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不調


 響の精神が再びあのセカイへと落ちていく。奏での歌声だけが流れるあのセカイがどこか心地よい。


 そんな風に浸っていたセカイを扉が横にスライドする音が遮断した。


「ごめんなさい。遅くなったわ」

 部屋に入ってきたのは真琴で、真っ先に遅れてきたことを謝罪した。


 宮下真琴は一年生でありながらも生徒会役員に所属し書記を務めている。そんな中でIFRITの活動もこなしているのだからその活動力は尋常ではない。

 実はIFRITは元々休部状態であった軽音楽部として臨時とはいえ学校の部活動の一つとして認定されている。それを勝ち取れたのは真琴の見事な交渉術とも言えるだろう。

 それにより予備の音楽室として物置になっていたこの部屋をIFRITの練習用の部屋として使わせてもらえている。

 とはいえ部活動になった代償として定期的な部活動としての活動報告を作ったリしないといけない等のデメリットがあるが、練習でスタジオなどを有料で借りることを考えれば遥かに安上がりになる。

 この安定して練習できる環境はIFRITがガールズバンドとして成長できた要因の一つとも言えるだろう。


「いえ、真琴さんこそ生徒会のお仕事お疲れさまです」

 そんな宮下に真っ先に話したのは、ドラムのチューニングを行っていた片桐静香(かたぎりしずか)だ。


「……大丈夫。むしろ時間通りだから。まこっち」

 長い黒髪で顔を隠しキーボードを前にして椅子に座りつつタブレットを操作しながらフォローするのが黒崎彩音(くろさきあやね)


「よーし! それじゃあ早速始めるよ―! ほら響、イヤホン外して」

 と大きなポニーテールを振り回して大きな声で楽しそうに声を上げたのはベースを担当する長倉詩織(ながくらしおり)

 以上五名がIFRITのメンバーとなる。


「あっ、……ごめん。じゃあ……とりあえずライブでやった曲を通しで」

 響がそう言うと、その言葉を合図にしてドラムで静香がリズムを取り始める。

 そのリズムに合わせて詩織のベースが続き、真琴のギターが重なっていく。音の重層が生まれ始めたところで彩音のキーボードの音が混ざり始め、響が唄う準備が完了する。


 いきなりでもしっかりと音を作ってくるメンバーに感謝しながら、響は歌い始める。自分の喉から声が出始め、IFRITの音楽――セカイが生まれるこの瞬間だけ響の頭の中で鳴り続けている音が止んだ気がした。






「っ! ごめん、止めて」

 そう言葉を切り出したのは響だった。昨日のライブの曲をやっていたのだが、あまりにも酷い出来に途中で止めることしか出来なかった。


 ――なにこれ。これが私の声? 私の音楽??

 聞けば聞くほど頭が苦しくなる。

 響の前で頭の中で再生される奏での歌声がいともたやすく自分の中で広がっていって、響の作ったセカイを嘲笑うかのように破壊していく。


 ――自分の声がこれほど聞くに堪えないものだったなんて。四人がせっかく作ってくれた最高の音をぶち壊してるだけじゃない。

 響はそこから生まれてくるとてつもない嫌悪感で吐きそうになる。


「あー、響は昨日のライブで疲れてるんだよ。今日はこれで終わろ?」

 すぐに詩織が響のフォローに回る。こういう気の回るところが彼女の魅力だった。

 その言葉が響にはありがたかった。これ以上唄うことが出来ないと自分でもよくわかったからだ。


 響が時計を見るとまだ一五分ほどしか経っていない。いつもなら完全下校時刻まで歌っても物足りないはずの自分がここまで歌えなくなっていることに恐怖した。


「響、昨日何があったの?」

「真琴さん」

 静香が真琴の言葉を遮ろうとするが、真琴は言葉を続ける。


「聞いてるだけよ。響、あなたが昨日のライブの後泣いてるのを私は見てる。あそこで何があったの?」

 真琴は昨日わけも分からぬまま涙を流す響を目撃していた。あの時は落ち着かせることに必死だった。あの後いつもの響に戻ったと判断したし、先程の練習を始める前まではちょっとぼーっとしてるだけだと思っていたのだが、ここまで様子が変な響は見たことがない。


 響は真琴のその言葉に黙り込んでしまう。

 なんでもない。って言えればよかったのに。これはみんなのせいではなく自分のせいで起きていることなのだから。これは自分だけで解決するべき問題なのだから。

 でも、それは自分がIFRITのメンバーを信用していないことになってしまう。

 その葛藤がしばらく続いた後、響はゆっくりと昨日の出来事を話し始めた。



「なるほどね」

「AZULってそんなにすごかったんだ」

 真琴と詩織の感想は響が思ったものより遥かに軽いものだった。

「……気にはなってた」

 彩音はそう言うとタブレットを操作し続ける。そして静香は言葉を返せずに黙ってこんでしまった。


「気になったって何が?」

「AZULってバンドに関して」

 真琴が指摘すると彩音はタブレットをメンバーの前に置く。それはいつも彼女が見ているSNSの画面だ。


「どれだけ検索しても出ないんだよ。AZULなんて名前のバンドは。唯一出てくるのは……」

 そう言うと彩音はタブレットを操作し、動画が再生され始める。


「昨日のライブの動画だけ」

 彩音が開いたのはライブハウスが定期的に動画としてアップしているライブシーンだった。

 今流れているのは自分たちIFRITが演奏しているところだ。


「どうせ、活動報告も書かないといけないんだし。みんなで見ようよ」

「そうね」

「あ、じゃあ飲み物持ってくるよ」

「私も手伝いますね。お菓子あったはずですし」

 真琴は部活動の報告書を書くためにノートを、詩織と静香が飲み物とお菓子を持ってこようと動画を見始める前に動き始める。

 響はタイミングを失ってしまったので、黙って画面を見続けることにした。


 そして、準備が整ったところで、動画がスタートしていく。

 AZULのライブを見る前までならば響も今回のライブの出来に満足できていたはずだった。

 しかし、今見るとどうしてもAZULと、氷室奏と比較してしまうのだ。

 とはいえ、みんなの表情を見ているとそのような思いにとらわれているのは自分だけだとよく分かる。


 そして、自分たちの演奏が終わり大歓声の後、ライトが青へと変わる。

 いよいよ、AZULの出番へと動画が進んでいく。


 誰かが息を呑む音がまるでライブの開始の合図かのように。氷室奏の声が。AZULの音楽が始まっていく。


「何なの……これ」

 真琴が唖然とした声を漏らす。

 気がつけば全員が動画に釘付けになっていた。

 そしてあっという間にAZULは歌い切ってしまった。歓声が起きて彼女たちが退場する。


 響がぽつりと呟いた。

「生のアイツラはもっとすごかった」

 その言葉に響がどれほどのショックを受けたのかをみんなが理解したのであった。

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