13.魔王軍の幹部を撃破しました
「はああっ!!」
裂帛の気合と共に、メリレイナが踏み込んで斬り付ける。グゼリグは先程の障壁を前方に展開し、斬撃を受け止めた。だが、完全には勢いを殺し切れず、一歩後ろに下がる。
「ぐうっ! 何だ、この力は!? しかし、この程度では……」
グゼリグが右手をかざすと、その先の部分だけ障壁に穴が開く。続いて手から光球が放たれ、障壁の穴を通ってメリレイナに襲いかかった。
「くっ!」
メリレイナは横に跳んで光球を避ける。光球は地面に命中し、当たった部分を砕け散らせた。
「…………」
俺は、停まった馬車の陰から様子をうかがっていた。そこを出て後ろに下がる。
やはり、魔王軍の幹部というだけはある。そう簡単には勝てないか。メリレイナはもう1度踏み込んだ。今度はグゼリグの脚を薙ぎ払いにかかる。
「えいいっ!」
「無駄だ!」
またしてもメリレイナの斬撃は、障壁に阻まれた。すかさず光球が撃ち出され、メリレイナは斜め後ろに跳んでかわす。
「クックック……人間にしてはなかなかの剣技だが、我が障壁を打ち破って私に傷を付けることはできまい。そして私は、この障壁の中から好きなだけ攻撃を放つことができる。いくら避けようとも、いずれ命中するのは必定。もはや勝負あったな」
「…………」
メリレイナは1歩、後ろに下がった。逆にグゼリグは前進する。
「力の差を悟ったか? だが、今更逃げ腰になっても遅い!」
「くっ……」
メリレイナは、踏み込んでの斬り付けを繰り返した。そのたびに防がれ、光球で反撃される。
メリレイナはだんだん光球をかわし切れなくなり、体をかすめるようになった。そのたびに俺は、後ろから回復魔法をかけていく。一瞬だけ痛みを感じるかも知れないが、負傷は残らない。
そしてメリレイナは、徐々に後退していった。俺が言った通りだ。
いいぞ。もう少しだ。もう少しでグゼリグの隙を突ける。
「無駄と言っているのが分からんのか! この猪突猛進女が!」
移動を続けるメリレイナとグゼリグは、やがて停まっている馬車の横までやってきた。そこでまたグゼリグは、右手から光球を放とうとする。
「死ね!」
この時を待っていたよ、グゼリグ。
不意に、倒れていた馬車馬が突然起き上がり、後ろ足で立ち上がった。あらかじめ俺が負傷を治した上で、テイムしておいたのだ。動けないとグゼリグに思わせるため、今まで倒れたままにしておいた。馬は前足の蹄で、グゼリグを踏み潰そうとする。
「ヒヒイィン!」
「ちっ!」
さすが、グゼリグの反応は早かった。障壁を側面上方に延長し、踏み付けてきた馬の蹄を受け取める。だが、光球を放つために開けた穴がそのままだ。俺は叫ぶ。
「今だ、メリレイナ!」
「えいっ!」
メリレイナは素早く踏み込むと、障壁の穴から剣を突き入れた。剣の切っ先が、グゼリグの喉笛に突き刺さる。
「ガッ!?」
魔力の集中が途切れ、障壁がなくなった。メリレイナは剣を引き抜くと、斜め上からグゼリグの左の肩口に斬り込んだ。
「はあああっ!!」
「ぐあああっ!!」
人間ならこれで一刀両断となるところだが、グゼリグの体は頑丈だった。肩口から斜め下に斬り進み、背骨を断つか断たないかのところで、メリレイナの剣は折れる。
ガキンッ!
「お、おのれ……」
グゼリグはまだ倒れない。メリレイナは剣の柄を逆手に持つと、折れた剣の断面でグゼリグの顔面を突き刺した。
「えいっ!!」
「ぐぎゃあああああああぁ!!」
さすがにこれは致命傷となったようだ。グゼリグの断末魔の叫びが谷に響き渡る。やがて静寂が戻ると、グゼリグの顔から剣が抜けて、体はゆっくり地面へと崩れ落ちていった。
その様子を見守る俺とメリレイナ。横たわったグゼリグの体は、やがて黒い霧のようになって空中へ散っていく。後には、中程で折れたメリレイナの剣の切っ先が落ちているだけだった。
「「…………」」
しばらくの間、静寂が続く。様子をうかがうが、魔王軍の新手は現れないようだった。グゼリグの部下の魔物達は、全て撤収していったのだろう。
メリレイナは、俺の方を振り返る。
「バルツさん……私、魔王軍の幹部を……」
「ああ……見事だったぞ」
俺が褒め称えると、メリレイナは折れた剣を捨てた。同時に、彼女の着ていた革鎧が落ちる。回復魔法で怪我は治せても、装備までは修復できないのだ。
「バルツさんの指揮のおかげです。私1人じゃとても……」
「…………」
「バルツさんっ!」
「うわっ!」
メリレイナは、肌着姿で俺に飛び付いてきた。そして両腕で俺の頭を抱き締める。メリレイナの両足は、地面から浮いていた。慌てて両手で彼女の体を支える。
「お、おい、やめろって……」
「えっ? もしかして私、重いですか……?」
「いや、重いとか軽いとかの話じゃ……」
鎧のないメリレイナの胸に、顔がぐいぐい押し付けられる。呼吸が苦しくなって気が遠くなり始めた頃、ようやくメリレイナは俺から離れて地面に降りた。
「ぷはあっ! 死ぬかと思ったぞ……これでも着ていろ」
「は、はい。すみません……」
俺は自分の上着を脱いで、メリレイナにかけてやる。それから俺は谷の入口に向かって、「もう大丈夫だ! メリレイナが魔族を倒したぞ!」と呼びかけたのだった。