プロローグ
時代の影に潜み、人知れず暗躍を続けた闇の住人。
人知を超えた身体能力と、常識を逸脱した忍法を駆使し、闇から闇へと渡り歩く彼らを、人々は畏敬を込めてこう呼んだ。
『忍者』。
そんな彼らが歴史の表舞台に立ち、己が秘伝の技を駆使し、スポーツに昇華するなど誰が予想したであろうか。
時代は変わり、現代。
忍者は、サッカー選手になっていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ドォン!!
爆音と共に、白煙がフィールドに立ち上る。
『おぉっとぉ!! 『雑賀ブラック・レイヴンズ』の大悟選手ぅ、ここで煙玉だぁ!!』
興奮した実況の言葉に、観客から歓声が上がる。
もうもうと立ち込める白煙を突き破り、森林迷彩のユニフォームを身に纏った金髪の少年が、サッカーボールをドリブルしながら現れる。
場所は相手サイドのゴール前。
少年の視界にはキーパーとディフェンダーの2人が映っている。
後方からは、悪態をつきながらも体勢を立て直したもう1人のディフェンダーが駆け寄って来る気配を感じた。
少年は腰元のホルダーを探る。
有ると思っていた煙玉は無い。ホルダーは空っぽだ。
忍者サッカーにおける忍具の補充は、前半が終了するまで許されないのだ。
「クソっ!」
少年は悪態をつきながら、背中に担いだカービンライフル、『M4』を構えた。
忍者サッカーにおいて、武器の持ち込みは国際ルールで認められている。
死んでも殺人罪に問われないのは、国際常識だ。
理由は後述する。
邪魔な忍者サッカー選手を銃で殺害するのは、忍者サッカー選手にとって正当なムーブである。
無論、少年が狙うは邪魔な忍者サッカー選手は正面のディフェンダー1人とキーパー1人だ。
少年はドリブルしながら、ライフルの安全装置を指で弾く。
「死ねぇっ!!」
ガガガガガガガガガガガガガガガ!!!!!
鋼鉄の射撃音と共にフィールドの上を、本物の銃弾が疾駆する。
放たれた銃弾全てが2人のサッカー選手に命中した、かに見えたが……。
ドロン!! ドロン!!
相手のサッカー選手全てが爆音と共に、白煙に消える。
「なっ!?」
少年が驚愕の表情を浮かべる。
白煙が晴れると、青と黒のユニフォームを身に纏った丸太がフィールドに転がっていた。
『おおっとぉ!! 『黒巾木スノウ・チルドレン』! ここで『変わり身の術』を使ったぁ!!』
実況の声と共に、『黒巾木スノウ・チルドレン』のサポーターが歓声を上げる。
しかしボールをキープする少年にとっては、それどころでは無い。
忍者サッカーフィールドで相手チームの忍者サッカー選手を見失うという事は、己の死を意味するのだ。
忍者サッカー選手が試合中にフィールドで死ぬ。
これは国際忍者サッカー連盟においても、ごく普通の出来事と認識されている常識である。
しかし、金髪の少年の感覚は冴え渡っていた。
「上かっ!?」
少年は上空を睨む。
しかし、その時には既に2人の忍者サッカー選手は分銅付きの鎖を少年に投擲した瞬間であった。
金属が擦れ合う音と共に、二方向から放たれた鎖が、少年の体に巻き付いた。
「捕まったっ!?」
鎖で上半身がグルグル巻きに拘束された自らの体を見下ろし、少年の顔が怒りに歪む。
その怒りの矛先は慢心した己か、不意を突いた相手のサッカー選手か、それとも両方か。
「終わりだ!」
ディフェンダーのサッカー選手が分銅の先にある鎌を振り上げる。
キーパーはゴールポスト前に着地して警戒の構えを取る。
効率優先。
暗殺を得意とする忍者サッカー選手らしい堅実なムーブである。
絶体絶命。
少年が覚悟を決めたその刹那、――
パァン! パァン!
乾いた銃声が、フィールドに響く。
それと同時に、少年を拘束していた鎖がはじけ飛ぶ。
少年はすぐさま鎖を解き、フィールドを転がる様にして敵の鎌の攻撃を回避した。
それでも両足でボールを挟んでキープをする執念はJリーグで活躍するプロ根性の発露だ。
少年は転がりながら、後方に目をやる。
黒髪に鉢巻きを巻き付けた忍者サッカー選手が、両手に拳銃を構えながら、時速100㎞の速度で少年に向かって全力疾走で駆け付けて来るのが見える。
服装は少年と同じチームを示す森林迷彩のユニフォームだが、体つきは少女のそれであった。
「大悟っ、パス!!」
澄んだ少女の声が、その忍者サッカー選手から発せられる。
「頼んだ、無二!」
少年は少女の名を叫び、ボールをオーバーヘッドで蹴り上げた。
放物線を描いたサッカーボールを、無二と呼ばれた少女が小さな膨らみのある胸でトラップして受け止め、ドリブルを始めた。
パァン! パァン! パァン! パァン!
ドリブルする小柄な少女が、牽制とばかりに両手の拳銃の引き金をひく。
乾いた銃声が、フィールドに木霊する。
ゴールポスト目前まで切り込んだ少女のプレイに、『雑賀ブラック・レイヴンズ』のサポーターの歓声は最大にまで上がる。
拳銃を撃ちながら更に敵陣に食い込む少女を見やり、少年はグルグルと回転しながらフィールドの外に退避し、体に巻き付いた鎖を解く。
早く、フィールドに戻って少女を援護しようと、足を向けて駆けだす。
が、その時。
ピキピキピキピキ……!!!
少年のすぐ眼前に、氷が凍結する音を立てて、新たな選手が出現した。
それは、氷の人形である。
蒼銀色に輝く表情のない人の形をした氷の塊が、少年の行く手を阻むように立ちはだかった。
「なっ!?」
少年がいきなり眼前に現れた氷の人形に驚いて、素っ頓狂な声を上げる。
それはボールをドリブルする少女の方でも同じだった。
「何よ、こいつ等!?」
少年が目を向けると、少女の4方向から同時に氷で出来た人形4体が、ボールを奪おうと肉薄している所だった。
少年は相手チームの『黒巾木スノウ・チルドレン』がフィールドにいる人数を冷静に数えた。
3、6、9、……21人もいる!?
忍者サッカーにおいて、11対11で戦うのは原則ルールとして存在している。
しかし、例外も認められていた。
忍法で生成した仮初の選手の投入は、ルール違反ではないのである。
『おぉっとぉ、ここで『黒巾木スノウ・チルドレン』! 得意の氷遁の術で人海戦術に切り替えたぁ!! これで人数は21対11!! 『雑賀ブラック・レイヴンズ』、絶体絶命!!』
少年は相手チームの中で忍法を発動させている忍者サッカー選手を探した。
居た。
フィールド中央、センターサークルの中心にて、両手で印を汲みながら佇む一人の忍者サッカー選手。
線の細い、女性のように麗しい顔立ちに、流れるように長い黒髪を持つ忍者だが、体つきは男のそれである。
「安部っ!!」
少年がその忍者サッカー選手を、怒りを込めて怒鳴る。
『黒巾木スノウ・チルドレン』のFWにして、『不動のボランチ』の異名を持つ忍者サッカー選手。
試合中、絶対にセンターサークルから動かないFWとして、その異名がつけられたその忍者サッカー選手こそ、この氷の人形を作り上げた張本人であった。
「忍法、『氷雪人兵の術』……」
麗しい女性のような声で、安部は術の名を告げる。
その言葉と同時に、氷の人形も含めた21人が反撃を始めた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その日の前半、『雑賀ブラック・レイヴンズ』は、33-4の結果で惨敗した。
金髪の少年、鈴木大悟は凍死によって死亡した。
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