反省会
スタジアムの外にある小さな忍者フットサルコートに、2人の少年と少女はパス回しをしていた。
鈴木 大悟。
山名 無二。
Jリーグでも名の知れた、FWとして名高い2人だ。
何せこの2人、中学生である。
史上最年少でJリーグ入りを果たした新進気鋭の選手として、2人の名は日本中で話題になっていた。
小さい頃から忍者サッカーに夢中になった2人は、小学校を卒業と同時に地元のチーム、『雑賀ブラック・レイヴンズ』と契約して入団した。
鈴木 大悟と山名 無二の2人は、幼い頃から『雑賀ブラック・レイヴンズ』のサポーターであったからだ。
2人にとって、このチーム以外に入団する気持ちはサラサラ無かった。
鈴木 大悟。
サラサラの金色の髪に、猛禽類のように碧眼の鋭い双眸を持つ活発な印象のある少年だ。
平均的な身長ではあるが、引き締まった筋肉が身に付いているのは、ユニフォームの上からでも見て取れる。
日本人からすれば縁遠い風貌なのは理由があった。——彼はハーフであった。
父はアメリカにて忍者サッカーの選手として活躍する、鈴木 進太郎。
母はアメリカにて忍者サッカーで使用する忍法を研究する技術者の、シャーロット=メイトリクス。
アメリカでは、最新技術によって『忍法』を再現する研究が活発だ。
大悟の母のシャーロットは、そのような種類の研究を行う技術者である。
忍者サッカー選手の父と、忍法を研究する技術者の母。
誰に言われるでもなく、大悟は忍者サッカーに夢中になった。
実際、銃を使う雑賀スタイルの忍者サッカーは、大悟の性格的にマッチしたプレイスタイルであった。
邪魔なプレイヤーは遠距離から一方的に銃で攻撃する。
シンプルなこの戦術は、自分でも直情的だと思っている大悟の性格に噛み合っていた。
そして、山名 無二。
黒髪ショートカットの髪型に、仔狸顔が特徴の女の子である。
大悟と違い、彼女は人間ではなく、『豆狸』の半妖であった。
得意とする忍法は『認識慮外の術』。
警戒されればされる程、視界に入っても敵チームの選手と認識されない忍法である。
どんな警備すら突破して日本酒を失敬する妖怪『豆狸』らしい忍法である。
この忍法を無二が使えば、マークをすり抜けていつの間にかベストポジションを維持し、敵陣に突入するという離れ業をやってのけるのだ。
銃撃や身体能力で強引に敵陣を突破する大悟と、マークをすり抜けて敵陣に潜入する無二。
大悟と無二は、ずっと地元の小学生忍者サッカーチームに所属し、忍者サッカーを通して成長した仲である。
大悟がボールをキープしたまま敵陣に切り込み、神出鬼没の無二がフォローして敵陣を制圧し、フリーになったどちらかがゴールを決める。
この戦法で、数々のゴールを決めた無敵のゴールデンコンビであった。
無論、負ける時もある。
そんな時、2人はこうやってパスをし合いながら反省会をするのだった。
サッカーの反省はサッカーをしながらやる。
誰が決めたのかも忘れた決まりだったが、2人だけの反省会はパスをしながら行うのがモットーであった。
「今日の試合、俺が駄目な所があった」
大悟が無二にパスを送りながらそう言った。
「うん」
大悟からのパスを受け止め、無二が答える。
「煙玉の数をプレイ中に失念していた。スノウ・チルドレンのディフェンスは忍具無しには攻略できない」
「そうだね。それでキーパーとディフェンスの2人の対処が遅れた」
無二の反応は適格だった。
一瞬でも判断を誤れば、忍者サッカーにおいては致命的な隙となる。
縦100m。横200mの巨大な忍者サッカーフィールドであったとしても、時速100kmで戦う忍者にとって、このフィールドはあまりにも狭い。
無二がインサイドキックで大悟にパスを送る。
大悟はそれを受け止め、何度かリフティングを交えて、再び無二にショートパスを出した。
「あのミス以外で俺に何かある、無二?」
大悟が問い掛ける。
「あるよ」
無二が大悟にショートパスを出して、そう答えた。
「安部選手に『安部!』って怒鳴ってたでしょ。感じ悪いよ? 幾ら嫌な忍法使われたからって相手選手を怒鳴っちゃダメだよ」
「う。ごめん、熱くなってツイ……」
ボールを受け止め、少しだけうな垂れる大悟。
自分でも年上の選手を怒鳴るのはどうかと思っていた所だった。
「ダメだよ、プロなんだから。それに私、大悟が汚い言葉を使っているの見たくないよ」
無二が悲しげな声でそう言った。
そう言われると大悟も折れるしかなかった。
熱くなりすぎた自分をいつも戒めてくれた相棒の言葉である。
「解ったよ、無二。気を付ける」
大悟はそう言って、再び無二にショートパスを出した。
「うん。ところで、私のダメだった所、ある?」
淡々とパスをインサイドで受け止め、無二が問い返した。
「うーん、何も無いな、今日の試合だと。フォローのタイミングは完璧だったし」
大悟はそう言って、腕を組んで考え始めた。
考えているのは、やはり今日の相手選手である『黒巾木スノウ・チルドレン』のキャプテン、安部 凍流選手の事だった。
宮城県を拠点とする『黒巾木スノウ・チルドレン』。
選手の大半が鎖鎌で武装し、中距離から近距離戦を得意とする忍者サッカープレイを行う。
『雪女』の半妖となった忍者サッカー選手が多く在籍し、プレイスタイルは幻術、もしくは氷遁系の忍法が多用している。
後、イケメンが多いので女性サポーターが多いのが有名である。
「まぁ、今回は良い事もあったな」
大悟はそう言って、今日の試合を振り返る。
「良い事?」
無二がショートパスを出して尋ねる。
「『黒巾木スノウ・チルドレン』が氷雪人兵の術を披露したのは、今日が初めてだ。それを経験できたのは、プラスだと思う」
大悟はポジティブな気持ちでそう言った。
忍法芝生の上を転がるサッカーボールを受け止め、再びインサイドキックで無二にパスを送る。
「それで、何かあの術を突破する方法は考え付いた?」
パスを受け取った無二が、大悟に問い掛けた。
「ああ、考え付いた。——サッカーで勝つ!」
大悟は静かに、そう答えた。
大悟の視界には、GKの土橋が手を振って迎えに来てくれているのが見えた。
「キャプテン!」
2人は土橋に向かって駆けだした。