14.メリレイナの剣(前編)
おそらく様子をうかがっていたのだろう。俺の呼びかけに応じて、冒険者達が谷の入口側から姿を見せた。最初は2、3人が恐る恐るこちらに近づいてくるだけだったが、危険がないと分かると全員が集まってくる。
「ほ、本当に魔族を……?」
「ああ、やったぞ」
俺が答えると、たちまち大きな歓声が上がった。
「助かったぞ! 凄いな、バルツパーティーは!」
「一時はどうなるかと思ったぜ!」
「荷物も大半は無事だ!」
喜びに沸く冒険者や兵士、それにマックルーン商会の人達。彼らの声を背に、俺はグゼリグが倒れた場所に歩いていった。そして、折れて2つになった剣のうち、柄の付いた方を拾い上げる。
「バルツさん?」
「折れちまったな……」
「はい……」
冒険者ギルドマスターとの模擬戦のとき、1度この剣を持たせてもらっていたが、改めて外見と、それから折れた部分を観察する。そして鑑定スキルを発動し、剣の内部を透かして見た。
「鑑定……」
Sランク冒険者の持ち物にふさわしく、決して粗悪品ではなかった。むしろかなりの業物だ。だが、俺のバフで強化されたメリレイナのパワーに耐え切れず、折れてしまった格好だ。
これよりももっと頑丈な剣を手に入れて、メリレイナに持たせたいところだが……
☆
翌日、俺達はギラーヴィーの町に到着した。そこでとりあえずメリレイナが使う、予備の剣を買う。あまりいいものは手に入らなかったが、剣なしでは戦えないので仕方がなかった。そして、マックルーン商会の取引が終わると、俺達は王都への帰路についたのである。帰りは慎重に、待ち伏せをされていないか警戒しながら移動したのは言うまでもない。
☆
メリレイナと一緒に冒険者ギルドを訪れると、受付嬢のレファティラが俺達を出迎えた。
「またまた大活躍でしたね、バルツさん! 魔王軍の幹部を倒したって噂になってますよ!」
「そうか……依頼料は全額もらえそうかな?」
「もちろんです! マックルーン商会からも、ぜひまたお願いしたいとのことでした!」
「良かった……」
俺は胸をなで下ろした。失われた荷物の分を差し引くとかゴネられたときのために、依頼料を全額払うという書面を現場責任者のボーノルグに書かせたのだが、無用だったらしい。
「それから、今回の依頼達成で、バルツさんの昇格が決定しました。個人ランク、パーティーランクが共にEとなります。おめでとうございます!」
「ありがとう……」
俺はうなずいた。ランクが上がったことで、受けられる依頼の幅が広がる。魔王討伐という目標に、一歩前進だ。
「2回目の依頼で昇格なんて、バルツさんぐらいですよ。もちろん私は、バルツさんならそうなってもおかしくないと思ってましたけど……これからも頑張ってくださいね!」
「あ、ああ……」
レファティラが俺の手を取る。どう返していいか迷っていると、メリレイナが無言でレファティラの手を俺から引きはがした。
「何をするんですか!」
「勇者パーティーの尻馬に乗って馬鹿にしてた人が、汚い手でバルツさんに触らないでください!」
「何ですって!?」
「お、おい、その辺で……」
揉め始めたメリレイナとレファティラを、俺は慌ててなだめた。
☆
やっとのことで喧嘩を収め、メリレイナの家に戻ると、家の前に1台の馬車が停まっていた。それほど大きくはないが、高級な造りだ。誰の馬車だろうか。不審に思っていると、中から身なりの良い男性が降りてきた。
「失礼、バルツ様とメリレイナ様ですね?」
「そうですが、あなたは……?」
「マックルーン商会からの使いで参りました。お2人に、当商会までお越しいただきたいのですが……」
「「…………」」
どういうことだろうか。俺はメリレイナと顔を見合わせてからたずねた。
「恐れ入りますが、どういった御用向きでしょうか?」
「それにつきましては、お越しいただいてからお話しさせていただきたく……」
「…………」
どうも要領を得ない。とはいえ、おそらくマックルーン商会は冒険者ギルドにとって重要な取引先だろう。あまり無下に招待を断るのもためらわれた。とりあえず馬車に乗ることにする。
馬車の中で、俺は使いの男性にたずねた。
「それにしても、よく俺達の住んでいるところが分かりましたね。冒険者ギルドで聞いたんですか?」
「いいえ、我がマックルーン商会は、常に王都内の事情に気を配っております。名高い冒険者のおられるところぐらい、把握しておかないことには……」
「…………」
少し得意そうに答える使いの男性。マックルーン商会の情報網がそれだけ大したものだと言いたいのだろうが、正直、あまりいい気分はしなかった。
馬車はやがて王都の中心からやや外れた、豪勢な建物に到着する。その中の一室に俺達を案内すると、使いの男性は立ち去っていく。
「間もなく番頭が参りますので、おかけになってお待ちください」
「はい……」
言われた通りソファーに座って待っていると、やがて小柄な中年の男性が入ってきた。この人が番頭なのだろう。立ち上がって迎える。
「お待たせいたしました。番頭のトワルブでございます。どうぞおかけください」
「恐れ入ります」
俺達が座り、トワルブも向かいのソファーに座る。まずは俺の方から口火を切った。
「このたびはお招きに預かり、恐縮です」
「突然お呼び立てし、お2人には申し訳なく思います。先日の依頼の件ですが……」
「はい」
「わたくし共の任命した現場責任者が、大変なご迷惑をおかけしました。一刻も早くギラーヴィーに着きたいと気が急いていたようで……バルツ殿には不快な思いもさせ、申し訳なく思います」
何かと思ったら、その話か。俺は答えた。
「ご丁寧に、痛み入ります。しかし、その話はマックルーン商会様と、依頼を仲介した冒険者ギルドで話し合われるべきことかと。俺達末端の冒険者に、直接お話しいただく必要はありません」
「いいえ、それではわたくし共の気が収まりません。聞くところによれば、そちらのメリレイナ殿の剣が戦闘で失われたとのこと。よろしければ、代わりの剣を当商会から提供させていただきたいのですが……」
「…………」
なるほど、そう来るわけか。俺は腕組みをして考え込んだ。