3.冒険者登録試験に合格しました
俺に投げられたBランク冒険者は、失神したまま動かない。邪魔なので部屋の隅に移動させようとかがんだとき、別の冒険者達が立ち上がってこちらに向かってきた。
「野郎!」
「無能の分際でやりやがったな!」
「なめるんじゃねえぞ! 覚悟しやがれ!」
Bランク冒険者の仲間だろうか。今度は3人である。さすがに少々厄介かも知れない。俺は立ち上がって身構えた。
そのときである。不意に新たな人影が横から現れたかと思うと、冒険者の一人を勢いよく蹴り飛ばした。蹴られた冒険者は、仲間の二人を巻き込んで倒れる。
「うわっ!」
「ぎゃっ!」
「ぐえっ!」
倒れた3人は、うめき声を上げて床を這った。どうやら起き上がれないようだ。俺は冒険者を蹴り飛ばした人影を見上げてつぶやいた。
「ギルドマスター……」
「見苦しいところを見せちまったな。バルツ」
冒険者達を蹴り飛ばしたのは、この冒険者ギルドのマスターだった。雲突くような長身にスキンヘッドというたたずまい。鍛え上げた筋肉で、服がはち切れそうになっている。ギルドマスターになる前はSランク冒険者として名を馳せたと聞いているが、その実力は今でも衰えていないようだ。
「こいつらには、後できつく言っておく。気を悪くしないでくれ」
「別に気にはしていない。それよりも……」
「ああ、うちでライセンスを取りたいんだってな」
「そうだ。試験を受けさせてほしい」
「いいだろう。だが、うちとしても勇者パーティーを追放された奴に、簡単にライセンスを渡すわけにはいかねえ」
それはそうだろうな。俺はうなずいた。
「分かるよ。それで、どうしたらいい?」
「俺が試験官をやる。俺が認めたら晴れてライセンス交付だ。それでいいな?」
「分かった……」
「そんな。何もマスターが……」
メリレイナが異議を唱えかけるが、俺はそれを手で制した。ここでつまずくようでは、たとえ冒険者ライセンスが取れたとしても、俺は前に進むことができない。
やがて、試験の準備が整った。全員で建物を出て、裏手にある広場に集まる。その広場の真ん中で、俺とギルドマスターは向き合った。俺とギルドマスターの間には、例の黒髪で眼鏡の受付嬢が、立会人として陣取っている。先程までの不真面目な様子が嘘のような、緊張した面持ちだ。
ギルドマスターは剣を抜き、鞘を部下の男性に預ける。
「相手を殺すことだけは禁止だ。いいな、バルツ?」
「分かった……メリレイナ!」
「はいっ!」
メリレイナが駆け寄ってくる。俺は彼女に言った。
「済まないけど、お前の剣を貸してくれないか?」
「はいっ、どうぞ!」
「ありがとう……」
非戦闘職である俺が持っているのは、ナイフに毛が生えたような短剣だけである。これでは勝負にならないので、武器を借りることにしたのだ。
短剣は地面に突き刺して封印する。そうしておいてから、俺はメリレイナに貸してもらった剣を中段に構えた。
「二人とも、よろしいですか?」
「ああ……」
「いいぜ……」
俺達の答えを聞くと、受付嬢は右手を高く挙げ、勢いよく振り下ろした。
「始め!」
「うおりゃあ!」
開始早々、ギルドマスターは声を出して踏み込んできた。頭上に振り下ろされた剣を、俺は自分の剣で受け流す。
☆
キンキンキン! キンキンキンキン!
「なかなかやるじゃねえか」
「それはどうも」
始まって十数分、俺とギルドマスターは一進一退の攻防を続けている。最初のうち、ギルドマスターは手加減した攻撃を出していたが、俺が受けられると分かると次第に力を入れてきた。冒険者として必要な技量があるか見定めるというより、俺がどこまでできるか本気で確かめようというのだろう。
ギルドマスターが全力を出してきたら、俺は負ける。そうなったらライセンスをもらえないかも知れないので、早めに手を打つ必要があった。
俺は足さばきを繰り返し、ギルドマスターとの位置関係を調整してする。もう少し、もう少し……
よし。ここでいい。
ちょうどいい位置にきたとき、俺は剣先をわずかに下ろした。ばてたように見せかけるためだ。それを見逃すギルドマスターではない。一気に勝負を決めようと、大きく剣を振り上げる。
「もらったぜ!」
大ぶりの攻撃を、俺は待っていた。ギルドマスターの剣が真上を向いた瞬間を狙い、俺は右手をかざして魔法を発動させる。
「回復!」
回復術とは、人間が元々持っている活性化させて、怪我が治るまでの時間を短くする魔法である。たとえ怪我をしていなくても、人体に当たればその部分は活性化する。そして、俺が狙ったのはギルドマスターの頭だった。
「なっ!?」
見る見るうちにギルドマスターの毛根が復活し、髪が伸び始める。伸びるばかりで整えられていない髪はギルドマスターの顔を覆い、瞬間的に視界を奪った。
「くっ! この程度で……」
とはいえ、さすがは元Sランク冒険者である。ギルドマスターは俺に隙を見せることなく後ろに跳んだ。距離を取って体勢を立て直そうというのだろう。だが……
「あっ!」
位置が悪かった。ギルドマスターは俺が地面に突き刺した短剣の柄につまずき、地面に仰向けに倒れてしまう。もちろん、そうなるようにあらかじめ、俺が位置を調節したのだ。
倒れたギルドマスターに、一瞬の隙が生じた。その機を逃さず俺は踏み込み、剣をギルドマスターの首筋に振り下ろして寸止めする。
「えいっ!」
そのまま、俺もギルドマスターも動かない。静寂がその場を支配した。
「「「…………」」」
俺は首を動かし、立会人である受付嬢の方を見る。
「えっ……あっ……そ、それまで! 勝者バルツ!」
我に返った受付嬢が、右手を挙げて俺の勝ちを宣告する。それを聞いて、俺は剣を下ろした。
だが、まだ終わってはいない。あのとき受付嬢は、合否の判定は勝敗に関わらず、と言った。俺は問いかける。
「どうかな? こんな勝ち方じゃ合格にはできないか?」
「いや、これも立派な戦い方だ……ライセンスを交付しよう」
「……ありがとう」
俺は、ギルドマスターに頭を下げた。一呼吸おいて、周囲からどっと歓声が上がる。
「ずげえ! 伝説のSランク冒険者だったギルドマスターに勝つなんて!」
「あのメリレイナがさん付けで呼んでたから、ただ者じゃないとは思ってたんだよなあ」
「うちのギルドの、未来のエースだな!」
ついさっきまで俺を嘲笑っていた冒険者達が、一転して俺を褒め称え出した。恐ろしく速い手のひら返しである。お前らそれでいいのかよ。
ともあれ、これで冒険者ライセンスが交付される。最初の関門を突破したのだ。俺はギルドマスターから目線を切り、後ろを振り返った。
「…………」
俺の視線の先には、いくつもの尖塔が立ち並ぶ壮麗な建物がある。国王の住む王宮だ。平民出身で、うだつの上がらない辺境の魔道士だった俺は、ある日突然国王から命じられ、勇者パーティーに参加することになった。その勇者パーティーとのつながりも、今はもうない。
「見てろよ……」
王宮を眺めてつぶやいたとき、メリレイナが飛び付いてきた。
「バルツさん!」
「うわっ! お、おい……」
革の鎧越しとはいえ、膨れた胸がぐいぐい押し付けられるので落ち着かない。やれやれ。
「お見事です! まさかギルドマスターに勝ってしまうなんて……バルツさんについて行くと決めて正解でした!」
「あ、ああ……」
ひとしきり抱き付かれた後、俺はメリレイナから離れると、借りていた剣を彼女に返した。
「ありがとう。おかげで助かったよ」
「はいっ! お役に立てて光栄です!」
「あ、あの、バルツさん……」
誰かが俺を呼ぶ。振り向くと、受付嬢が涙目になり、顔を赤くしてこちらを見ていた。
「……何だ?」
「あの、約束の件なんですけど、後でギルドの更衣室で……」
そう言えば、俺が合格したら裸になるとか言っていたな。
「ああ……あんなのやらなくていい。本気で言ったわけじゃないんだろ? 聞かなかったことにするよ」
もちろん、見られるものなら見たいのは山々だ。とはいえ、賭けに勝ったのに乗じて無理やり脱がせるのは気が進まなかった。それにしても自分から言い出すなんて、受付嬢もずいぶん真面目だ。
「いいえ、約束が履行されないと、ギルドの信用に関わりますから……」
「…………………………え?」
「ただでさえ、バルツさんの実力も知らずに馬鹿にしてしまいました。これで約束まで破ったら、恥の上塗りです。これ以上私を辱めないでください……」
「いや、でも……」
「ちょっと! バルツさんに変な物見せないでください!」
メリレイナが声を上げたが、受付嬢は構わずに俺を引っぱっていったのだった。