18.焼かれたダークエルフ(前編)
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「勇者パーティーの皆様、お初にお目にかかります。国王陛下の御命令により皆様の後方支援をさせていただくことになりました、ユドア伯爵領オドゥール村のバルツと申します」
「おおっ、君がバルツか! 待っていたぞ! 僕がリーダーのマッセンだ」
「ジュリーヌよ!」
「ガドウズだ」
「アノリアです……」
「お会いできて光栄でございます。かねてより皆様の御武名は……」
「挨拶はもういい。さあ、立ってくれバルツ。こっちに来て、僕達と同じテーブルにつくんだ」
「お言葉ですがマッセン様、平民の私が貴族の皆様と同じ席になど……」
「これからは同じパーティーのメンバーだ。戦場で命を預け合うのに、貴族も平民もない。メンバーの間では、改まった物言いも不要だ。さあ、いつまでもひざまずいていないで、こっちへ!」
「っ……!」
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マックルーン商会から鑑定料と称する金貨を受け取った数日後、俺は冒険者ギルドを訪れていた。この日はめぼしい依頼がなく、ギルドを出てそのまま王都の街中をぶらつく。
歩きながら考えていたのは、パーティーの戦力強化のことだった。
メリレイナは前衛の剣士として、申し分のない実力を持っている。とはいえ、これから魔王軍と本格的に戦うことを考えると、俺と彼女の二人だけというのは、やはり心もとない。後一人か二人、俺達とは違う職種の冒険者を入れて戦い方に幅を持たせたいところだ。
そんな冒険者で、俺達のパーティーに入りそうなやつはいないかメリレイナに聞いてみたのだが、「知りませんね」とにべもなく言われてしまっていた。地道に探していくしかないか……
そのときである。ふと、後ろからの視線を感じた。
「……?」
さりげなく後ろを振り返ると、小柄な中年の男が俺と同じ方向に歩いている。身なりはよく、金持ちらしい雰囲気だ。
「…………」
何食わぬ顔をして、また前を向く。つけられているのか、それとも俺の思い過ごしか。
俺は角を右に曲がった。次の角を左に曲がり、さらに次も左に曲がる。つまり意味のない回り道をしたわけだが、そっと後ろを見ると、男は相変わらずついてくる。偶然こんな風に歩き方が一致することなど、まずない。やはり、つけられているのか……
次の角を曲がって細い路地に入った俺は、そこで立ち止まり、建物の壁に背中を預けて待った。後から角を曲がってきた男が、俺を見て「うわっ!?」と声を上げる。
「お前は誰だ? 俺に何か用か?」
「お、お気付きで……?」
「あんな下手くそな尾行をされちゃあな。で、何が目的だ?」
「お見それいたしました……わたくし、この王都で奴隷商を営んでおります、ミドタスと申します」
「奴隷商か……それで?」
「……恐れ入りますが、冒険者のバルツ様でいらっしゃいますね?」
「ああ……確かに俺はバルツだ。俺を奴隷にして売り飛ばそうっていうのか?」
そう言うと、ミドタスと名乗った男は慌てて手を振った。
「御冗談を……先日のギラーヴィーでの御活躍を耳にしまして、ぜひ、バルツ様とお近づきになりたいと思っていたのでございます」
「魔王軍の幹部を倒した話なら、俺じゃないぞ。倒したのはうちのパーティーメンバーだ」
「いえいえ。それもバルツ様の指揮あってのことと……先程、冒険者ギルドからお出になるのを偶然お見かけしまして、お声かけの機をうかがううちに尾行するような形に……お気に障ったら申し訳ございません」
「そうか……」
とりあえず、俺はうなずいた。さらに続ける。
「せっかく声をかけてもらって悪いが、俺は奴隷を買うような身分じゃない。奴隷を買ってほしいなら、ほかを当たってくれ」
ローラッダ王国では、借金がかさんだ者や罪を犯した者を奴隷として売り買いすることは認められている。だから奴隷を買うこと自体は悪いことではないのだが、今は興味がなかった。
「そうおっしゃらずに……一口に奴隷と申しましても、値段や技能にいろいろございます。名高い冒険者ともなりますと、いろいろ人手が必要でございましょう。バルツ様の助けになるような奴隷を、もしかしたら提供できるかも知れません」
「…………」
いろいろな技能、か。
「もしかして、戦闘技能を持った奴隷もいるのか?」
「おりますとも! ぜひ当店へお越しください! バルツ様のお眼鏡にかなう奴隷が、いるかも知れませんので!」
「…………」
俺は、少し考えた。
万に一つもないだろうが、Sランク冒険者なみの戦闘能力を持つ奴隷がいたら、パーティーに参加してもらえるかも知れない。
もちろんそんな奴隷がいたとしたら、高過ぎて俺の手持ちでは手が出ないだろう。ただ、交渉で後払いを認めさせれば買える可能性がないわけではない。奴隷本人には、魔王軍退治で稼ぐ金からメリレイナの取り分を引いた分全部と、魔王軍撃退後の解放でかけあうか……
「見るだけ見て、買わなくてもいいのか?」
「もちろんでございます。バルツ様のような高名な方に足をお運びいただくだけでも、当店に箔がつきますので」
「…………」
さっきから、ずいぶんおだててくる。怪しいと言えば怪しい。別に金持ちでもない俺が上客にならないことは、よく知っているだろうに。
とはいえ、奴隷を見るだけでもいいと言うのなら、特に逃げる理由もない。万が一役に立ちそうな奴隷が買えれば幸運だし、収穫がなかったとしても時間を少し費やすだけだ。
「分かった……それじゃ案内してもらおうか」
「はいっ! どうぞこちらへ!」
こうして俺はミドタスに連れられ、彼の店に向かった。
☆
「あれが、わたくしの店でございます」
ミドタスの店は王都の外縁近くにあった。そこそこ大きな建物だ。ところが店に近づいたとき、俺は異変に気付いた。店の建物から細く煙が上がっている。
「おい、あれは何だ?」
指をさしてたずねると、ミドタスは慌てた。
「へ……? ま、まさか火事!?」
急いで店に走っていくミドタス。彼がドアを開けて中に駆け込んだので、俺も後に続いた。建物の中は薄暗い大きな倉庫になっていて、奴隷を入れるのであろう檻が、何十となく置かれている。奥の方からは、焦げ臭い匂いがただよってきていた。
「今帰ったぞ! あの煙は何だ!?」
「だ、旦那様!? 申し訳ございません。失火のようでございます」
使用人らしい男が現れ、ミドタスに頭を下げる。その男を、ミドタスは怒鳴り付けた。
「早く火を消せ! 商品は……奴隷は無事なのか!?」
「申し訳ございません!」
そこへ別の使用人が走ってきて、ミドタスに告げた。
「商品の奴隷が一人、火にまかれました! かなりの火傷です!」
「何だと!? すぐ運んで来い!」
やがて二人の使用人が、担架で一人の奴隷を運んできて床に下ろした。褐色の肌に尖った耳。ダークエルフか。顔から上半身にかけて広い範囲が焼けただれており、胸のふくらみで辛うじて女性と分かる。
「急げ! 急げ!」
また別の使用人がやってきて、手に持った桶からダークエルフに水をぶっかけた。さらに2、3人が桶で水をぶっかける。少々乱暴だが、応急処置としてはやむを得ないだろう。しかし、これだけでは……
俺は前に進み出ると、使用人達を押しのけた。
「どけ!」
「な、何ですかあなたは!?」
「やめんか、無礼者!」
抗議の声を上げた使用人を、ミドタスが怒鳴り付ける。
「このお方は有名な魔道士様だ! 黙ってお任せせんか!」
「し、失礼いたしました!」
使用人達が下がっていく。俺はダークエルフの側に両膝をつくと、魔力を集中して回復魔法をかけようとした。
「回……」
そのとき、俺はふと違和感を覚えた。回復魔法を中止し、ダークエルフの火傷を注意深く観察する。
「…………」
「バルツ様……?」
ミドタスが怪訝そうにするが、構わず観察を続ける。目を近づけてよく見ると、ダークエルフの火傷には治りかけている痕跡があった。その上、着ている服の焼け方と火傷の位置が、微妙に違っている。
そうか。そういうことか。
事情を理解した俺は、自分の浅はかさに心底うんざりした。
「ど、どうされましたバルツ様!? 早く回復魔法を……」
「ミドタス……お前、どういうつもりだ?」
「な、何がです……?」
「この火傷は、今できたものじゃない。少なくとも数日は経っているな」
「なっ、なんでそれを……」
ミドタスは目を丸くし、瀕死の魚のように口をパクパクさせた。