7.初めての依頼を受けました
パーティーとしての登録も終わったので、俺達は早速依頼を受けることにした。
「それじゃ、依頼を紹介してもらいたいんだが……」
「はい……申し訳ないのですが、先程も言った通り、バルツさんに紹介できる依頼は、Fランク向けのもののみとなります」
「分かってる」
俺はレファティラにうなずいた。早くランクを上げたいのは山々なのだが、そのためにギルドの規則を曲げてもらうわけにはいかない。
「でも、できたら、なるべくランクが上がりやすい依頼がいいな」
「分かりました。少々お待ちください」
レファティラは側に置いてあった書類の束から、1枚を取り出す。
「これはどうでしょう? ここから少し離れた村なのですが、ゴブリンの群れに畑を荒らされて困っているそうです。正直言って、依頼の内容の割に報酬は少なめですが、ランクの昇進には有利だと思います」
「ありがとう。それにさせてくれ」
俺は、紹介された依頼を受けることに決めた。家族への仕送りを控えているメリレイナには申し訳ないが、今はランクの昇進が優先だ。
冒険者ギルドを出た俺達は、依頼元の村に向かった。途中の小さな町まで乗合馬車で移動し、そこからは徒歩だ。昼過ぎに村に到着し、畑仕事をしている村人に、村長の家の場所をたずねる。村人は、もの珍しそうに俺達を見て聞き返してきた。
「失礼だが、あなたがたは……?」
「我々は、王都から参りました冒険者です。ゴブリン退治の依頼で……」
「お、王都から……? し、失礼しました! どうぞ、こちらです!」
村人は慌てた様子でクワを置くと、俺達を村長の家に案内した。やがて家の応接間に通され、待っていると、年配の男性が早足で駆け込んできた。
「この村の村長でございます! お出迎えもせず、とんだ御無礼を……」
「気にしないでください。王都の冒険者ギルドから参りました、バルツと申します。こちらは……」
「メリレイナです。どうぞよろしく」
「バルツ様にメリレイナ様、このたびはわたくしどもからの依頼をお受けいただき、誠に恐縮でございます……」
「まあまあ、とりあえずおかけください」
俺は村長に座るよう勧めると、ギルドから持ってきた依頼受諾書を見せた。それを受け取った村長は椅子に座り、依頼について話し始める。
「この村の南に、ちょっとした山がございまして……そこにゴブリン共が巣食っております。それが最近、村に降りてきて畑を荒らしたり、家畜を盗んだりするようになりました。始めは村の男達で撃退しようとしたのですが、とても歯が立たず……男達は皆、叩き伏せられてしまいました。そこで皆でなけなしのお金を出し合って、王都の冒険者ギルドに依頼したという次第でございます」
「そうでしたか……」
「安心してください。結成したばかりなのでパーティーのランクはFですけど、私はSランクの冒険者ですし、こちらのバルツ様は大きなドラゴンをテイムするぐらい、凄腕の魔道師なんです!」
メリレイナの言葉に、村長は目を丸くした。
「な、なんと……そのような立派な冒険者の方々がお見えになるとは、この村始まって以来のことでございます。しかし、よろしいのでしょうか? Fランクの報酬で、お二方のような冒険者に頼んでしまって……」
「ギルドの規定ですので、問題ありません。御安心ください」
俺の答えを聞き、村長は安堵の表情を浮かべた。今度は俺から村長に質問する。
「ちなみに、現れるゴブリンの数はどれくらいでしょうか?」
「日によって変わりますが、十数匹といったところでしょうかな」
「そうですか。つかぬことを伺いますが、この村でよく鳥を見かけるのはどこでしょうか?」
「? 小鳥なら、村はずれの林にたくさんおりますが……」
「ありがとうございます。ところで、ゴブリンと戦って怪我をしたという人達はどちらでしょうか? よろしければ今のうちに、治療をさせてください」
「あっ、それでしたら……」
俺の申し出に、村長は立ち上がって案内を始めた。
☆
「回復!」
「す、すごい……折れた腕が元通りに……」
「アバラの痛みが消えたぞ! これでまた働ける!」
「足が動く! もう歩けないと思っていたのに!」
夜になるまでの間、俺達は村の家々を訪れ、ゴブリンと戦って怪我をした人達の治療をして回った。最後の一人の治療を終えると、村長は深々と頭を下げる。
「村の者達の治療までしていただけるとは、何とお礼を申してよいやら……」
「大したことじゃありません。それよりも、そろそろゴブリンが来るんじゃないですか?」
「はい……いつもは夜半過ぎにやって来ます。村の者を見張りに立たせますので、お二方はわたくしの家でお休みくださいませ。ゴブリン共が現れたら、お呼びいたします」
「分かりました」
村長の家に戻り、夕食を振る舞われた後、部屋に通される俺達。ゴブリン襲撃に備えて早速休むことにしたわけだが……
「な、なあ……」
「何でしょうか? バルツ様」
「2人で1部屋ってどうなんだ? もう1部屋、用意してもらった方が……」
「何を言っているんですか。村がゴブリンに襲われて大変なときに2部屋も用意させるなんて、冒険者としての心構えがなっていませんよ」
「そ、そういうものか……」
レファティラに言われた通り、俺はまだ民間の冒険者としての常識を身に付けていないらしい。少し気落ちする。一方、革鎧を脱いだメリレイナは、下着姿で俺の方に近づいてきた。
「お、おい……まさか本当にその恰好で寝るのかよ?」
「ほら、早くベッドに入って向こうに詰めてください。私が寝られないじゃないですか」
「分かった! 分かったから押すな!」
☆
「…………」
ベッドに入り、メリレイナは早々に寝入ってしまったようだった。俺はまだ眠れない。
視線を巡らすと、開いた窓から星空が見えた。今見ている方向には、確か王都があるはずだ。
今頃マッセン達は、どうしているだろうか。
自分達の力が前よりも落ちていることには、間違いなく気付いているだろう。もしかしたら、俺がいつもこっそりバフをかけていたことも、察知しているかもしれない。
言うまでもないが、相手に告げずこっそりバフをかけるなんて危ないことを、普通の相手にはできない。バフが切れたとき、力が落ちていることに気付かず強い相手に挑み、殺されてしまうこともあり得る。
だが、マッセン達ならその心配はなかった。いつも怠りなく自分達のコンディションに気を配っているマッセン達なら、力の変動に気付いて慎重な行動を取るだろう。
これで少しだが、時間が稼げるはずだ。
「頼むぞ。間に合ってくれよ……」
誰に言うともなくつぶやく。俺のその言葉を、聞き取った者はいなかった。