1.推しとの遭遇
その日は、カナリア…つまり私がエルリックと再会する日…ヒロインや攻略キャラクターたちが通うホワイトリー学園の入学式だ。
サブキャラの部屋や使用人なんて全然ゲームにも記載されていない為、なんとか誤魔化しながからやり過ごし、馬車で登校したが…これはあとで覚え直す必要があるなぁ…と考え事をしながら門から無駄に遠い校舎へ歩く。
空気の質が、色が、温度が、すべてが私を感動させる。長い石畳の向こうには豪華な建物が立ち並んでおり、周囲には制服を着た生徒たちが歩いている。
そんな現実をまだ受け入れないままぽーっと夢心地で歩いていると…
「やあ、」
突然聴き覚えしかない声をかけられ思わず勢いよく振り返った。
「カナリア…久しぶりだね」
柔らかな黒髪に、整った顔立ち。そして、常に少し不機嫌そうな表情。ゲームでしか見られなかった姿が今私の目の前にいる…緊張で手汗がすごい…!
「エ、エルリック……」
緊張で声が震える。転生前の私は、彼のガチ恋厄介オタクだった。一目見たその瞬間、数々のイベントやシーンが一気によみがえる。彼のその少し冷たいエメラルドの瞳…ああ、なんで美しいの…思わずぽーと見惚れてしまう。
「どうしたんだい? 君らしくないね、カナリア。またお得意の裁縫でもしていたのかい?」
エルリックは少し嫌味な言い方をしながら不思議そうに私を覗き込む。ゲームの記憶では、カナリアとエルリックは幼馴染で悪友のような嫌味を言い合うそんな存在…でも今の私はただの彼に恋する女の子なわけで、嫌味なんて一つも出てこない…!その綺麗な顔、愛しすぎる声…思わず感嘆のため息と共に小さく言葉が溢れ出す。
「…はぁ。好きすぎる……」
は!と気づいた時にはもう遅く、凄く小声だったとはいえ、思わず口をつぐむ。ゲームなら、このセリフは言えない。彼に好意を示すシーンはなく、ただ友人として振る舞うだけ。それがカナリア・クローチェの役割だ。
「…っ、ごほん。何か言ったかい?」
エルリックが一瞬目を見開いた気がしたが、すぐにいつもの不機嫌そうな顔にもどるそれは、そう全私を歓喜させるその冷たい目。
「な、なんでもないわ! 久しぶりに貴方の仏頂面に会えて嬉しいわ!」
私は何とか精一杯の嫌味を笑顔を返す。
「ふん、僕も朝から君のぼーっとした間抜け面に会えて嬉しいさ」
鼻で笑いながら彼はそう言う…ああ、ダメだ本当に好きすぎる…彼が私を見てる…なんか涙出てきた…オタクの感情とはジェットコースターな上コロコロ変わる。彼の生声やゲームでは分からなかった細かい表情の動きに思わず口元に手を当てて感動の瞬間を目に焼き付ける。
(私だけに向けられているこのご尊顔五億点!!!無料で見ていいわけない…お金を払わせて欲しい…)
オタクはすぐにありがたがるとお金を渡したがる生き物なのだ。
そんな私の心の中など分かるわけないエルリックは、ふんと口角をわずかに上げてこう言った。
「……本当に君は愚かな女だな」
ああ、よく作中でエルリックがカナリアに言っていたセリフ…大好きすぎる…でもこれはエルリックが絶対にカナリアを恋愛対象にみないという現実も同時に私に突きつけたのだった。
(それでも!大好き…!!!)
感動と切なさにわずかに涙が浮かぶ、そんな私にすぐ気づいた彼は驚きすぐに私の目の端を拭った。
「泣くのはやめたまえ…いつもの戯言だろう?そんなに君を傷つけたのかい?…レディ」
レディ…彼が親しみを込めてカナリアを呼ぶあだ名のようなもの。私はそれが更に嬉しくて…切なくてぽろぽろと涙が溢れていく。
「………っ本当に今日の君はどうしたんだい…ほら、ここだと周りの目もある…中庭のベンチへ…」
彼は人目を気にしたのか私の肩を抱き、スマートに中庭へエスコートした。
(あれ?この後は確か…ミリアと出会うイベントが…)
そんなことが脳内にチラつくが、今は肩に触れる彼の温もりに脳みそがパンクしそうになりながら歩くのに必死だった。