モクマとリィリ
「・・ンジュ。アンジュ!いい加減起きなさい!」
母親の声で目が覚め、重い体を起こしながら窓の外を見る。
あれから何時間寝たのだろうか?日はすでに落ちていた。
少しの間呆けていたが、再び母親の声が聞こえ大きな欠伸をしながら部屋を後にする。
「随分寝てたわね。早くご飯食べちゃいなさい」
そう言いながら母親は呆れたように笑う。
「うん。・・・あれ?お父さんは?」
食卓に着き、父親の姿がないことを母親に尋ねる。
「村長様の家に行ってるわ。ほら、例の霊域の件で」
その言葉にアンジュは納得した。父親はこの村で1番腕の立つ戦士なのだから・・・霊域の調査に駆り出されるのは当然のことだろう。
しかし・・・少し不安になり母親に尋ねる。
「お父さん1人で行くの?危ないんじゃないの?」
彼女の不安が伝わったのか・・・母親は優しい声で頭をなでながら言う。
「大丈夫よ、冒険者の人達が一緒だもの。お父さんは道案内よ」
その言葉を聞き、昼間に見た冒険者達を思い出す。と、同時に魔物の存在も思い出す。
確かに、冒険者は魔物を狩ることには長けているだろう。
しかし・・・今日見た冒険者の中には、明らかに父親よりも華奢な体の者や女性までいたのだ。
話かけてきた女性も同様に、綺麗な顔立ちではあったが・・・どう見ても父親よりも強いとは到底思えない。
「ごちそうさま」
不安に駆られながらも、アンジュは食事を終え自室に戻る。
締め切っていた部屋には、言葉にはできないが・・・嫌な空気が漂っているように思えた。
その空気を払拭するべく窓に向かい開けると、涼しげな空気がアンジュを包み込む。
窓から空を見上げ胸の前で両手を握り、満天の星空の下で目を閉じ祈りを捧げる。
(精霊様・・・明日はお父さんをお守りください・・・)
少女の願いに答えるかのように、再び優しい風が少女の体を包み込む。
翌日、肌寒さを感じながらアンジュは目を覚ます。
朧気だった意識が、鳥の声、荷車を引く音、人々の声で徐々に戻っていく。
いつの間に眠っていたのだろう、と考えながら重い体を起こし自室を後にする。
「おはよう、随分寝てたのね。大丈夫?」
自室で縫物をしている母親が心配そうに聞いてきたが、大丈夫。とだけ答え辺りを見回す。
お父さんは?と聞くと、
「ふふっ、本当にお父さんが好きなのね」
微笑みながらからかう様に言う母に気恥ずかしさを感じて、それを誤魔化す様に顔を背けながら置いてある果物に噛り付く。
「お父さんなら、冒険者さんと朝早くに行ったわよ」
その言葉を聞き、心の奥にある不安な気持ちが込み上げてくる。
残りの果物を口に放り込み自室に行き、外を眺めながらしばらく呆けていたが・・・どうしても気持ちが滅入ってしまう。
(散歩・・・いこうかな)
外の晴天と優しい風に包まれていれば気分も晴れるだろう、アンジュはそう思い身支度をして部屋を後にする。
「どこかに行くの?」
母親の問いに、散歩してくる。とだけ答えて家を後にしようとしたが、母親の声が再び聞こえる。
「危ないところに行っちゃだめよ」
心配そうに言う母親に対し、
「大丈夫だよ。一応、弓も持ったし・・・。霊域には近づかないよ」
そう言い残し、アンジュは家を後にし森へと向かっていった。
森の中は静寂に包まれていた。心地よい日差しと風がアンジュの不安な心を少しずつ溶かしていく。
しばらく歩いていると、睡魔がアンジュを襲い始める。
ちょっとだけ寝ようかな。と考え、いつも休憩している大樹に作られた小屋を目指す。
本来であれば狩猟の道具の保管庫なのだが、風通しのいいこともあって村の子供達の間では遊び場として度々使用されることもある。
大樹に到着し、慣れた手つきでスイスイと登りながら中腹に作られた小屋を目指す。
幼い頃から自然とともに生きてきたアンジュにとって木登りなど容易いことであった。
直ぐに登り切り、欠伸をしながら小屋の扉に手をかけた時、小屋の中から知っている声が聞こえてくる。
構わず扉を開けると、2人の子供がこちらを向き満面の笑みを浮かべる。
「よぉ、アンジュ」「アンジュちゃん、おはよう」
「おはよう。モクマ、リィリ」
そんな2人にアンジュも笑顔で挨拶を返し、なにしてたの?と尋ねると、モクマと呼ばれる少年は上機嫌で答える。
「あぁ、昨日村に来た冒険者のこと話してたんだ」
その言葉を聞き、隣にいた少女・リィリも頷き答える。
「うん!かっこよくて綺麗だったよね」
2人の子供達もアンジュ同様、異国の冒険者に胸を躍らせていた。
黙って話を聞く彼女に対し、モクマが不意に尋ねる。
「アンジュは今日どうしたんだ?」
モクマの問いに、素直に寝に来たことを伝えると二人は笑いながら寝るスペースを開けてくれた。
しかし、二人と会えたことで眠気が収まりアンジュ達は暫しの間、冒険者についての話で盛り上がる。
どれくらいの時間が経っただろう?モクマが急に立ち上がり言う。
「そうだ!今から霊域の近くに行ってみようぜ!」
突然の提案に2人はあっけにとられるが・・・直ぐに我に返り、2人は声を揃えて彼に言う。
「駄目だよ!」「危ないよ!」
2人の勢いにモクマは驚いた表情になるが・・・直ぐに普段の笑顔を浮かべる。
「別に霊域に入るわけじゃなくて、近くに行くだけだから・・・大丈夫だって!な?」
笑いながら言うモクマに2人の反応は違っていた。
リィリは困った顔をしながらも仕方ないという表情を。
アンジュはムッとして怒りにも近い表情を。
この2人の反応の違いは当然である。
リィリに関して言えば世話焼きなところがあり、モクマが1度言い出したら絶対に曲げないことをアンジュよりも理解していた。
アンジュに関しては母親との約束もあり、父親からも止められていた。何より・・・昨日の魔物がいないという保証はない。次にもしも会ったら・・・
2人の顔を交互に見ながら、モクマは更に畳み掛ける様に言葉を投げかける。
「アンジュだって弓持ってきてるんだから・・・本当は行こうとしてたんだろ?リィリだって行きたいだろ?」
確かに弓は持ってきたが・・・あくまで護身用の為であり何かを狩るためではない。そもそも、弓の腕前は父親とは比べ物にならないくらい・・・下手なのだ。もしも魔物と遭遇してもどうすることもできない。
反論しようと口を開こうとすると、それよりも先にリィリが口を開く。
「うーん・・・。しょうがないなぁ・・・。近くに行くだけだよ?」
はにかみながら答えるリィリを見て、アンジュは焦る。
せめて2対1ならモクマを言いくるめられると踏んでいたが・・・当てが外れたのだ。
「ちょ・・・」
口を開こうとするアンジュを遮り、モクマは嬉しそうに大声を出す。
「よし!決まりだ!早速行こうぜ!」
「うん」
反論する暇も与えられずに呆然としてるアンジュをしり目に、2人は立ち上がり扉の方に向かう。
こうなったら、もうどうにもならない・・・
アンジュは小さく溜息を吐き立ち上がる。
心の中で両親に謝罪をして、扉の前で待っている2人の友人元へ足を進める。
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