表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/37

13 大切なことはいつだって滑った口から伝えられる

 登校してからほどなくして空は暗くなり、ぽつりぽつりと雨が降ってきた。

 ぼんやりと外を眺めつつ授業を受ける。なんとなく今日は、やる気が起きない。

 雨は放課後になってもやまず、傘も持っていない。

 廊下に出たところで、柚木さんと、知らない女子生徒に会う。


「あ、この人が穂乃花の彼氏くん?」

「……っ」


 未知の女子生徒Aが、俺のことを値踏みするようにじろじろ見てくる。すっごく居心地悪い。え、なにその目線。意図が読めないんですけど。

 未知の女子生徒Aはそのまま俺の回りをくるくる回ると、にやりと笑う。


「ふーん。お似合いだと思うよ」

「おい」


 反射的に声が出てしまった。


「俺なんかが柚木さんにお似合いなわけないだろ」

「……」

「……」


 あ、れ?

 もしかしてやっちまったか。ほとんど脊髄で答えてたから……。


「えーっとだな」


 どうしよう。どうすればいいんですかこの状況?

 混乱していると、もっと混乱した表情で手をわたわたさせた柚木さんが、


「わ、わ、私のほうこそ、指宿くんとお似合いなんて、そんなことないよ!?」


 目が合う。

 顔を真っ赤にした柚木さん。

 すごく後悔した。


「「…………」」


 殺してくれ。

 顔が熱い。目頭までじわじわ熱が伝わってくる。頭クラクラする。顔、上げられない。


「なに? のろけ?」

「「ほんとにやめて……!」」

「うっわ。息ぴったりじゃん。邪魔になりそうだから先行くね」


 足音がして、未知の女子生徒Aが去って行く。


 こんな状態にして行かないでくれ!

 心の声は届くはずもなく、すっかり取り残されてしまう。


 残ったのは赤面した俺たち二人。まともに顔を合わせることもできず、真逆の方向を向いて、何事もなかったふうを装っていく。


「ええっと……柚木さん、か、帰る?」

「あ、雨降ってるよね……傘、なくて」

「俺も、傘ないんだよな。……止みそうもないし、コンビニで買おうと思うんだけど」

「そうだね……」

「……」


 互いに変な間はあるが、まあなんとか持ち直した。意思疎通はできる。


「さっきの子ね、昨日、相談してきた子なんだ」

「……ふーん」


 ふーんって感じだ。


 元々他人への興味が希薄な俺からすると、それ以上の感情は湧いてこない。

 いい返事も思いつかず、そこで会話を打ち切ってしまう。沈黙を埋めるように、なにかの話題を探していくと……


「ねえ、指宿くん」

「ん」

「怒ってる?」

「いや、怒ってないけど……」


 嘘だ、とは言わなかったけれど、柚木さんの真っ直ぐな目は俺から離れない。なにかを訴えるように、じっと見つめてくる。


 唇をきゅっと結んで、堪えるように。


「……」


 唇を噛んだ。

 柚木さんの大きな目に、じわりと涙が浮かぶ。


「嫌だよ……」

「――」


 動揺した。動揺しないわけがない。

 好きな子が泣いている。俺が泣かせた。息苦しくなる。情けなくなる。

 だが、どうすればいいかわからない。

 わからないから、黙るしかなくて。


「私、嫌だよ……指宿くんだけ嫌な思いだせて。なにも知らないでいるの……。だから、教えてよ。昨日のこと、私が嫌な思いさせちゃったなら、……お願い、教えて」

「……場所、移そうか」


 今は誰もいないけれど、こんなところを見られたらたまらない。

 といっても雨の日の行き先なんていくつもなく、教室のベランダに出るのが精一杯だった。幸い風は弱いので、ここなら雨もしのげる。


 壁に背中を預けて座ると、隣に柚木さんも腰を下ろす。


 鈍色の空を見上げる。


「……俺はさ、軽い気持ちで『別れよう』とか言うやつがいるってことが、すっげえ嫌だったんだよ。『別れよう』って言ったくせにすぐ許して、いつもみたいにイチャイチャできるやつらがいるって思うと……正直ゾッとする」


 相手の気を引くためだけに強い言葉で危機感を刺激して、依存させようとするやり方が嫌いだ。

 交渉の手段みたいに、脅しみたいに、自分たちで作ってきた関係性を扱うことが許せない。


 だけどそれは、俺には関係ない話。

 柚木さんにも、まったく関係のないこと。

 だから俺が勝手に飲み下して、忘れてしまえば済む話なんだ。わざわざ言うようなことじゃない……そのはずなのに。


 柚木さんはぼんやりと空を見上げながら、どこか納得したように頷くだけだ。


「そっかぁ。そうだよね」

「俺が気にするようなことじゃないんだけどな。……悪い」

「ううん。いいんだよ」


 柚木さんは小さく首を動かし、視線が合う。


「楽しいことだけ一緒じゃなくて、嫌なことも一緒じゃないと。私はそっちのほうがいいから」


 俺はこの時の感情を、どうやって表現したらいいかわからない。

 どれだけ時間が経ってもうまく言い表せなくて、ただ、全身が温かく包まれるような。薄く鳥肌が立つような。思わず泣き出したくなるような。

 それでも懸命に言葉を探して、伝わるようにするのなら。

 複雑な想いをひたすら簡略化するなら、きっと。


 恋に落ちた。


 ということになるのだろう。


「帰ろっか。雨、止んできたし」


 柚木さんが立ち上がる。その背中に、


「こ、今度の日曜日。よかったら……」


 いつもそうだ。大事なことを言うときは、頭がちゃんと働いていない。


「一緒に遊びに、行きませんか」


 好きな子をデートに誘うという、一世一代のイベントに声がうわずる。みっともない。

 だけど、柚木さんはそれを笑わない。

 ぽかんとした表情で聞いて、マフラーに顔を埋めて、嬉しそうに頷いてくれる。


「うん。……行きたい、です」




 だから俺は、

 きっとこれからも。何度でも。

 初恋を繰り返す。

デートするらしいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ