焦りと怖さ 秀嗣視点
八章、気になること辺りですね。
二宮で言われない言葉で罵倒された後、時折思い詰めるような表情をするようになった絵里子、上手く眠れていないときもあるのか表情が硬い時は増えた。
それでも帰ってきたことで安心した顔が増え、徐々に笑顔が増えていったことに俺も安心していた。
そして三宮での男共の視線を受けてまた絵里子の表情はどこか硬くきついものになった気がする、俺達に向ける笑顔は変わらないのに、時折違う雰囲気を纏うようになった。
最近また眠れていないことは明白で、恵子さんが気にして絵里子を構うが本人は見事に蹴散らしなんでもないといつも笑う。
ただ増えた思い詰めた表情に俺の不安だけ大きくなっていく。
あの日魘され『ごめんなさい』とうわ言を繰り返すあの姿が俺の脳裏を過り、だがここに帰ってきて男の俺が夜に女性の部屋に行くのも躊躇いがあり、今一歩踏み込めずいた俺は後からとんでもない後悔をすることになる。
「秀嗣、今いいか?」
「どうした?珍しいな」
「あー、最近の絵里子やねんけどさ」
普段なら宏達と生産をしている、特に今は転移陣を改良しているそんな時間に俺の部屋にやってきた拓斗、その言葉に俺は部屋に招き入れコーヒーを勧めた。
「はっきり聞くけど秀嗣から見てどない?」
「そうだな、どう言えばいいのかわからないが思い詰めてる感じがある」
「それにたぶん不安定で寝れてないやろ?」
拓斗の言葉に驚いてしまった、こいつはどこまで知っているんだろうか?
「高校の頃からあいつ眠り浅いって言っててん、なんかあるとすぐあかんくなるって」
その苦笑は何のためか、俺は考えたくなかった。
「俺から見てなんか焦っとるような、怖がってるようなそんな気がすんねん?」
「焦りはなんとなくわかるが怖がっている?」
「うん、俺も具体的にはわからんけど一つはインクのことやと思う」
「それは俺も思っていたがしかしあれは」
「普通に考えたら妥当なことや、これ以上あいつの血を使う必要は減らすべきこと」
なのにそれを絵里子だけが理解できていないと言うのか?
「納得、できんのやろうな、あほやから」
「理解でなく納得?」
「そう納得、自分ができることなら自分でいいやんてあいつは思ってるはず、それが当たり前やと」
「仲間なら補い支え合うものだろう?」
「そうや、それが一番や、やけど」
いつもなら物怖じすることもなくはっきり言う拓斗が言葉を濁す、それだけで俺は不安になる。
「自分は違うもんや、姫巫女やと思ってるやろ?」
その言葉は二宮のことを指しているのか、それとも三宮での女であることへの過剰な反応か。
「だからどっかで自分が背負うのが当たり前って思ってる、だからこそ今余計に焦って怖いんやとも」
「どうして拓斗はそこまでわかっていて絵里子を止めない?なぜお前が」
「言い方悪いけど近すぎるから、あいつにとって俺は友人で対等な存在や、姫巫女って言う異質な物の重りを分け合う相手やない」
その言葉に殴られてようね気がした、真剣な拓斗の目には考えて考えて悩み出した答えだとすぐにわかった。
「あいつはあほやから、真面目やから、優しすぎるから、重りを分け合うことは簡単にせん、けど秀嗣ならそれができるやろ?」
考えて考え抜いてそして今ここに覚悟を持って俺に話しをしに来たんだろう、託すと言うことを選んだ拓斗は俺よりも大人で絵里子を守る男に見えた。
「お前は、それでいいのか?」
「いいも何も秀嗣も俺も仲間やん?あいつがそれにほんまの意味で分かってないだけで」
どこか苦笑のようなそんな笑顔に見えるのは俺の邪推のせいだろうか。
「ただ俺はもしあいつの守り手になる機会があればなると思う、宏さんには智がおったら十分やし、絵里子は家族に出さんもんが多すぎる、そこをカバーできるんは秀嗣やと俺は思ってる、けど付き合いの長さがあるからこそあいつが気付けん部分を俺が補えると思ってる」
それは真っすぐな目で真摯な言葉、俺が役不足なんではなく必要性だと言う拓斗はどこまで考えどこまで絵里子を理解しているのだろうか。
「拓斗にとって、絵里子ってなんなんだ?」
俺から出たどこか弱い声、それでも目の前の男は聞かれると思っていたんだろう。
「大事なもんやな、ぶっちゃけ性別関係なく失う気もないし守りたいそんな大事なもん、俺が人に絶望しきらんと諦めることなく居れたんは、達也もそうやけど絵里子のおかげも大きいから」
一度だけ拓斗に家族のことを聞いたとき、こいつはいつもの口調で簡単に縁を切ったから家族はいないと言い放った、それは無理してる風でもなんでもなく、飄々といつもと変わらない様子で。
「俺はあいつを失う気はない、たとえ相手が神だろうが人だろうが、ましてや絵里子本人だろうが知ったこっちゃない、俺は俺の意思であいつを引き留めるって決めてる」
真っすぐな言葉、本人はどうゆうつもりかはわからないがしっかりと覚悟の決まった男の顔、そして俺を仲間として頼り託すと決めた拓斗。
その姿に俺はいったい何を迷い何をしていたのかと自分を叱咤したくなる、この俺よりも若いこいつがこれだけのことを考え行動している、だったら俺にもできることはあると。
「わかった、これからも気付いたことがあったら教えてほしい、俺はまだそこまで絵里子に近づけていない」
「秀嗣は気づいてないだけでかなり近いで、じゃないとあいつはもっと気を使ってるはずやもん」
その言葉は俺を気遣っての言葉なのか本当なのか今の俺にはまだ判断がつかず、ただこの後に起こることを考えれば俺はもっと早くに拓斗と話しをするべきだったんだと思った。
とりあえず胡堂が男前だなと思いました、長いからこそ気付くことってありますよね。




