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癒しの如雨露  作者: Yuri
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第3話 不思議なこと

 その日から、タカテラスは数日にわたって少年の面倒を見た。


 畑の世話もしなければならなかったが、雨が降らないので、やることはそれほど多くない。生活用水を使うとなればそれを畑に運ぶのに時間が必要だが、大人たちはまだ決めかねている。それをいいことに、タカテラスはせっせと少年の世話をした。


 動けぬ少年の体を拭いてやり、粗末ではあるが、体格が似ている弟の清潔な服に着替えさせる。

 脱がせた少年の服は、出来るだけ水を使わない工夫をしながら洗濯し、家族のものと紛れぬように部屋の中に紐を這わせ、そこに干して乾かす。また時折目を覚ました少年に、水と水に溶かした食べ物を慎重に少しずつ飲ませてやった。


 当初、何かの痛みに耐えているような声を出していたので、どこかに大きな怪我をしていたと思われていたが、擦り傷はあっても大きなものはなかった。ただ、その擦り傷が体のあちらこちらに出来ていたので、それが彼を苦しめていたのだろう。


 手当には飲み水と同様に、綺麗な水が必要だった。タカテラスはすでに自分の飲み水を切り詰めていたから、弟や妹たちに申し訳ないと思いつつも、彼らの飲み水を少しばかり分けてもらい、少年の傷を洗うために使った。

 雨水がないと人を助けるのもやっとだということを、タカテラスは痛いほど感じながら、自分が少年に出来ることを精一杯行うのだった。


 手当をしてからというもの、少年の蒼白な肌は色白の赤みのある色に戻り、表情も穏やかになっていった。


 少年の体調が良くなっていったのは良かったのだが、タカテラスの中で腑に落ちないことがあった。彼が少年の世話をしている間、父や母から文句を言われるかと思ったが、何故か何も言われなかったし、少年のことを聞かれることもなかったのである。


 不思議だったことは他にもある。

 タカテラスには合わせて5人の弟と妹がいるが、いつもなら遠慮なく兄の部屋に遠慮なく入ってくる彼らが一度も邪魔しに来なかったし、村長に少年を保護したことを報告するように言いつけられることもなかった。家族でさえそうであったから、村人から「タカテラスが少年を助けた」という噂を聞くこともなかった。

 まるで《《何かが作用しているかのように》》、タカテラスが少年の面倒を妨げる出来事は何一つ起こらなかったのである。


 世話をし始めてから、5日目の朝。

 タカテラスは、少年が身じろぎしたのと簡素な窓の隙間から入ってくるぼんやりとした光で、彼が目を覚まし藁で出来たベッドの上で体を起こしていることに気が付いた。


「おお、起きたのか」


 そう言ってタカテラス自身は固い床から起き上がると、木の窓を優しく開ける。そして振り返ると、少年はじっとタカテラスを見ていた。


「ぼくを助けて下さったのはあなたですね?」


 呻き声ではない少年の声は軽やかである。タカテラスはほっとしつつ、少年の姿を改めて眺めた。

 朝日の光を浴びた黄金色の短い髪がきらきらと輝き、澄み渡る空のような青い瞳が自分を見つめている。タカテラスは何とも言えない気持ちになりながら、照れ臭そうに答えた。


「助けたってほどのことじゃねぇけども……。あと、悪いが勝手に服を替えさせてもらった。泥だらけで、そのままじゃ体に悪りぃと思ったから……」


 すると少年はふわりと笑う。


「ありがとうございます。優しいんですね」

「いやあ……」


 少年がずっと見つめてくるので、タカテラスは身じろぎをしつつ困ったように尋ねた。


「ええと……体は大丈夫か?」

「はい、問題ありません。あなたの《《優しい心》》のお陰で、ぼくは元気になりました」

「そうか」

「何かお礼をしなくてはなりませんね」


 少年はベッドから下りると、タカテラスの前に立ち彼を見上げて言った。


「お、お礼?」

「何が欲しいですか? 金貨でしょうか。それとも、権力?」


 タカテラスは少年の言っていることに困惑しながら首を振った。


「なんだそりゃ。俺は何もいらねぇよ」

「何も? 本当に?」

「怪我をしていた奴が無理する必要はねぇよ」

「無理ではありません。ぼくはあなたが望むものをあげたい」


 吸い込まれそうな美しい青い瞳に見つめられ、タカテラスは観念したように自分の思っていることをぽつりぽつりと言った。


「もし、お前さんの言っていることが本当になるとして……金貨を貰ったとする。だが、それがあったらこの村では……喧嘩になってしまうし、権力は……もっといらねぇよ。俺に……そんなものがあっても何にもならねえ」

「そんなことはないと思いますけど」


 タカテラスはふっと笑うと少年に近づき、戸惑いつつも彼の頭を優しく撫でる。金色の髪はふんわりと柔らかい。


「ありがとうな。気持ちだけ受け取っておくよ」

「でも……」

「俺たちが欲しいのは、金貨でも権力でもねぇ。この村が今必要なのは水だ。雨が降らないせいで困っている」

「雨……」

「な、そんなものはだせねぇだろう? だから、いいんだ。元気になったら好きなときに出て行くといい。あ、だけど――」


 そう言って、タカテラスは少年を初めて家に連れて来たときのことを思い出す。


「——うちの父ちゃんと母ちゃんには見つからないようにな。悪いんだが……お前さんのこと、あんまりよく思ってないようでな」


 頭を撫でられるがままにされていた少年は、タカテラスを見上げながら小さく頷いた。


「分かりました。では、ぼくはこれでおいとまします」

「え、いいのか?」


 タカテラスはそう呟いて、自分の胸がチクリとしたのを感じた。

「ようやく行くのか」とほっとした気持ち同時に、「もう少し休んでいた方がいいんじゃないか」という、どこかこの少年と分かれたくないという気持ちが交錯した。だが、タカテラスにはその気持ちがどうして起こったのか分からなかったし、少年が決めたことに口出しをしたくなかったので、それ以上考える必要のないことだと思った。


 すると少年は何かを察したように、大人びた、でも優しい笑みを浮かべて言う。


「あなたに見送られたいのです」

「……それならいいけどよ」

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