21 こえーよ
マラソン大会は、我が校のグラウンドでは行われない。全校生徒が男女別に走るので、もっと広い場所が必要なのだ。
PTAの方々にも協力をしていただいて、市営の運動公園の外周を走る。
男子は十一キロ(馬鹿じゃねえの?)。
女子は五キロ。
いかにもエセ進学校っぽい、やたらと走らせるやつな。ここで鍛えたメンタルが受験やその後の人生にうんぬん。
まあいいさ。そんなことはどうでもいい。
柚木さんが応援してくれるんだろ? そんなもん、ご褒美イベントでしかない。
いつもの待ち合わせ場所で合流して、駅まで行く。そこで横田もやってきて三人。電車の中で春木まで揃って四人。
むぅ……柚木さんと二人の時間が。
百歩譲って横田はいいとして、なんで春木までいんだよざけんな。
「ざけんなって顔してるね、トークロー」
「心を読むな妖怪め」
「日野くんはウチが誘ったんだけど。文句ある?」
「逆に文句がないと思ったのか?」
「指宿のくせに文句とは、生意気ね」
「なんだと」
「まあまあトークロー。麻婆豆腐の素あげるから落ち着きなよ」
「なんでそんなもん持ち歩いてんだよ気持ち悪いな」
紙箱に入った、これと豆腐だけで手軽に麻婆豆腐を作れるやつ。難易度で言うとカップ焼きそばより簡単。
なんでこんなもん出てくるんだよ。
素直にこえーよ。
「や、トークローが料理するって聞いてさ。どうせこんな感じでしょ?」
「舐めてんのか貴様」
純真無垢な顔面に一発いってやりたい気分だ。
「指宿くんと日野くんって仲いいよね」
「どこを見たらそうなるんだよ……」
「やぁ。柚木は見る目があるね。トークローとは血を分けた兄弟みたいなもんだからね」
「親友の段階すら飛び越すな」
一気に近づきすぎで怖いわ。
春木が身内? 想像しただけでゾッとする。こいつと美咲はさすがに会わせられない……。
春木はこう見えてエロいやつだから……ヤバいんだよこいつ。最近本当にヤバいんだって。
罪を犯してないだけでほとんど犯罪者だもんこいつ。
なにをやってるか言えないレベルなんだこれが……。
「でもなんだかんだ、指宿って困ると日野くんに頼るわよね」
「頼りがいのある男だからね」
「二度と頼らん」
「ま、メロンパン一つでいつでも駆けつけるよ」
変なところで友情に厚いやつだから、どうにもやりづらい。やりづらいからこそ、いつまで経っても友人でやれているのだろうが。
俺たちのしょうもないやり取りを、柚木さんはずっと笑顔で聞いていた。
なにがそんなに楽しいのだろうか。わからないけど、楽しそうならいいかと思う。
そんなこんなで運動公園に到着。
クラス毎に点呼があって、着替えたら開会式。少しの間を挟んで女子から走り始める。
それぞれが「嫌だなぁ」とか「だるいなぁ」とか「帰りたい」という思いを抱える中、俺はそわそわしていた。
一人だけ尋常ではないくらい、そわそわしていた。
心臓がバクバクしている。朝からけっこう緊張してたけど、到着してからひどい。
でも、言わないといけない。そうしないと後悔することになる。
決意を固めて、油の切れたロボットみたいに動いて、柚木さんのクラスのほうへ。近づいていくと、気がついてくれた。よかった。
「どうしたの?」
「ちょっといいかな」
「いいよー」
とことこと近づいてくる。はい天使。天使一名の入場です。
長引くようなものでもないので、適当に人の少ないところへ。ちょうどいい芝生広場がある。そうだな。ここに来てもらうことにしよう。
「走り終わった後さ。話があるんだ」
「話?」
きょとんとした表情で首を傾げる。
その動作一つで、息苦しくなるくらい甘い。
「うん。大事な話」
「…………わかった。じゃあ、待ってるね」
「おう」
なにかを察したのか、柚木さんはそれ以上聞いてこなかった。
走り終わったら。
お互いのことを応援する、という今日の約束が果たされたら。
俺はちゃんと、柚木さんに告白する。
正直に言おう。
めっちゃ怖い。
死ぬほど怖い。
怯えるとかそんな次元じゃない。即帰宅したい。こんな決意はドブに捨てて、なにもなかったようにいつも通りに戻りたい。
なにも知らなかった頃に戻りたいとすら思う。
恋愛なんてしなければよかった。こんなに自分が臆病だなんて、知りたくなかった。
けれど。
知らなければなにも変わらず、楽しいだけだったかもしれないけれど。
俺はもう、そんなダサい生き方をしたくない。




