12.続けて魔族が襲ってきました
「ううう……」
冒険者2人に支えられて引きずられてくるボーノルグは、痛そうにうめき声を発していた。魔物に襲われたものの、止めは刺されなかったようだ。なかなか悪運が強い。
「生きてましたね」
メリレイナが抑揚のない声で言う。俺もまた感情のこもらない声で、「そうらしいな」と返答した。
俺の側まで引きずられてくると、ボーノルグは苦しげに言う。
「な、何をしている……回復術師だろうが……早く治せ……痛たた……」
「ふうむ……」
俺はボーノルグの負傷の具合を観察した。手足や胴体に傷を負っているが、すぐに命にかかわるというほどではない。
この際だ。少し意地悪をしてやるか。
「それがですね……治して差し上げたいのは山々なのですが、今の戦いでかなり魔力を消費してしまいまして」
「な、何だと……?」
「しかも……荷物や馬車が大分やられたじゃないですか? そのせいで報酬が支払われないかも知れないと思うと、気が沈んで、ますます魔力が枯渇していくのを感じるんですよね……」
俺はうつむくと、ため息を吐いてみせた。ボーノルグは顔をゆがめて言う。
「わ、分かった……バルツ、お前に報酬を全額支払うよう、後でマックルーン会長に伝えておく……だから早く治療を……痛たたっ……」
「俺の報酬だけ出されても困ります。冒険者みんなが全額もらえないと、俺の魔力不足は悪化するかも知れません」
「そ、それは困る……いいだろう、全員分支払われるようにする……」
「結構です。ただ、後で言った、言わないの話になっても面倒なので、一筆書いていただけますか? そうすれば、俺の魔力不足は全快すると思います」
「くっ、足下を見やがって……やむをえん……」
渋々うなずくボーノルグ。そのとき俺は、背後に不吉な気配を感じた。前に飛び出すと、ボーノルグを支えている冒険者ごと体当たりで突き飛ばす。
「危ない!」
「うわっ!」
「何だ!?」
振り返ると、今まで俺達の立っていた地面がえぐれ、煙が立ち上っていた。
「バルツさん!」
メリレイナが駆け寄ってくる。俺は「大丈夫だ」と答え、攻撃が来た方に視線を向ける。
やがて、谷の前方から人影が1つ現れ、近づいてきた。姿形は人間の男性に似ているが、赤黒い肌に逆立った銀色の髪。そして頭の両側には、人間はにない角が生えている。魔族だ。
かなり大規模な襲撃だったが、魔族も来ていたのか。俺は立ち上がると、その魔族の方に向き直った。魔族が口を開く。
「魔王軍の幹部たる私が、隊商の襲撃ごときに赴くなど時間の無駄と思っていたが……そうでもなかったようだな。我が配下の魔物どもが、この有様とは」
「お前は誰だ?」
俺が話しかけると、魔族は答えた。
「我が名はグゼリグ。お前達の誰も、生きてこの谷を出られぬ。冥府にて我が名を思い出すが良い」
「そうか……」
「お前は確か、バルツと呼ばれていたな。もしや、勇者パーティーのバルツか?」
「ああ……そのバルツだ」
「フッ……知っておるぞ。勇者パーティーを追い出されたそうだな。優れた支援職を自ら追い出すとは、敵である我が魔王軍を助けるに等しい。勇者マッセンも、とんだ愚か者よ……」
「それはどうかな?」
「何……?」
そのときである。散らばっていた冒険者達が、俺の近くに集まってきた。彼らは口々に叫ぶ。
「魔王軍の幹部だと!?」
「くそっ! 殺されてたまるか!」
「相手は1人だ! やっちまえ!」
「ま、待て!」
俺の制止を聞かずに、冒険者達が一斉に攻撃魔法や矢を放つ。グゼリグは薄い膜のような外観の障壁を展開すると、放たれた攻撃をことごとく防いだ。それを見て冒険者達がうろたえる。
「なっ、何っ!?」
「全然効かないだと!?」
「バフのおかげで、威力を増しているのに!」
「無駄だ。その程度の攻撃で私に傷をつけることはできん」
グゼリグは悠然と近づいてくる。まずい。またあの攻撃を連発されたら、マックルーン商会の人や他の冒険者、兵士達は避け切れない。
「…………」
俺は、横にちらりと視線を送った。大岩が当たった馬車の馬が倒れて、苦しそうにもがいている。そしてメリレイナは剣を構え、戦う姿勢を見せていた。
よし、あれでいくか……
俺はグゼリグから目線を切ることなく、冒険者達に向かって叫んだ。
「みんな、攻撃しながら元来た方に戻れ!」
「な、何!?」
「商会の人達も連れていくんだ! 早く!」
「わ、分かった!」
冒険者達は、馬車を降りた商会の人達を連れ、兵士達と一緒に谷の入口に向かっていった。後には俺とメリレイナ、そしてグゼリグが残される。攻撃魔法が使える冒険者は、下がりながらグゼリグを攻撃した。
「くっ、小癪な!」
グゼリグはまた障壁を展開して攻撃魔法を防ぐ。その隙に俺は、冒険者や兵士にかけていたバフを解き、メリレイナ1人に集中してバフをかけ直す。今までにない力の高まりを感じたのか、メリレイナは感極まったような声を上げた。
「あああぁ……」
「頼むぞ、メリレイナ」
「はい、バルツさん……」
そして俺はメリレイナに近づき、耳元でささやく。
「長引きそうだったら、少しずつ後ろに下がれ」




