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序曲

AZUL(アズール)です……。ようこそ私達のセカイへ。歓迎します」

 その言葉とともに、始まった音楽に穂村響(ほむらひびき)は舞台袖から厳しい目線で見つめていた。


 最初から気に入らない奴らだった。

 ろくに挨拶もせず、雰囲気も暗い。まるで葬式でもやっているのかと思うぐらい彼女らの中には会話がなくただ黙って時間が来るのを待っていたのだから穂村としても気分が良くない。

 青と黒をベースとしたゴシック風の衣装、涙などを表現したと思われるフェイスペイント。全員がそこに置かれた人形のような印象だった。

 とりわけ、向こうのリーダーである氷室奏(ひむろかなで)は酷く、参加バンドリーダー同士での順番や流れの打ち合わせの時さえまるで上の空のように反応が薄かった。そんなことには興味がないかのように振る舞ったのだ。

 見栄えや雰囲気作りというのは大事だが、それで周りとの協調性などを取れないというのは他のバンド達からの印象として良くないだろう。


 そんなことより響が苛立ったことは今回のライブイベントでも開催数日前に急な形で参加が決まったAZULの順番だった。

 元々今回のイベントでのラストは穂村がリーダーを務めるガールズバンドIFRIT(イフリータ)だったのだが、AZULがライブを行うのは自分たちの後だったのだから。


 このライブハウスでは新入りや実力が低いとされているグループから順番にライブを行う事になっている。

 IFRITも何度も最初や二番目なんかの客が少ない中で頑張ってきて、チケットの販売ノルマをこなし今のポジションまで来たのだ。

 にもかかわらず、飛び入りのAZULの順番は自分たちより後ろである最後を務めることが決まったのだ。それはある意味自分たちよりAZULのほうが最後にふさわしいということを示しているとも言えた。



 ――気に入らない。

 だからこそこんな奴らよりもっとすごいライブにしてやる。

 私達のほうがずっとすごいバンドなんだと証明してやる。


 この気持ちは響以外のメンバーも同じだったのだろう。

 ライブが始まる前にギターを担当する宮下真琴(みやしたまこと)が真剣な表情で「今日は最初から全力で行くから」というほどだったのだから。普段は冷静沈着で真面目な彼女がいつになく燃えているのが穂村にも伝わってきた。響はそんな彼女の言葉を受け笑みを浮かべながらこう返す。

「それじゃあ会場全部が真っ赤に燃えるぐらいに最高のライブをやりましょうか!」  


 そんな意気込みの中挑んだ今回のIFRITのライブは間違いなく過去最高というべきものだった。

 ライブ後の大歓声を聴いたとき、その手応えは決して自分たちだけではなく観客たちも感じてくれているのだと確信した。


 そしてライブ終了後、響だけがAZULのライブを見るためにバックステージに残っていたのだ。

 自分たちがこれほどに盛り上げ、まるで燃え盛る炎のように熱くなった会場をふざけた演奏でしらけさせたりしたら承知しない。そんな思いで演奏が始まるのを見つめていたのだ。




 ――心が震えた。

 最初に穂村の心に来たのは動揺、困惑。ついで、驚き。


 引き込まれるなんて言葉すら生温い。引きずり込まれる。

 それこそがAZULの音楽――セカイだった。


 もし自分がバックステージではなく、観客としてこのライブを見ていたら少しでも前に進もうとし、大声で叫んでいたかもしれない。

 響は叫びたくなる思いを必死に抑えながら見続けていた。

 何もかもを見逃してはいけない。このステージを私は見続けなければいけない。

 それほどまでに、AZULのセカイは衝撃的だった。


 一方で、穂村響という存在に僅かに残った冷静な部分が分析をしていく。

 どこが自分たちと違うのか。何がIFRITとAZULで違うのかを。

 ベースやドラム、ギター、キーボードなどの各種楽器の技術でみればIFRITのメンバーだって負けてはいない。

 歌詞や曲調だってそこまでの大差はないだろう。では何が違うのか。

 響の頭が必死に分析する。


 ――わかっているはずなのに。

 響の冷静な部分は答えをすでに出している。それを認めたくないだけだ。

 ボーカルだ。穂村響と氷室奏の歌声が違うのだ。


 とはいえ、他の人が聴いたとして響の声とて決して見劣るようなものではない。

 彼女の歌声、そして音楽は熱狂的なとても熱い炎で聴いているものの体全身を燃えあがらせるような感じだ。

 元々彼女がいるIFRITというバンド名が、ファンタジー小説などで登場する炎の精霊イフリートから取ったものなのだが、そのバンド名がが彼女の歌声や曲等と見事にマッチしている。

 その魅力を皆がわかっているからこそ、IFRITはこのライブハウスでも上位のユニットになっているのだ。


 しかし、AZULの音楽はIFRITとは全く逆のイメージだ。

 冷たく、正確に。だが極限まで研ぎ澄まされた音楽は聴いている者たちの心を的確に打ち抜き切り裂いていく。

 すでに自分を含めた観客たちはそんなAZULのセカイの虜になっている。


 そんな中で響は最初に感じたものとは違う感想を抱き始めていた。

 自分たちが唄うセカイとはまったく違う別のものだと思っていたのだが彼女たちが歌い上げるセカイにどこか共感してはじめていた。

 ひょっとして自分たちの音楽とAZULの音楽は似ているのではないか? と。


 そう考えると響の考えはどんどんAZULの作り上げるセカイへと近づいていく感じがした。

 自分たちの音楽が体中を燃え上がらせる赤い炎であると表現するのならば、AZULは体の奥底、心の中から吹きだしてくる青い炎。

 どこまでも冷たく凍え聴いている人たちが狂っていくセカイの奥底には確かにしっかりとした炎が存在する。

 そんなイメージを彼女たちの音楽から感じ取っていた。

 どちらも観客の心を燃やし虜にする熱い思いがそこにはある。


 だが、赤い炎と青い炎では決定的な違いがある。

 ――それは一般的に青い炎のほうがより高い温度であるということだ。


 響は生まれて初めて自分の音楽が、いや自分のセカイが敗北したことを実感したのだった。




 気がつけば、大きな歓声がライブハウス中に響き渡っていた。

 その声の大きさはIFRITも負けてはいないものだったのだが、響の中ではすでに勝敗がついていた。


「あら……? あなたは」

 歓声の中、ステージから舞台袖に戻ってきた氷室奏が呆然と立っていた響に声をかける。

 なにをしているの? とでも聞きたいのだろうか、彼女が首を傾げ響を見つめる。


「あの……その……」

 言葉が続かない。いつもは何でもハキハキときっぱり言えるのが自分の強みだと思っていたのに。負け惜しみとでもいうかのように続きの言葉を発することを体が拒絶する。

 でも言わなきゃいけない。


 響は覚悟を決めてまっすぐに奏の顔を見つめる。

 彼女の色白の肌にはライブが終わって間もないということもあるのだろう。真っ白な肌にわずかに赤みがさしているのがわかった。


「……すごいライブだった」

 その言葉をいうのが響にとっての限界だった。

 それ以上の言葉を言えば自分が壊れてしまいそうだったから。今にでも自分が今まで作り上げてきたものが体ごとすべて崩れそうになりつつも響は認めたのだ。


 自分が負けたことを。

 穂村響は氷室奏に勝てなかったことを。


「……ありがとう」

 響の言葉を聞いて、奏は少し驚いたのか動きを止めその言葉を噛みしめるかのように目を一度閉じる。

 目を開いてゆっくりと硬い表情を崩し笑みを浮かべ感謝の言葉を彼女に返す。


「IFRITのライブがすごくて、絶対に負けたくなかったの。だからあなたにそう言われてとても嬉しいわ」

 その言葉は響にとっても福音だった。

 こんなすごい相手に認めてもらえたことが。自分たちのセカイが彼女という存在に影響を与えたことがとても嬉しかった。


「これが最後だったから」

 ――でも次は負けないから。

 その言葉を響が口にしようとしたところで、その言葉と思いは奏の言葉によって打ち砕かれた。


「えっ」

「AZULはこれで解散するの。だからこそ最後にふさわしい最高のライブをしたかった。そんなときに前にやってたIFRITのライブを聞いた時、こんなすごい子達がいるんだと思った。まるで会場が真っ赤に燃え上がっているように感じたわ。最後にあなた達に勝ちたい。そう思ったの。だからオーナーに無理を言って今回のイベントに参加させてもらったの」


 響はようやく理解した。

 なぜ、AZULが飛び入りなのに自分たちより後の最後を担当したのか。

 なぜ、彼女たちの雰囲気が暗くて葬式のように感じたのか。

 それは今回がAZULのラストライブだったから。に他ならない。


 響がそんな事を考えていると柔らかい感触が手から伝わってくる。

 気がつけば奏が響の手を握っていた。その手は震えていた。


「ありがとう。あなた達IFRITのおかげで、私達は最高のライブをやることが出来た。あなた達ならもっと上へ。先へ行けると信じてる。だから私達の分まで頑張って」

 言葉が出ない。彼女に言葉を告げたいのに。自分の口から音がまったく出ない。

 そんな中で手が離れ彼女の姿が遠ざかっていく。

 何をいいたいのか、何を言葉にしたいのかが響の頭の中をぐるぐる巡り続け、ただ何も言えないまま立ち尽くしていた。



「響ー? ってちょっとどうしたの!?」

 ライブが終わって響がいつまでも戻ってこないことを気にして見に来た真琴が慌てて駆け寄ってきていた。


「……どうしたって?」

「どうしたも……あなた泣いてるわよ?」

 響が頬を手で撫でると初めて自分が泣いていることに気がついた。止めようと思っているのに涙が止まらなかった。


 ――わからない。

 どうして自分が泣いているのかわからない。


 ぽっかりと空いた自分の気持ちを表現できないまま響は涙をこぼし続けていた。

 せっかく出来た目標もライバルも自分がその決意を告げる前に一瞬で自分の前から消え去ってしまったのだから。

 そして、それは自分がどれだけ想ってもそれはもう二度と届かないのだと。

 あまりにも非情な現実に響が今まで作り上げてきたセカイがあっという間に崩れ去っていってしまった。


 だが、その壊れたセカイの奥底にはなにか音が鳴り続け、何かが転がっていた。それ一体なんなのかは響自身にもわからなかった。


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