未来予知(小)のヒロインは人助けに追われている。
「近くの騎獣商からユニコーンが逃げたぞー!!」
急に辺りがガヤガヤし始めた。
私は落ち着いてワンピースのポケットから、馬の大好きな特製ブレンドのオヤツを取り出す。
人参、リンゴ、バナナ等の無難な野菜を絶妙な配合でブレンドして丸めたものだ。
路地から顔を出すと、左からユニコーンの独特の鳴き声が聞こえる。
馬みたいなのに妙に高い音が混じっている声だった。
大通りを歩いていた歩行者は、ユニコーンの爆走に巻き込まれないように端に寄っている。
左のほうから徐々に走ってくる真っ白いユニコーンが見えてきた。
「よしよーし、おやつだよー」
ユニコーンにこのおやつを与えても良いことも私には分かっている。
「ちょっと、およしよ。ユニコーンに当たったら」
「大丈夫です。このちょうど持ってたおやつを食べたら大人しくなるので」
親切な通行人が声をかけてくれるのに、微笑みを返した。
フー! フー! と鼻息荒く迫ってきたユニコーンに、落ち着いておやつを差し出す。
興奮しているユニコーンはちょっと怖いけれど、私は大丈夫。
絶対の自信があった。
『ブヒヒーン!! ……フガフガ……フガフガ……』
ユニコーンは興奮している様子から一転、私の前でひと際大きく鳴いて急停止した。
私の手から奪うように、おやつを食べる。
ユニコーンの鼻息がくすぐったいけれど、馬系の勢いの大迫力には慣れたものだ。
……何個かおやつを食べさせると、ユニコーンは私の手まで綺麗に舐めてから落ち着いた。
「すみません。ユニコーンのやつ、ウチが男ばっかりなのが気に食わなかったみたいで」
「いえいえ」
後から追いかけてきた騎獣商の人に、ちゃんと商売免許を確認してから引き渡した。
ユニコーンは女の子が好きな不思議な生き物だし、そういう事もあるだろう。
私があげたおやつに結構上乗せした代金を受け取ってウインウインだ。
やれやれ……と胸を撫でおろす私に、
「ねえ、貧乏子爵家のマリアじゃないの……。時には役立つ事もあるのね」
馴染みの声が後ろからかけられた。
ユニコーンが向かってくる方向ばっかり見ていたから気づかなかった。
後ろをゆっくりと振り向くと、馬車から顔を出している伯爵家令嬢のアンナが居た。
茶色の髪に菫色の目の地味な私と違って、今日も金色の巻き毛をゴージャスにモリモリに盛って、綺麗な青い目を濃いアイラインで縁取って派手に美しい。
「ユニコーンを止めてくれて助かったわ。ウチの馬車にぶつかったら大変だもの。しみったれた貧乏子爵家のあなたに何かお礼をしなくてはね」
「いえ、そんな結構です」
そうか、ユニコーンの進行方向には伯爵家の馬車があったのか。
まあまあ大きな事件を防いだな。
まあ、ユニコーンがぶつかっても馬車が汚れるだけで、そこまで大したことにはならないんだろうけれど。
なんといっても貴族の馬車は特別に強化された馬が引いてるし。
私は伯爵家の馬車の、見るからに筋肉ムキムキで強そうな馬をチラッと見る。
「まあまあ、わが伯爵家の申し出を断るっていうの? 身の程を考えたらいかが?」
「すみません」
「あなたみたいに貧乏で18歳になってもユニコーンと戯れている人にふさわしいお礼を考えておくわね。じゃ、わたくし急いでいるから」
「はぁ……ども……」
貧乏貧乏うるさいな、いやほんとのことだけれども。
うーんこれは……。
『18歳になってもユニコーンと遊んでる人』って、ユニコーンは乙女が好きだし、男気が全然なくて芋臭いって言いたいのかな。
……いやいや、被害妄想かな。
私はとりあえずいったん気を落ち着けて、自分の当初の目的の買い出しに気持ちを切り替えることにした。
後日、たいして日をおかずに隣の領地の伯爵家で行われる夜会の招待が届くことになる。
招待の文面はもちろんアンナの直筆で「貧乏子爵家のマリアへ」という失礼極まりないものだった。
……もちろん断れなかった。
おかしい、今回の私のスキルは妙な効果を発揮している。
それとも、伯爵家の馬車を助けたのはスキル効果じゃなくて全くの偶然なんだろうか。
突然だけれど、私、『マリア・フォン・キース』は未来が見える。
正確に言うと持っているスキル「未来予知(小)」の力で比較的近い未来が見える。
しかも「未来予知(小)」だから、そこまで特別なことは見えない。
今日のユニコーンの件にしたって、隣の裕福なシベリウス伯爵家の領地で買い出しをしようと家を出ようとした時の事。
スキルの力で、『ユニコーンに餌をあげて鎮めている私』が一瞬見えて、急いでそこら辺にあった馬用の餌を何個かもらって家を出たのだ。
思った通り、結果としては特別ではなく小銭を稼ぐ結果に至った。
伯爵家の馬車にユニコーンがぶつかるのを防いだのは単なる偶然だろう。
それにしても、馬用の餌が身近にあるウチってなんなのか。
ウチはアイステリア王国に属する貧乏子爵家のキース子爵だ。
農業と牧畜中心のウチの領は、近年続く天候不良で国からの貸し付けも最大限利用していてもとにかくお金がない。
だいぶ前に屋敷は貴族の尊厳を損なわない程度のコンパクトな屋敷になったし、持っている家畜の世話も家族や昔からいる使用人で力を合わせてやっている。
絵に描いたような貧乏子爵家だけど、勇者の末裔でもあるとこが一応のウチのチャームポイントだ。
昔の魔王を倒した勇者様の子孫の一人が農業と牧畜が好きで、その素晴らしいスキルでここ一帯を開拓したのが始まりだとかなんとか。
今はその勇者様の子孫の栄華も薄れ、子爵家の皆はいつも働いている。
贅沢なんてしたことがない。
さらに酷い事には、貴族なら大体が持っている力である魔法やスキルも、ウチの家族はパッとしない。
有用なスキルや魔法は大体が上位貴族が独占していることが多いからとも言える。
お父様が弱い火魔法、嫡男のお兄様がちょっと中くらいの威力の地魔法、お母様が弱い地魔法、他の5人いる兄弟も似たり寄ったり。
私なんか唯一先祖返りなのかなんなのかちょっと勇者様の肖像画に面影が似ているといわれて期待されていたのに、5歳の誰もが受ける鑑定の儀では散々だった。
私が授かった力は魔法でもなく、スキル「未来予知(小)」だったのだ。
「名前からして大したことはないですな」
との鑑定をした教会の司教様の言葉は今も心に残っている。
鑑定結果が書かれた紙は幼いながらにショックを受けて机の奥深くにぐしゃぐしゃにしまった。
でも、また出した。
神様から授かったせっかくの力だ。きっと何かの意味があるのだろう。
5才でありながらも私は何とか思い直し、18歳の今まで頑張ってやってきた。
結果、「未来予知(小)」は時々しか見えない上に、近い未来しか見えない力だけれど、そこそこ役に立った。
先日のユニコーンを鎮めた件のように小銭を稼ぐものから、気まぐれのようにその日の周辺の天気だったり、自分の家の花瓶が壊れるのを防いだり、イレギュラーな行商人が来るのが判ったり、変な未来予知では『山に大きな袋に草を一杯を抱えて入る薬売りのおじいさんが、落石にあってケガするのを声をかけてルートを変えてあげる』なんてのもあった。
なんで私がおじいさんを守るんだろう。よく分からない。
ほんとに未来予知の法則がよくわからない。
ああ、6歳から通っていた学校では、友達が事前に物を無くすのを防いだり、すれ違いからの喧嘩を止めたりもあった。
そういえば、結構なお礼を貰ったものとして一番大きい出来事は、学園で同学年で一緒だった伯爵家のアンナの髪飾りを見つけてあげたことだろうか。
お礼で髪飾りとお揃いの髪飾りを貰った。断ったのだけれど。
その出来事があってからアンナはよく話しかけてきたけれど、私は学園にいるとき以外は働いてて暇がなかったし、アンナは口を開けば貧乏貧乏言ってくるのであまり仲良くなれてはいない。
アンナといえば、シベリウス伯爵家の馬車に、ユニコーンがぶつかるのを防いだ結果のお礼の話だ。
夜会への招待との事だけれど、参加するドレスもない。アクセサリーもない。
と、思っていたら、招待状が届いてからすぐにアンナから流行りのデザインの菫色のドレス一式が届いた。
ドレスはなぜか私にぴったりだった。
『しみったれた貧乏子爵家のあなたになんかドレスを送ってくれる男性もいないでしょうから、これ着なさいね。
ふん! アクセサリーまではさすがに私も面倒見切れないわ。
子爵家の令嬢に個人的にドレスを贈るのも急ぎに急いでお父様の目をかいくぐって……そんなことはどうでもいいわ。
とにかく、あなたは男あさりに来るのよ。18歳にもなって婚約者もいないなんておかしいわ。自分でどうにもできない貧乏なんて裕福な男を捕まえて甘えちゃえばいいのよ』
手紙に本気で『ふん!』と書いてあって笑った。
そして、頬に温かいものが伝った。
夜会ではまず初めにアンナにお礼を言おうと思った。
夜会の日、アンナから貰ったドレスを着て、髪飾りは昔アンナからお礼でもらった髪飾りを付けた。
アクセサリーは、お母様がこれだけは売らないようにととっておいた嫁入り道具のダイヤモンドのネックレスとイヤリングをつけている。
他の兄弟が総出で髪を結ったりお化粧してくれたりして、なんとか令嬢として形になった……と思う。
こんな豪華な格好をしたのは生まれて初めてで、私はなんだか落ち着かない。
そんな私を、これまた死守してきた一張羅を着たお兄様がエスコートしてくれることになった。
夜会の会場であるシベリウス伯爵家に入ると、キラキラチカチカと眩いまでに光魔法での照明が灯されていた。
更に大量の使用人達が忙しく立ち回っている。
その間をゆったりと水槽を泳ぐ魚のようにドレスをひらひらさせた貴族の女の人たちや、ぴっちりとした燕尾服を着た男の人たちが行き交って、踊ったり喋ったりしている。
完全に私は場違いだと思ったけれど、アンナの好意を無にしないことを再度心に確認した。
入場してまずは招待してくれたシベリウス伯爵様たちに挨拶に行くと、伯爵様には鷹揚に頷かれただけだった。
でも、いつも通りに美しく派手なアンナが家族から離れて寄ってきてくれた。
「ようやく来たわね、私の婚約者のようななんでも許してくれて裕福な男を捕まえなさい。いつまでも貧乏なんてみすぼらしいのよ。あなたは貧乏子爵家にしてはなかなかといってもまあいいかなという私が見込んだ女なんだから分かった?」
「うん、わかった。本当にありがとう。いつお返しできるか分からないけれど、今日は頑張るわ」
早口でまくしたてるアンナに私は頭を下げた。
アンナが貴族らしくなく、ちょっと頬を染める。
「髪飾りは私があげたのを付けたのね。いいこと……勘違いしないでよね。学生時代に拾ってくれたわたくしの髪飾り。この完璧なわたくしを妬んだ方が学園の池に落としたのを見つけてくれて、躊躇いなく池に入って拾ってくれたのを恩を返したいだけ。借りたままじゃ嫌なんだから。この前の馬車を助けてくれたのだって暴走してるユニコーンに向かってくなんて、とてもできないわ。ありがとうって言わなくもないんだからね。あなたっていつも私にさりげなく恩を売るのよ。借りたまんまじゃ本当に気持ち悪いから。忙しいあなただって、結婚して裕福になれば……なればね」
「うん……」
アンナが早口で色々言うのを私は黙って聞いた。
どうやらアンナは分かりやすいツンデレみたいだ。
完璧な貴族みたいなアンナがこういう面白い性格だとは思わなかった。
「あなたが裕福になれば時間もできて、わたしくたち………お、おともだちになれるでしょう……?」
アンナはもう完全に貴族らしくなく頬を染めて、私の指先をぎゅっと握った。
その仕草に私はもう完全に心を撃ち抜かれてつられて頬が熱くなる。
「そっ、そうしたら恩も返し放題ってわけなのよ。本当に勘違いしないでよね。借りたまんまじゃ嫌だから、恩を返したいだけなんだからっ」
「………うん。私、頑張って婚活するね」
「そうよ、せいぜい頑張ったら? どうにもならなくなったらわたくしにいうのよ。あまり性格が良くなくていけ好かないけれど、わたしくが握ってる弱みで下のお兄様と結婚できるようにするから」
アンナが私の手を放して微笑んだ。
私も笑ってアンナに約束する。
「おすすめは今日ほとんど初めて参加するファイーリア辺境伯様の跡取りで御長男よ……魔石鉱山と国からの防衛費でばっちり……」
「えっ……辺境伯様? それって私が狙ってもいいものかしら」
「優良物件はそういうのしか残ってないのよ。狙ってしまいなさい。私の婚約者の友人たちもめぼしい人はすでに婚約者がいるんだから」
アンナが、「もう、あなたって貧乏なだけでなくておバカさんなのね」と付け加えた。
……すみません。
「あのね、病気で領地に引きこもっていらしたのが、腕の良い薬師がを招いてつい最近治ったんですって。それなのに色々な事をご存じですごいスキルか魔法を持ってるんじゃないかってもっぱらの噂……」
私は珍しく婚活をやる気になって、先ほどアンナが教えてくれたファイーリア辺境伯様の長男様の方をチラリと見た。
女の方から、じっと見たりしたり声をかけるのははしたない事である。
とは言っても、積極的すぎる貴族女子に話しかけられているようであるけれども。
ファイーリア辺境伯の長男………面倒くさいから長男でいいだろう。
長男はチラチラッと見ると、なるほど病気だったのが治っただけあって線の細い美青年だった。
金髪でオレンジのような黄金のような綺麗な目をしている。
そつなく薄く微笑んで愛想を振りまいていた。
その本心が見えないような微妙な笑みに私は早くも心がくじけそうになる。
が、しかしアンナがおすすめというのだからきっといい人なのだろう。うん、多分。
そばに立っているもう一人の男性は弟だろうか。長男にまあまあ顔は似ている。
だけど、長男より髪の色も目の色も濃く、ちょっとごつい。
それになんだか目がぎらぎらとしているようでなんだか怖い。
長男はちょうど飲み物のビュッフェ近くに立っていたので、飲み物を取る風な感じで近くに寄った。
扇を口まで引き寄せチラリ、と長男に視線をやる。
「ちょっと何?」
長男を囲んでいた貴族女子たちが先に私の視線に気づいて声を上げた。
というか、貴族女子よ。無視ではなく私に声をかけてしまうと長男が気づいて私を見てしまうのではないだろうか。
「こんばんわ。朝焼けのような瞳の美しい人。私はファイーリア辺境伯の息子で『レオンハルト・フォン・ファイーリア』です。よろしければ、お名前を教えていただけますか?」
ほら、会話が始まってしまった。
「こんばんわ。太陽のような瞳の凛々しいお方。私はキース子爵の娘『マリア・フォン・キース』と申します」
なんとか教本通りの答えを返すと、長男はにっこりとほほ笑んだ。
「よろしければ、私の事はレオンハルトと名前でお呼びください」
「では、私の事はマリアと……」
お互い微笑みあう。
そんな私たちをほかの貴族令嬢が信じられないような目で見ている。
……いや、私も信じられない。
うまくいきすぎの展開だ。
アンナあたりが手を回していたのだろうか。
と、そこで私が突き飛ばされる未来予知が一瞬見えて、サッと後ろにずれた。
そのとたん、私を押そうとしていたのか肘を突き出した令嬢が妙な格好のまま倒れる。
「どうされました?」
弟と思われる方が、令嬢に手を差し出して助け起こすと、令嬢は私を睨んで足早に去っていった。
更には他にレオンハルト様をねらっていたと思われる令嬢たちがじりじりと私に距離を詰めてくる。
肉食獣のような目つきが怖すぎる。
私は考えた挙句、
「ちょっと失礼いたします」
「あっ……」
……逃げ出した。
レオンハルト様が何か言いたそうにしていたが振り切った。
一時戦略的撤退だ。
いきなりの婚活は貧乏子爵令嬢には早すぎる。
ちょっと作戦を立て直そう。
と、そこで会場に居る令嬢の一人がワインを掛けられる未来が見えた。
辺りを見回すと令嬢の近くでワインを変な位置で持ってる不審な令息? がいた。
「ちょっと失礼。そちらのチョコレートケーキを頂きたいの」
二人の横にちょうどデザートのビュッフェスペースがあった為、大皿を持って近づく。
「これよこれ。このホワイトチョコが美味しいのよね」
自分でホワイトチョコケーキをとって、不審な令息の手元に睨みを聞かせると、ワインをかけられる予定の令嬢もなんだか不審な令息に気づいたらしく、二人でジッと見る。
「あ……」
不審な令息は自分がやろうとしている事に気づかれたのを悟ったのか、足早に夜会の人ごみに消えていった。
私は給仕の使用人を捕まえて、令息の特徴と変な動きをしようとしていた事を警備に伝えてもらうように言う。
「ありがとうございます。変な人に絡まれそうになっているのを助けてもらって。私はジグムント男爵の嫡女リリーと申します」
「いえいえ、私は………っ、失礼!」
今度は、令息っぽい人物が絨毯につまずいて足を痛める未来が見えた。
見えた未来と夜会会場の位置関係を確認すると、会場の反対側の前菜コーナーである事が分かり速足で急ぐ。
なんなんだろう! いつものゆるめポンコツの未来予知の頻度ではない。
一体、こんな立て続けに未来予知するなんておかしい。
絨毯の現場についてよく見ると、何か透明のねばねばしたもので汚されているのが分かった。
……スライムゼリーかな……。
私は今度は比較的近くに立っていたメイドさんを呼んで、絨毯が汚れているので危ないことを告げた。
メイドさんは可哀そうなぐらいぺこぺこして早速他の使用人も呼んで掃除に当たってくれた。
よし、これで名前も分からない令息は足を痛めないよね。
未来予知のここが時々不満な所だ。
私が災難を事前に防いでも、当の防がれた本人は知らない事も多いので、この場合の私は急に早歩きして汚れを見つけるおかしな令嬢だ。
つら……。
まあ、誰かが傷つくよりはよっぽどいいのだけれどね。
……と、そんな風に軽く考えていた時もありました。
その後も未来予知が次々来て、小走りで行ってお高そうな花瓶が壊れるのを防いだり、令嬢のドレスが破けそうになるのを防いで感謝されたり、色々あった。
忙しそうに動き回ってる私に、アンナが遠くで他のお客さんの相手をしながら鋭い視線を飛ばしてくる。
その視線は『婚活をしろ』という事だろう。
……うーん、夜会で騒ぎが起きるのを事前に防いでることを説明したいけれど、忙しくて……。
さっきは戦略的撤退をしたけれど、断じて積極的な婚活をやめたわけではない。
というか、アンナの家の夜会、なんでこんなに騒ぎが起きそうになるんだろう??
私がよく考えようと思った瞬間、
『邪魔するな!』
と、私が顔を真っ赤にした男に怒鳴られている未来が見えた。
この男はさっきレオンハルト様の隣に立っていた弟らしき人。
この未来はどう回避するのか分からない。何故そんな事を怒鳴られるのかも分からない。
……もしくは『邪魔するな』という事だったらお話を伺った方が良いのだろうか。
辺りを見ると、飲み物コーナーの傍らにレオンハルト様が、ちょうど一人で立っているのが見えた。
レオンハルト様に相談しよう。
何せまだ紹介も受けてないけれど、多分親族かなにかだもの。
淑女としてマナー違反でない限界の速足でレオンハルト様に近づく。
「レオンハルト様、御相談したい事が……」
レオンハルト様が私に気づいて薄く微笑んで下さったが、私の後ろに視線を移し、
「ゴルト……」
とつぶやいて強張ったような顔をする。
「邪魔をするなっ!!」
後ろから大きな声で怒鳴られて振り返ると、
「いつも見ない子爵令嬢ごときがちょこまかちょこまかと! お前はどこの貴族の手先だ!」
と、間近に顔を真っ赤にした男が迫っていた。
ごつい男ゆえにそう迫られると怖い。
一気に夜会会場がシーン……と静まり返る。
楽団も演奏をやめてしまった。
「ゴルト、落ち着け。ここはシベリウス伯爵様の夜会だぞ」
「うるさいっ! ここまでコケにされて黙っていられるか! まさか兄上がこの女をやとったんじゃないんだろうな?!」
気づくと、レオンハルト様が私の斜め前にでて、ゴルト様の迫力を和らげてくれている。
そのレオンハルト様の背中が頼もしかった。
「私は……何も。ただ困ってる人を助けようと……」
怒鳴ってる貴族男性を目の当たりにする緊張で、喉が干上がり全然言葉は出てこない。
そう、未来予知で見えたからいつものように困った人を助けようと思っただけなのに。
「はっ、分かり切った嘘を。おおかた俺が夜会で騒ぎを起こして、騒ぎに紛れて兄上を殺そうとするのを邪魔するように命令されたんじゃないのかっ?! 回りくどい事しやがって!」
ゴルト様は頭に血が上っているのか、恐ろしい計画を皆の前で喋ってしまう。
「いえ……いえ、そんな……」
人を殺す計画なんてそんな恐ろしい事私が知るはずもない。
私なんて未来予知(小)のスキルしかない貧乏子爵家の令嬢なんだから。
レオンハルト様が小さくため息を吐く音が聞こえる。
「ゴルト、無関係なお嬢さんに当たるのはやめるんだ。弟であるお前が私を亡き者にしようとしていることは知っていた。私を今まで生かしてくれようとした周りの人たちに迷惑をかけないようであれば、お前に殺されるのも嫌ではなかった」
落ち着いた声でレオンハルト様がゴルト様に語り掛ける。
レオンハルト様は「ここまでずさんな計画を立てるとは……すまない」と私にだけ聞こえる声で呟く。
……どう見ても被害者側から謝られて、若干落ち着いてきた。
レオンハルト様は悪くないし、私が未来予知の力で積極的に絡みにいっただけだわ、この状況は。
「じゃあ、すぐ死ね、今死ね! 兄上、兄上さえいなければ、俺は次期ファイーリア辺境伯だったのに!」
ゴルト様が真っ赤になって怒鳴ってるところに、シベリウス伯爵家の警備が飛びつく。
「こんな騒ぎを起こしてはファイーリア辺境には悪影響しかないだろう」
「離せっ! 卑怯な兄上を殺すんだ! 病気から治りやがって! そのまま死んどけっ!」
ゴルト様は警備の者に引きずられながら遠ざかっていった。
シーンとした会場の中で、アンナが素早く近寄ってきて、
「マリア。申し訳ないけど休憩室へ移って頂戴」
と声をかけられた。
「大変な事が起こる前に止めててくれたみたいで、ありがとう」
とも言われて、私は首を振る。
隙がなかったようにも思うから今更だけど、真っ先にアンナに相談すればよかったのかもしれない。
レオンハルト様と、案内された休憩室に移って帰宅の準備が整うまで少しの間話すことができた。
弟がすまない、という事をレオンハルト様に繰り返し謝られて恐縮してしまう。
身内なのかもしれないけれど、レオンハルト様は被害者だろう。
そして、アンナが手配してくれた美味しい紅茶とお菓子を前に、改めてレオンハルト様と二人でお話する事になる。
「今回の事、順を追って言うけれど、私はスキル『鑑定(特級)』を持っているんだ。この事は父上と王家しかしらない。他に火魔法とスキル『隠蔽』を持っているから表向きはその能力だけを公にしていた」
レオンハルト様は紅茶を一口飲んで大変な事を私に教えてくれる。
「鑑定! すごいですね」
『鑑定』は貴族でさえも稀な能力だ。
しかも特級となれば、ありとあらゆることが分かる。
しかし、持っていればあらゆる隠したい情報や有益な情報が分かってしまう為、そのスキルを持っている者は公にされていない。
「スキル『隠蔽』は望んだものを隠すスキルだから、そのスキルで私が持っている『鑑定』スキルも隠していた。その実、『鑑定」スキルは常時発動して抑えられなくてね。色々分かってしまう。自分が難しい病気だという事も、弟が時々私が食べる物や飲むものに毒を入れている事。その度重なる犯罪行為で、弟は業が「悪」に傾いていた」
「そんな事も分かるのですね」
すごい次元の話に私はただただ驚くばかりだ。
自分のしょぼいスキルとはかけ離れ過ぎていて、とても興味深い。
そして、レオンハルト様はどこまでも被害者だった。
「ちなみに失礼だが、マリア嬢のスキルも見えている。『未来予知(小)』だね。『詳細』を読むと素晴らしいスキルだという事が分かる。『未来予知(小)』、『常時発動スキル。スキル保持者が幸せになれる未来を複数予知し実現可能な近い未来から未来を修正可能。未来予知は幸せに向けて『小分け』で発動するから思う方向へ修正も簡単。未来予知で実行した修正傾向で未来が固まる』、スキルを使って善行をする傾向に傾いてるのかな。マリア嬢の業は「善」に振り切ってる」
自分のスキルについて初めて詳細を知った。
『未来予知(小)』の「(小)」って、威力やグレードの事じゃなかったなんて分かりづらい。
「小分け」の略とか普通分からないわよね……。
アンナの言ったレオンハルト様が「色々な事をご存じですごいスキルか魔法を持ってるんじゃないかってもっぱらの噂」は本当だったのね……。
その後、レオンハルト様の弟・ゴルト様は、未遂とはいえ嫡男を殺そうとした事を自白したので領地の隅に幽閉となったそうだ。
夜会の主催者シベリウス家には騒ぎを起こした賠償金が支払われ、ファイーリア辺境伯の力で事件は次第に忘れ去られていった。
アンナとは今まで以上に仲良くなって時々お茶会に招かれている。
レオンハルト様とは、その夜会の騒動の一件から手紙のやりとりを始め、徐々に親しくなっていった。
時にはとてもお金がかかる転移魔法を使ってまで私に会いに来てくれる。
いつでも落ち着いて冷静な方で、スキルの力もあり博識なレオンハルト様とはいつまでも話していても飽きなかった。
私の方もレオンハルト様の招きでファイーリア辺境領を尋ねることもあった。
そこでは驚くことに昔助けた薬売りのおじいさんに会った。
そのおじいさんがレオンハルト様の病気を治す薬を調合した薬師だったそうだ。
どこにでもいるおじいさんのように見えるが、『鑑定(特級)』スキルの持ち主をけして死なせないように王家から派遣された最後の砦だったそうで……。
……私のスキルの分かりにくさが限界を突破しそうだった。
そして、ある日レオンハルト様と辺境伯家の夕暮れの薔薇園を散歩している時に……、
「マリア嬢、あなたの菫色の瞳の美しさやステータスにも表れる心の清らかさを愛してしまった。私と結婚してくれないだろうか」
とプロポーズされた。
レオンハルト様の太陽のような瞳が情熱をもって私を見つめている。
スキル「鑑定」を持っているレオンハルト様らしいプロポーズで、私はとても胸が温かくなった。
「私もレオンハルト様の太陽のような瞳の美しさ、聡明さや思いやり深さをお慕いしております。私で良ければ喜んで……」
その瞬間、私の未来予知の力で『私とレオンハルト様が抱きしめあう姿』を見た。
私は頬を染めて、一歩、そっとレオンハルト様に近寄る。
そんな私をレオンハルト様は未来予知通りに強く抱きしめてくれたのだった。
読んで下さってありがとうございました。
もし良かったら評価やいいねを下さったらすごく嬉しいです。
また、私の他の小説も読んでいただけたら幸いです。




