持っている人にはなお与えられ、 持っていない人からは、持っているものまで取り上げられるであろう
とある大国の国税庁である男が義憤にかられていた。
国内最大の自動車メーカー。世界有数の家電メーカー。誰もが知るハンバーガーチェーン。
それらを経営する社長達からの徴税は莫大で、その尋常ではない金額に男は憤りを覚えていた。
自動車メーカーの工場作業員の月給は三〇万メッシュ。
家電メーカーの店頭販売員の月給はは二五万メッシュ。
ハンバーガーチェーンのアルバイトの時給は九五〇メッシュ。
別にこれが少なすぎると男は思っていない。
特別な資格や教育を受けていない市民が就ける職業の給料としては妥当だと言える。
問題なのは彼等を雇い、『家族と思っている』と豪語する経営者達の役員報酬だ。
世界中の国々を走る車を作る自動車メーカー社長の推定年収は三.五億メッシュ。
各家庭に平均三つは製品があると言う家電メーカーの会長の推定年収は四.三億メッシュ。
世界中に店舗を持ち人々に愛され止まないハンバーガーチェーン社長の推定年収は五.八億メッシュ。
明らかに、これは貰い過ぎだろう。
社員と同じ給料で我慢しろとは男も言わない。だが、自分達の社員が一生をかけて稼ぐ収入を軽く超える金額をたった一年の報酬としてもらうのはやり過ぎだ。
しかし、男がどれだけ偉かろうと、所詮は役人の一人に過ぎなかった。残念ながら、企業の報酬に対して物を言う権利は一ミリもない。だが、男はどうしてもこの格差が許せず、是正せねばならぬと考えた。
「じゃあ、推定年収を公表したらどうですか?」
男の義憤を聴き、部下の一人が笑いながら提案した。
経営者達の年収を公開すれば、きっと市民の批判にさらされるだろう。その声を聴けば、企業イメージや企業の社会的義務の観点から経営者達はきっと考えを改め、自らの報酬を妥当な金額にまで減らし、社会や社員に還元することを選ぶだろう。
それを妙案と感じた男は、さっそく準備に取り掛かり、次の年から高額納税者ベスト一〇〇が公開されることになった。
そして五年の月日が流れた。
自動車メーカー社長の推定年収は四.四億メッシュ。
家電メーカーの会長の推定年収は五.一億メッシュ。
ハンバーガーチェーン社長の推定年収は五.九億メッシュ。
この年の高額納税者ベスト一〇〇の平均推定年収は去年よりも約七%上昇していた。
どうやら、それぞれの収入が公表されると経営者の多くは、自分の報酬の高さを恥とは考えなかったようだ。
むしろ、彼等はこう考えた。
大企業の社長であり凄まじい激務と尋常でない責任を負った『私』が、他の企業の経営者よりも報酬が少なくては必死に働いてくれている社員に恥ずかしい思いをさせることになるだろう。社員に恥をかかせないために、経営者達はこぞって自らの役員報酬を上げ、企業イメージの保全に必死に努めた。
その効果が出たかはわからないが、とりあえず社員の給料は据え置きだ。