忍者サッカーとは
人間と妖怪が共生する国、日本。
そんな国がアメリカ合衆国と戦争し、敗戦したのは今や昔。
占領時、GHQは日本政府に『忍者』の存在を公にするように命じた。
この結果、日本中の『忍者』が世界の白日の下、晒される事となった。
そして、世界は知る事になる。
世界中にも『忍者』が居た事に。
そう。
『忍者』はあらゆる国に存在したのである。
ある国では『ウィザード』として、またある国では『ドルイド』として。
GHQは『忍者』の存在があまりにも強大であると判断し、その処断を国際連合へと丸投げした。
常任理事国は全会一致で、世界中の『忍者』にあらゆる『忍者的』な活動を禁止させた。
仕事を失った、世界中の『忍者』達。
彼らは『忍者』らしく秘密裏にフランスのパリで会合を開き、ある決定を下した。
「そうだ、サッカーしよう」
誰が言ったのかは不明だが、この一言により、彼らは、プロ忍者サッカーの国際競技連盟を設立したのである。
Fédération Internationale de Ninjya Football Association。
国際忍者サッカー連盟――通称、『FINFA』が設立した瞬間であった。
『忍者』達は己の仕事を暗躍から、スポーツ興行に方針を改めたのである。
これが、忍者サッカーの始まりであった。
そして時は流れ、現代。
銃弾、火薬、忍法、忍術フィールドに乱舞する派手なサッカーが、世界中の人間の心を掴んだ。
忍者らしく、あらゆる武器の持ち込み、あらゆる忍具、あらゆる忍法を駆使して戦うそのサッカーは、沢山のスポンサーが付き、今や年間に100兆ドルのお金が動く巨大経済となっていた。
ちなみに、FINFAランキングにおける日本は10位圏内を上がったり下がったりを繰り返している。
箒に乗って変幻自在の空中戦を駆使するイングランド。
『ルーン』と呼ばれる特殊な忍法を使うウェールズ、アイルランド。
フィールドに『妖精』と呼ばれる意味不明な生命体を召喚するスコットランド。
『聖騎士魔法』を主体に戦うドイツ、フランス、イタリア。
最新のサイボーグテクノロジーで忍法に立ち向かうアメリカ。
超能力戦士でフィールドを制圧するロシア。
『忍者』でフィールドを駆け巡る日本。
以上が、世界を席巻する10カ国であった。
そんな日本にて、異色な忍法を駆使して戦うプロサッカーチームがあった。
銃を主体に装備し、遠距離から一方的に相手の忍者サッカー選手を射殺する戦法を得意とする忍者サッカーチーム。
和歌山を拠点に戦うこのチームの名を『雑賀ブラック・レイヴンズ』と言う。
エンブレムは、三本足の八咫烏であった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
前半を終えた『雑賀ブラック・レイヴンズ』のロッカーは親の葬式の後のような静けさであった。
それもその筈。
『黒巾木スノウ・チルドレン』に前半で大量失点したからだ。しかも、ホームグラウンドで、だ。
ホームグランドで負ける。
Jリーグのプロ忍者サッカー選手として、これは最大の屈辱であった。
「いつまで子供みたいに拗ねている、貴様ら!」
監督の雑賀 孫一が一喝する。
雑賀 孫一。
『雑賀ブラック・レイヴンズ』の監督にして、銃撃忍法の達人である。
この名前も世襲制で、実は本名じゃなかったりするが、その辺の説明は割愛する。
精悍な顔立ちに不精髭を生やし、右目には眼帯を巻いているので、忍者と言うよりも海賊を思わせる風貌であった。
さすがに監督の言葉に、『雑賀ブラック・レイヴンズ』の一同は顔を上げた。
「すみません、監督……」
GKでキャプテンを務める土橋 浩介が頭を下げる。
背の高く、筋骨隆々だが敏捷性に満ちた動きでゴールを護る『雑賀ブラック・レイヴンズ』の守護神だ。
負けは負け。
大量失点は事実だが、状況的に幸いな部分も実はあった。
1つは、まだ前半戦という事であった。
前半終了の休憩時間は2時間。
忍法芝生の修復にはそれだけの時間を要するからである。
後半戦に向けて、気持ちを切り替えるのも、プロ忍者サッカー選手の矜持である。
幸い、今回の試合に死者はでても、|死亡者は居なかった。
鈴木 大悟もフィールドで死んだが忍法で蘇生に成功しているのである。
忍者サッカーで死者が出ても選手層に問題が生じないのは、大抵、蘇生忍法で簡単に生き返るからであった。
もっとも、それでも蘇生が無理な時は生じる。その時はチームとサポーターで悲しいお葬式が開かれる事になる。
後半戦には全員復帰できそうなのが、救いとも言える。
「よし。全員、戻り次第、後半戦のミーティングを始める。まだ後半戦がある。勝つ事を諦めるな!」
『はい!!』
雑賀監督の言葉にロッカーいた選手たちは気合の入った返答を送った。
両目に光が戻り始めたのを確認し、雑賀監督はロッカーを退出した。
監督が出て行った後、土橋はロッカールームを見回した。
今回の試合で一番負傷した選手2人が見当たらないからだ。
「岡、大悟と無二はどうしている? まだ治療室か?」
「はい、土橋さん。ま、復活したら戻って来るっしょ」
土橋の問いに、岡と呼ばれた角刈りの青年は、若者らしい軽薄な口調で答えた。
口調の通り、軽薄な性格の人間だが、ポジションはDFでセンターバックを担当する、防御陣の要を担う人物である。
「ふむ」
土橋は考え込んだ。
鈴木 大悟。
中学生ながらJリーグのプロチームと契約した逸材である。
死亡経験はある筈だが、プロの試合での死亡は土橋の中では初めての筈だ。
今日の試合、氷人形の選手の乱入の中、2人は最後まで戦い続けていた。
最後は両脚を忍法芝生ごと氷漬けにされて、身動きができなくなってしまったのだ。
FWの2人が欠けたのが、今日の試合が負けた決定打になった。
21対11が、21対9になってしまったからだ。
「キャプテン、あの2人に今日の試合に落ち度はありませんよ?」
鈴木 蛍という名の女性忍者サッカー選手が言う。
ヘアバンドで前髪をオールバックにした背の高い女性である。
忍者サッカーに男も女も大人も子供もない。
実力があればチームの一員になれるのは、国際常識である。
「解っている。それを言いに行く所だ」
言葉の通り、土橋は彼らを叱責するつもりは無かった。
むしろ、あの状況下で敵陣の中、ひるまずに戦い続けた大悟と無二のガッツを買ってすらいた。
だからこそ、土橋にとって、あの2人の闘志が折れていないかが気がかりであった。
「医療室に行ってくる」
土橋はロッカールームを後にした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
医療室に顔を出した土橋は、
「んー? あの二人なら出てったぞー」
鈴木 繁というチームの専属の忍者ドクターの返答を聞いて、少しだけ驚いた。
鈴木 繁。
灰色に染めた髪をオールバックにした、長身痩躯の優男である。
白衣を着崩しながら羽織った服装に、前述の通り、『雑賀ブラック・レイヴンズ』専属の忍者ドクターである。
背は高くて顔も丹精な男なのだが、仕事以外に興味を持たない性格上の問題があった。
それでも長い間、このチームに在籍しているのは、実力方面において高い信頼があるからだった。
「ロッカールームから此処に来るまで、アイツらとすれ違わなかったぞ? 出て行ったのは本当か?」
と、土橋は首を傾げながら鈴木医師に問い掛けた。
診た選手の事で嘘をつく男ではないと土橋は理解していたので、詳細を確認する事にした。
「知らんよ。治療忍法を施したら勝手に起き上がって、サッカーボール持って2人とも出て行ったからな。ま、忍者サッカー選手がボールを持ったんなら、行く所は1つだわな」
「ふー」と紫煙を吐き出しながら、鈴木医師はそう答えた。
不真面目を体現したような男だが、これでも治療忍法の腕は確かであった。
『忍者サッカーしたいと思っているなら、死人だって蘇らせてやる』と常日頃から豪語する男であり、土橋も何度か彼の治療忍法の世話になっている身だ。
忍者は死んでも死なないのは、こういった実力のある忍者ドクターが居るからであった。
当然、鈴木医師がこのチームに居る限り、このチームの選手は『死んでも死なない』。
嘘のような言葉だが、真実である。
ここ数年、チームから死亡や故障による退団は存在しないのだ。
復帰率はJリーグの中でもトップレベルの腕前を持っている。
無論、その立役者は鈴木医師であった。
「おーけー、ありがとよ、お医者様」
サッカーボールを持って出て行った。
行く所は1つ。
この情報さえあれば、土橋にとって、答えは簡単であった。
足は、ホームスタジアムの外にある、忍者フットサルコートへ向かっていた。
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