ引き返せる。
まずは伊瀬知と由衣に届いた招待状を全員に開示した。その後、由衣は全員から招待状を受けとり、その場で一つずつ読み上げていった。
まずは柴咲弘二。彼は警察が公表していない『助けることが出来たのに何もしないで見ているだけだった』ということについて華村大駕から強請られていた。彼は元々某建設会社で働いていたが、ある病気を患い、不当解雇。つまりクビになってしまったそうだ。四十歳という年齢もあり次の仕事が中々見付からず、やっと見つかった今の会社でなんとか安定を手に入れることが出来た。だが、もし今回のことが公にされれば非難を浴びることになるだろう。今の会社にもいられなくなってしまうかもしれない。華村大駕はそこに漬け込み、脅していた。現金五万円で公表はしないと。もちろん目的は金ではなく、彼をここに呼び出すことが目的だろう。だからこそ五万円というすぐに用意できそうな金額で強請った。それくらいで済むならば、という心理を狙ったのだろう。彼は音楽を聞いているのか、耳には音楽プレイヤーのイヤホンのようなものを付けている。
次に神埼あゆみ。彼女も内容的には柴咲と同じだった。沢村光一の娘、『沢村和奈を犯人に向け突き飛ばしたことを公表する』と脅され、現金五万円を要求されていた。
沢村は警察から聞かされていなかった真実を知り、柴咲や神埼に対し怒りをあらわにした。そんな柴咲や神埼に飛びかかりそうな勢いの沢村を、伊瀬知が止めに入る。沢村はその後も神埼だけは許せないのか、まるで犯人を見つめるような眼差しで睨み続けていた。仕方がないことだ。彼等がもし違う行動をとっていたならば、沢村の娘は死ななくて済んだかもしれないのだから。
次は喜多川紗己。彼女の場合は他の人とは事情が違っていた。彼女は逆に華村大駕を脅していたのだ。喜多川は華村大駕と高校生の時に交際をしており、体型や声から犯人が華村大駕であることに事件現場で気が付いていた。交際は高校を卒業すると同時に終わったが、現在華村大駕は、父親の華村文雄のおかげで金にも困らす遊び放題。一方、喜多川は父親が自営でやっていた工場の倒産により、多額の借金を背負い、苦しい日々を送っていた。ひがんでも仕方のないこと、と思っていたが、華村大駕が自分の勤める幼稚園で、しかも自分の目の前で事件を起こした。もしかしたら華村大駕のせいで自分は職を失うことになるかもしれない。そう考えたらこの事件は逆に自分にとってチャンスなのではないか、と考えるようになったようだ。そうして喜多川は華村大駕に連絡をとり、三百万を要求した。柴咲弘二の存在について華村大駕に情報を提供したのも喜多川であったようだ。
最後は華村大駕による事件で、唯一命を落とした沢村和奈の父親、沢村光一。彼に華村大駕は事件の目撃者と偽って接触していた。別の殺人事件で子供を失った父親を装い。子供の為に、ろくに捜査もしてくれなかった警察を恨んでいると。今回はたまたま事件を目撃してしまったが、信用できない警察には何も伝えていない。だが同じ境遇にある沢村にだけは知っていることを伝えてあげたい、と嘘をついて。
つまり沢村を除く全員が、私利私欲の為に華村大駕に指定されたこの『ミラー オブ ハウス』で行われるイベントにやって来たことになる。もちろんイベントがあることは皆知らされていなかったようだ。各々、取引などを目的とし、やってきた。もちろん華村大駕は皆を別荘に呼び出すことが目的で、取引などをする気は毛頭なかったはずだ。
まさか自分がイベントの主役の一人として選ばれているとは露知らず、皆は集められたことになる。
「招待状を見せ合ったんだから 、もう毒ガスは出て来ない訳でしょ? だったらこの部屋からも出られるんじゃないの?」喜多川が全員に聞こえるように言った。
この状況から華村大駕が取引をするつもりはない、と考えたのだろう。ならば、こんな所にもう用はない、さっさと帰るつもりなのだろう。
「神埼先生も諦めた方がいいよ。あいつはもう取引する気なんてないよ」喜多川は神埼にも声をかけた。
「引戸のロックが解除されています」談話室の引き戸が開くことを確認した佐藤が言うと、喜多川と神埼は立ち上がった。
「玄関まで案内して下さい」喜多川に声をかけられた佐藤は地図を手に、先導するように引き戸を開け、出て行った。もちろん喜多川、神埼と一緒に深見美沙も。
三分ほどたったころだろうか。「私も帰ります」と、突然柴咲が立ち上がる。
「私たちはどうしますか?」由衣は伊瀬知に尋ねた。
「俺はまだ帰らない。だが、とりあえず玄関までは行ってみるか」
腰をあげた伊瀬知と共に、由衣も立ち上がった。
「沢村さんも行きましょう」由衣は沢村にも声をかける。
沢村は返事こそしなかったが、立ち上がると皆と共に歩き出した。
柴咲を先頭に、皆の後を追いかけ、やや早歩きぎみに進む。
玄関付近にさしかかると、喜多川の怒鳴り声が聞こえてきた。何かトラブルでもあったのであろうか?
「どうかしましたか?」伊瀬知が喜多川に声をかける。
「どうしたも、こうしたもないわよ! 玄関の鍵がロックされていて開かないんですって」
喜多川は伊瀬知に目をやることもなく、佐藤を睨み付けるように見つめたまま言った。
佐藤は必死にドアを開けようとしている。
「確かオートロックで、内側には鍵はなく、中からはいつでもドアを開けられる仕組みになっている、と言ってたよな?」伊瀬知が佐藤に質問をした。
「ええ、こんなことは初めてです。いつもは簡単に開くのですが……びくともしません」佐藤は信じられない、そんなはずはない、と言わんばかりに、同じ動作を繰り返している。
「ということはドアの故障。もしくは華村大駕が意図的にドアをロックしたか、のどちらかだろう。もちろん俺は後者だと思うが。やつはゲームを楽しみたい、と言っていた。簡単に俺たちを外に逃がしはしない、ということだろう」とは言え、奴は先程『この別荘から脱出して全てを公表するか』という選択肢を、皆の行動の一つにあげていた。ということは外に出る方法があるということになる。このドアを何とか開ける方法があるのか、他に外に出る出口があるのか。
「とにかく、奴がこれをゲームと呼んでいた以上、脱出することも可能なはずだ。もちろんまた俺たちの身に危険が及ぶ可能性も高い。まずは情報が少しでも多くあった方がいい。外に出られない以上、一旦先程の青の談話室に戻り話し合おう」伊瀬知は全員にそう促し、皆は再び青の談話室へと戻った。