16.メリレイナの剣(後編)
俺とメリレイナは、来たときと同じく馬車に乗せてもらい、マックルーン商会の館を出た。
行き先はメリレイナの家ではなく、冒険者ギルドにしてもらう。マックルーン商会から武器補償の話が正式に行く前に、下話をしておいた方がいいと思ったのだ。
ギルドの建物に着くと、俺は受付嬢のレファティラに事情を説明した。聞き終えたレファティラは、俺達をギルドマスターの部屋に案内する。
机を挟み、ギルドマスターと向かい合って座った俺は、改めて事の経緯を話した。
「……というわけで、マックルーン商会から話が来ると思う」
「そうか……」
あの模擬戦の日以来、髪型をばっちりキメているギルドマスターは、腕組みをして俺の話にうなずく。
「うまくやりやがったな。依頼に参加した冒険者全員の武器まで補償してもらえるとは、ギルドとしてありがたい限りだ。でもお前、本当にこれで良かったのか? 俺が言うのも何だが、マックルーン商会のお抱えになるっていうのも、そう悪い話じゃないと思うぞ」
「いや、それはちょっとな……」
作り笑いを浮かべ、曖昧に誤魔化す。
俺は、魔王を倒さなくちゃいけないんだよ。マッセン達より先にな。
☆
二日ほどして、メリレイナの家にマックルーン商会の迎えの馬車がまたやって来た。メリレイナと一緒にそれに乗ると、王都にあるマックルーン商会の店舗の一つに着く。
「お待ちしておりましたぞ。バルツ殿」
「これは……」
案内されて奥の部屋に入ると、マックルーン翁が俺達を出迎えた。来ているとは思わなかったので、少々面食らう。マックルーン翁は机の上に並べられた十振り余りの剣を誇らしげに示した。
「ご覧くだされ。王都でも名を知られた職人の手になるものをそろえました。この中からバルツ殿がどの剣を選ぶか、学ばせていただきたいと思いましてな」
俺は、鞘に納められた剣達を眺めて言った。
「恐れ入ります。拝見いたします」
「どうぞ……」
俺は用意された剣のうち一振りを抜き、外見から分かる刃の形や焼きの入り方を改めた。それから鑑定魔法を発動させる。
「鑑定」
スキルの力で剣身を透かし、芯金がどう入っているか、打ち損ねがないかを観察する。残った剣も、同じように鑑定した。
「なるほど……」
さすが、マックルーン翁が選ばせただけあって、どれも一流の品だった。ただ……
メリレイナの方をちらりと振り返る。彼女が提げている鞄には、先日の戦いで折れてしまった剣が入っていた。強化されたメリレイナの力に耐え切れず折れたのだ。今鑑定した剣はどれも、メリレイナの折れた剣より、多少質がいい程度だった。体の頑丈な魔族との戦いに使えば、きっとまた折れてしまうだろう。
「…………」
ふと思う。もしかしたら、マックルーン商会の扱う剣の中には、今並べられているもの以上の業物があるんじゃないだろうか。
これを言えば、マックルーン翁の機嫌を損ねるかも知れない。今後は出入り禁止になる可能性もあるだろう。
それでも、マッセン達より先に魔王を倒すためには……賭けてみるしかない。
腹を決めた俺は、マックルーン翁に向き直って言った。
「マックルーン商会ともなれば、王都だけでも数多くの剣を扱っているでしょうね」
「? その通りだが……?」
「もし、ご迷惑でなければ、それを全部拝見してから決めたいと思います」
「ぜ、全部ですと!? 千振り以上にはなりますぞ!?」
「はい。構いません」
目を丸くしていたマックルーン翁だったが、俺が真剣なのを感じ取ったらしく、もう一度問いかけてきた。
「わたくし共の扱う商品の中に、わたくし共も気付いていない逸品があるかも知れない、とおっしゃるのですな?」
「お気を悪くされるかも知れませんが、その可能性も……」
「面白い。その挑戦、受けて立ちましょう」
マックルーン翁は、側にいた部下に命じた。
「この店の剣を、全て持ってくるのだ。他の店舗の品は、今日の商いが終わり次第ここへ運べ」
「し、しかし旦那様。いくらなんでも王都中の剣とは……」
「早くせんか」
「はっ、はいっ!」
部下達が慌てて外へ走っていく。俺は恐縮してマックルーン翁に言った。
「そんなに手間をかけてもらわなくても、こちらで店舗を回ってもよかったんですが」
「いいえ。バルツ殿は目利きに集中してください。その代わり、どうなるかしっかりと見届けさせていただきますぞ」
「……ありがとうございます。ご迷惑をおかけしただけのものをお見せします」
そう言って、俺はマックルーン翁に頭を下げた。
☆
しばらくして、俺は最初の部屋より広い部屋に通された。そこに剣が次から次へと運ばれてくる。
「鑑定」
運ばれた剣を、俺は一振り一振り鑑定した。
「これは焼きが甘いな。これは芯金が少し偏っている。これはハンマーの入り方が微妙だ。これは……」
状態の悪いものは部屋の隅に移し、良いものは候補としてとっておく。そうやって何百振りと鑑定していくうちに夜になった。マックルーン翁はすでに別室で休んでおり、ずっと俺の作業を見ていたメリレイナも、いつしか床に横たわって寝息を立てていた。
「…………」
一度鑑定を中断し、毛布を借りてきて彼女の体にかける。それからまた、俺は鑑定を始めた。
「鑑定……」
☆
夜が明けた。
「…………」
窓から朝日が差し込む中、俺は床に座り、最終候補の中から選んだ一振りの剣を手にしていた。
千回以上連続で鑑定魔法を使ったため、魔力はほとんど枯渇していた。心身も消耗して目が霞み、頭もぼんやりしている。帰ったらすぐにぶっ倒れることだろう。
やがてメリレイナが目を覚まし、勢いよく体を起こした。
「あっ! す、すみません、バルツさん。私、寝てしまって……」
「いいんだ。そんなことより、やっと剣を選び終えたぞ」
「ああ……バルツさん、ありがとうございます……」
程なくして、マックルーン翁を始め商会の人達が部屋に入ってくる。俺は手にしていた剣をマックルーン翁に示した。
「この剣を、頂戴したいと思います」
マックルーン翁は剣を見るや、不審そうに首を傾げる。
「……バルツ殿は、わたくし共を見くびっておられるのですかな?」
「と、おっしゃいますと?」
「この剣は当店の商品の中でも安物の部類……言っては何ですが、無名の職人が作ったものです。昨日も申しました通り、ここには高名な職人の作がいくつもそろっております。バルツ殿ならば一目見れば分かるはず。よもや高額な剣を選んで受け取れば、わたくし共が不快に思うとでもお考えかな?」
俺は、首を振って答えた。
「いいえ。そうではありません。その証を今からお見せしましょう。メリレイナ」
「はい。バルツさん」
「この剣を使って、試し切りをしてほしい」
「かしこまりました……」
やがて、試し切りの準備が整った。台の上に、メリレイナが前に使っていた剣が、刃を上下にして固定されている。二つに折れたうちの切っ先側だ。
メリレイナは俺が選んだ剣を両手で持ち、高々と振りかぶった。全員の注目が、台の上の剣に集まる。
「「「…………」」」
そして場の緊張が頂点に達したとき、メリレイナは気合と共に剣を振り下ろした。
「はあっ!」
キンッ!
「「「あっ!」」」
俺以外の全員が息を飲む。台の上に置かれていた剣が、真っ二つに切れたのだ。比較的細いところとはいえ、業物の剣が一撃で破壊されたのだから驚くのも無理はなかった。
「何と……お、お見せくだされ!」
椅子に座って見守っていたマックルーン翁は、立ち上がってメリレイナに近づくと、剣を受け取って凝視した。
「信じられん……こちらの剣には刃こぼれ一つできておらん……」
「ご覧の通りです。この剣は、ここにあるどの剣よりも強靭で切れ味に優れています」
「し、しかしなぜ、無名の職人の作った剣がこのような……」
「名の知れた職人の作るものだけが、良い品とは限りません。無名の職人の数多い作の中に、どんな有名な職人も及ばない質の良い物が埋もれていることもあるのです。今回はたまたま、マックルーン商会が扱う品の中にそれがあった……それだけです」
「よく、分かりました……」
マックルーン翁は、少し頭を下げつつ剣を手渡してきた。俺は同じように頭を下げて受け取ると、鞘に納めてメリレイナに差し出す。
「さあ、これはお前のものだ」
「ああ……ありがとうございます、バルツさん! 私、この剣でバルツさんのために何でも切ってみせます!」
そう言ってメリレイナは、剣を受け取り胸に抱きしめたのだった。
☆
数日後、冒険者ギルドを訪れた俺はレファティラに呼び止められた。近づくと、彼女は重そうな袋を取り出し、カウンターに乗せて見せる。
「これは?」
「バルツさんへの報酬の金貨です。マックルーン商会から」
「何かの間違いじゃないか? 例の護衛の報酬なら、もう受け取ってるぞ」
「いいえ。バルツさん、この間、剣の鑑定をなさいましたよね?」
「ああ。確かにしたが……」
「そのとき、バルツさんが高品質と鑑定した剣に高値で買い手がついたそうです。それで儲けの一部をバルツさんにと……」
「あっ……」
そうだった。俺はあのとき、最終候補として残った剣を元の場所に戻さないまま、放置して帰った。それを目ざとく見つけたマックルーン商会が、どこかの金持ちに売りつけたのだろう。
「やるな……」
思わず苦笑が漏れる。さすがは名うての商会、ただ感心するだけでは終わらないというわけだ。
「……しかし、この金は受け取れないな。ギルドを通して鑑定の依頼を受けたわけじゃないから、受け取ったら俺がマックルーン商会と直接取引をしたことになっちまう」
そうなれば、今回の交渉の意味がなくなる。金は辞退しようと俺は考えた。するとレファティラが微笑んで言う。
「ですので、改めて鑑定の依頼が来ています」
「どういうことだ?」
「買い手のついた剣の鑑定を、もう一度バルツさんにお願いしたいということです。この報酬は、その鑑定料という位置付けで……」
何とも、手の混んだ話だった。確かにそれなら、ギルドを通り越してマックルーン商会と取引をすることにはならないが……
「面倒だとは思いますが、できれば受けてもらえませんか? 受けてもらえると、ギルドにも仲介料が入ります。ですので、ギルドに恩を売ると思って……」
やれやれ。儲ける気のなかった鑑定で金をもらうのは少し気が引けるが、ギルドも得をするという話なら仕方がない。
「分かった……」
俺はうなずき、レファティラの差し出す金貨の袋を受け取ったのだった。