第三章 森の岸辺
第三章
ノコとナノとリアンは、森の中を一足一足進んでいた。
森の中は、昼かも夜かもわからなかった。
しばらく進んでいくと、ノコは休みたくなった。
「ちょっと休まない?」
ナノもうなづいた。リアンが手ごろな切り株と横倒しになっている木をみつけたので、そこで休むことにした。
ナノは、森をぐるっと見回していた。
エメラルドの色が湖から反射して、木々がエメラルドに光っていた。湖の近くでは、その光であたり一面白く照らされている。岸に咲いているものはそこだけ昼間の日差しがあるように見える。
白く浮かび上がっている場所に咲いている花の中に、チンチョウゲの花を見つけた。
-あんなとこにも咲いてる-
ナノは嬉しくなった。
リアンは切り株にすわりながら、森の精霊に耳をすませていた。
目をつむって、木々を仰ぎながら、森で何が起こっているかを聞いているようだった。
ノコは、自分のいた世界とは違う世界に、困惑していた。
今までいた世界は、時間やいろんなルールが合わさって、ノコがやりたいようにはできなかった。
ノコは自分のいた世界と、こちらの世界でどちらが正しいのだろうと考えていた。
お姫様が眠っていることをみんなが心配していて、それを探しに龍に会いにいくのだ。今までの自分なら、そんなことはできなかったと思う。勇気がない。けれど、この森の中には時間や、今までの世界にあったようなルールに縛られる必要がなかった。今までのルールがない分、ノコは変な気持ちでまだなじめなかった。
この森は、どういった森なのだろう。
ナノを見ていると、反対になじんでいるようだった。身体にあうというか、しっくりくるようなエメラルドの森の世界に合っているように見えた。帽子をはずしてから、ナノは大人びていった。綺麗になっているような気がした。
リアンは、何かの実を見つけて、二人にわたした。
エンドウのサヤのようなものに入った、赤い実だった。
梅くらいの大きさの実で、食べてみると甘くて香水のようにいい香りがした。
ノコはお腹がすいていたので、もっと食べたかった。ナノは、その実を愛しげに食べていた。
この実は何?と聞くと、
「チンチョウゲだよ」
と言った。さっき見つけた、岸に咲いていたものだった。
けれど、ナノは
「でも、この花の実は毒があるはずだよ。」
と言うと、リアンは笑って、
「ここに咲いているチンチョウゲの実には毒はないんだよ」
と言った。
ノコは不思議な気持ちだった。ナノも不思議に思い、この森の中にある花には毒がなくなるのだろうかと思った。
リアンは
「違うよ。毒かどうかを花に話すんだよ。そして、花は毒を変換させるんだ。摘むものによって花は合わせるんだ」
ノコは、ふ~んと思ったが、ナノは、理にかなっている気がした。
ナノには何もかもが、神秘的で、好意的だった。森の中にあるひっそりとした野生の植物や、その出で立ちや手に取るものや香りまでも、ナノにすんなりしみこんでいくようだった。いままで行ってきた向こうの世界のルールや何もかもがここでは意味がないようだった。それがナノにとって、自然なことだった。この森に来てから、ナノは深く息をすることができた。
エメラルドの山間にたたずむ、その先に大きな切り立った崖があり、その霧の塔の中に龍が住むといわれていた。
しかし、その龍をしっかり見たものはおらず、伝説や恐ろしい怪物のように思われていた。
時折、樹木が生い茂る森の上を一陣の強烈な風が過ぎてゆくことがあった。
木々の間から空を見ることができれば、そこに龍の腹をみることができただろうに、誰もがその見えない風と龍の鳴くいななきに恐れをなして震えた。
風と龍は一体なのだった。
※※※※※
その龍が崖の上で、何かを感じて首を上げた。
『目覚め』のようなものだった。
ふと、何かの空気のちょっとした変化のようなもの、それが龍の中で何かの留め金が外れたような気がしたのだ。
自分に向けられている想いを感じた。
そして、今旅立つとき、それが目覚めのときであることを感じさせた。
眠っているものが、目覚めるときなのだった。
西に、二人の少女の姿を見ていた。
龍はすべて見渡せる目で、その少女たちを見て取っていた。
少女たちがやってきたことで、森の波動が変わったことを感じていた。
それは、龍自身にも変化を与えることであった。
それが何かがわかるものがいるとすれば、いまのところ、森の意思だけだった。
ノコとナノは歩き始めていた。
歩いても歩いても、エメラルドが消えることはなかった。
少し遠くに湖が見える、その横を並ぶようにして歩いていた。
たくさんの木の実や、かわいい植物や、花を見つけてナノは嬉しそうだった。
ノコも、さっきの実を食べてから、あんまりくよくよしなくなっていた。
ナノは、嬉しそうだった。
リアンはそんな二人をみながら、不思議に思うことがあった。
この二人は、どこか似ているなと。
けれど、それを口に出すことはなかった。
ずいぶん歩いてきたところで、小屋を見つけた。
小さくて、こじんまりとして、中は一部屋だけだったが、三人なら十分休めそうだった。
空は、夜なのか昼なのかわからなかったが、ノコとナノはとても疲れていた。
ここで、眠ることにした。
よく見ると、月が出ていた。
今は、月夜に照らされる夜なのだとわかった。
小屋の中はいい香りがした。
ナノは母のにおいを思い出しながら、眠りに落ちた。