タナベ・バトラーズ レフィエリ編 (完成版はタナベ・バトラーズシリーズへ移動)
【タナベ・バトラーズ】訓練を十倍に増やしてください!
「エディカさん! 今日から訓練を十倍に増やしてください!」
食堂に届いた食品の運搬を手伝っていたエディカのもとへ飛ぶようにやって来たフィオーネの第一声はそれだった。
「な、何言ってんだ?」
芋が入った大きな茶色い箱を抱えたままエディカは対応する。とはいえ言われていることがいまいち分からず。急に言われても意味分からん、とでも言いたげに、眉をぴくぴく震わせている。
「何かあったのか?」
フィオーネのために立ち止まっているエディカの横を複数人の箱を持った男性たちが通り過ぎていった。
「もっと強くなりたいのです!」
「今でも十分頑張ってるだろ」
「ですが! 足りません!」
「足りない、って……どういうこと? まずはそれを説明してくれよ」
いきなりやって来て訓練をもっと増やせと言われても困ってしまうのだ。何がどうなってそのような話になっているのか分からない以上、エディカ側としても対応が難しい。
「説明は――その、すみませんが、できません」
ただ、フィオーネは、この件の引き金となった話について明かすことができない。
レフィエリシナから皆に言わないようにと言われてしまっているからだ。
彼女にとってすべてである母との約束を破ることはできない。
「何があったか知らないけどさ。フィオーネ、取り敢えず落ち着けよ」
「……説明できなくてすみません」
俯くフィオーネ。
「まぁそれはいいけどさ。これ以上増やしてどうすんだよ、身体壊すって」
「でも強くならなくちゃ……」
「焦ってんのか?」
「今のままの私ではこの国を護れない……」
フィオーネはつい黙っておくべきであった言葉をこぼしてしまう。
「国?」
エディカに不思議そうな顔で繰り返されてから、やらかしたとハッとする。
「ち、違います! 今のは! 間違いです!」
フィオーネは狼狽えていた。
対するエディカは表情がくるくる変わるフィオーネをどこか愉快そうに見つめている。
「まあ何でもいいけどさ、フィオーネ、悩みがあるなら一人で抱えず誰かに相談しろよ?」
◆
「師匠! 今日から訓練を十倍に増やしてください!」
エディカに却下されたにもかかわらず、フィオーネは折れず、次はリベルに対して訓練量の増加を頼む。
しかし。
「やだよー」
花壇脇の煉瓦の部分で横になっていたリベルは即座に返した。
「十倍って、僕寝る時間なくなるでしょー。それは無理」
「す、すみません……」
フィオーネは眉頭を寄せ身を縮めて数歩後退した。
そこへ追撃が来る。
「っていうか、頭大丈夫ー?」
リベルが上半身を起こしながらそんな言葉を発したのだった。
「疲れてるんじゃないかなー」
「ち、違って、その……うう、でも……馬鹿ですよねこんなこと言い出すなんて……すみません」
言いたいことはあるけれど上手く言えずもごもごなってしまうフィオーネを見たリベルは何か思い立ったように数回まばたきをしてぴょんと花壇の脇から降りる。そして黒い手袋をはめたままの右手を差し出した。
「食堂でも行こうかー」
「え……」
「疲れてるならちょっとのんびりした方がいいよー?」
その後フィオーネはリベルと食堂へ向かった。が、リベルは食堂に滞在することをあまり良く思っていないようで、フィオーネがスイーツを食べている最中に彼は去っていってしまった。
なんだかんだで訓練十倍の夢は叶わなかった。
十倍はさすがに調子に乗り過ぎたかもしれない――フィオーネは食堂で一人甘いものを食べながら少し反省した。
◆
その日の晩。
中庭で寝転がり黒に限りなく近い色の空を見上げていたリベルのところへエディカがやって来る。
「ちょっといいか?」
先に声を発したのはエディカ。
対するリベルはというと、一瞬面倒臭そうな顔をしたけれど、少しして「いいよー」と返した。
「今日さ、フィオーネ、おかしくなかったか?」
エディカは座らない。腕組みをしたまま立っている。立った体勢のまま寝そべるリベルへ視線を向けている、その様は一件見下しているかのようだが、別段そういうわけでもない。
「そうだねー」
「急に訓練を増やせとか何とか言われてさ」
「僕も言われたよー、そっちもかー」
リベルはエディカの顔は見なかったが、会話自体は成立している。
「何か……あったのか?」
「僕は知らないよー」
「他人事みたいだな!?」
「そうだよー? 他人事、だよー」
リベルが軽やかに発した言葉を受けて、エディカは微かな苛立ちを露わにする。
「……心配じゃないのかよ」
その声は低かった。
「どうして怒るのー? 大丈夫だよ、べつに死にやしないってー」
夜風だけが通るその場所に二人以外の影はない。時折風に煽られた草が擦れて音を立てることはあっても、そんなものは気にするまでもない微かな音でしかない。闇に一人佇んでいるくらいでなければ気にもならない程度だ。
「そういうことじゃないだろ!」
「そういうことだよー」
「違う!」
「……気になるなら君が調べれば、僕を巻き込まないでよー」
はぁ、と溜め息をこぼしたリベルは、起き上がったと思えば尻の砂を手で払い、そこから一気に立ち上がった。
それから口角を持ち上げてエディカへ視線を向ける。
「でも、実はさ、ちょっと気になってることもあるんだよね」
その口調は日頃の彼のそれとは少し違っていて、エディカは思わず一歩下がった。
「何か有益な情報があったら交換しようよ?」
「……そうだな」
◆終わり◆