13 大切なことはいつだって滑った口から伝えられる
登校してからほどなくして空は暗くなり、ぽつりぽつりと雨が降ってきた。
ぼんやりと外を眺めつつ授業を受ける。なんとなく今日は、やる気が起きない。
雨は放課後になってもやまず、傘も持っていない。
廊下に出たところで、柚木さんと、知らない女子生徒に会う。
「あ、この人が穂乃花の彼氏くん?」
「……っ」
未知の女子生徒Aが、俺のことを値踏みするようにじろじろ見てくる。すっごく居心地悪い。え、なにその目線。意図が読めないんですけど。
未知の女子生徒Aはそのまま俺の回りをくるくる回ると、にやりと笑う。
「ふーん。お似合いだと思うよ」
「おい」
反射的に声が出てしまった。
「俺なんかが柚木さんにお似合いなわけないだろ」
「……」
「……」
あ、れ?
もしかしてやっちまったか。ほとんど脊髄で答えてたから……。
「えーっとだな」
どうしよう。どうすればいいんですかこの状況?
混乱していると、もっと混乱した表情で手をわたわたさせた柚木さんが、
「わ、わ、私のほうこそ、指宿くんとお似合いなんて、そんなことないよ!?」
目が合う。
顔を真っ赤にした柚木さん。
すごく後悔した。
「「…………」」
殺してくれ。
顔が熱い。目頭までじわじわ熱が伝わってくる。頭クラクラする。顔、上げられない。
「なに? のろけ?」
「「ほんとにやめて……!」」
「うっわ。息ぴったりじゃん。邪魔になりそうだから先行くね」
足音がして、未知の女子生徒Aが去って行く。
こんな状態にして行かないでくれ!
心の声は届くはずもなく、すっかり取り残されてしまう。
残ったのは赤面した俺たち二人。まともに顔を合わせることもできず、真逆の方向を向いて、何事もなかったふうを装っていく。
「ええっと……柚木さん、か、帰る?」
「あ、雨降ってるよね……傘、なくて」
「俺も、傘ないんだよな。……止みそうもないし、コンビニで買おうと思うんだけど」
「そうだね……」
「……」
互いに変な間はあるが、まあなんとか持ち直した。意思疎通はできる。
「さっきの子ね、昨日、相談してきた子なんだ」
「……ふーん」
ふーんって感じだ。
元々他人への興味が希薄な俺からすると、それ以上の感情は湧いてこない。
いい返事も思いつかず、そこで会話を打ち切ってしまう。沈黙を埋めるように、なにかの話題を探していくと……
「ねえ、指宿くん」
「ん」
「怒ってる?」
「いや、怒ってないけど……」
嘘だ、とは言わなかったけれど、柚木さんの真っ直ぐな目は俺から離れない。なにかを訴えるように、じっと見つめてくる。
唇をきゅっと結んで、堪えるように。
「……」
唇を噛んだ。
柚木さんの大きな目に、じわりと涙が浮かぶ。
「嫌だよ……」
「――」
動揺した。動揺しないわけがない。
好きな子が泣いている。俺が泣かせた。息苦しくなる。情けなくなる。
だが、どうすればいいかわからない。
わからないから、黙るしかなくて。
「私、嫌だよ……指宿くんだけ嫌な思いだせて。なにも知らないでいるの……。だから、教えてよ。昨日のこと、私が嫌な思いさせちゃったなら、……お願い、教えて」
「……場所、移そうか」
今は誰もいないけれど、こんなところを見られたらたまらない。
といっても雨の日の行き先なんていくつもなく、教室のベランダに出るのが精一杯だった。幸い風は弱いので、ここなら雨もしのげる。
壁に背中を預けて座ると、隣に柚木さんも腰を下ろす。
鈍色の空を見上げる。
「……俺はさ、軽い気持ちで『別れよう』とか言うやつがいるってことが、すっげえ嫌だったんだよ。『別れよう』って言ったくせにすぐ許して、いつもみたいにイチャイチャできるやつらがいるって思うと……正直ゾッとする」
相手の気を引くためだけに強い言葉で危機感を刺激して、依存させようとするやり方が嫌いだ。
交渉の手段みたいに、脅しみたいに、自分たちで作ってきた関係性を扱うことが許せない。
だけどそれは、俺には関係ない話。
柚木さんにも、まったく関係のないこと。
だから俺が勝手に飲み下して、忘れてしまえば済む話なんだ。わざわざ言うようなことじゃない……そのはずなのに。
柚木さんはぼんやりと空を見上げながら、どこか納得したように頷くだけだ。
「そっかぁ。そうだよね」
「俺が気にするようなことじゃないんだけどな。……悪い」
「ううん。いいんだよ」
柚木さんは小さく首を動かし、視線が合う。
「楽しいことだけ一緒じゃなくて、嫌なことも一緒じゃないと。私はそっちのほうがいいから」
俺はこの時の感情を、どうやって表現したらいいかわからない。
どれだけ時間が経ってもうまく言い表せなくて、ただ、全身が温かく包まれるような。薄く鳥肌が立つような。思わず泣き出したくなるような。
それでも懸命に言葉を探して、伝わるようにするのなら。
複雑な想いをひたすら簡略化するなら、きっと。
恋に落ちた。
ということになるのだろう。
「帰ろっか。雨、止んできたし」
柚木さんが立ち上がる。その背中に、
「こ、今度の日曜日。よかったら……」
いつもそうだ。大事なことを言うときは、頭がちゃんと働いていない。
「一緒に遊びに、行きませんか」
好きな子をデートに誘うという、一世一代のイベントに声がうわずる。みっともない。
だけど、柚木さんはそれを笑わない。
ぽかんとした表情で聞いて、マフラーに顔を埋めて、嬉しそうに頷いてくれる。
「うん。……行きたい、です」
だから俺は、
きっとこれからも。何度でも。
初恋を繰り返す。
デートするらしいです。




