第二章 エメラルドの森
ナノとノコが立っていたのは、エメラルドグリーンの湖と森のが広がった場所だった。
湖の色が生い茂る木々に反射して、あたり一面エメラルドに光っている。
太い木がうねうねと絡まりあう青い森だった。
葉が生い茂って空が見えないけれど、湖の水面が光っているので、森全体を青く染めていた。
今が、昼なのか夜なのか、ナノもノコもわからなかった。
ここがそういったものや、時間など、今まで二人が住んでいた世界とは何かがまったく違うということだけはわかった。
鳥はいるのだろうか。
生き物は?
どんな人たちが住んでいるのだろう。
もとの世界はどっちだろう。
やってきたときの扉は見当たらない。
これからどうすればいいんだろう。
たくさんのことを心で考えていたとき、途方もなくなってしまったような気持ちがした。
目の前に広がるエメラルドに光る湖や、個性的な樹々たちはとても素敵で、少しワクワクするけれどあまりの美しさと静けさに頭でいろんなことを考えているうちに、だんだんと身体が寒くなってきた。
ノコは、
「あたしたち、どうしたらいいのだろう」
と言いながら、隣にいるナノに話しかけた。
ナノを見てみると、驚いたことに、目を輝かせながら、帽子を取った。
今までどんなに遊びに夢中なときも、何があってもはずさなかった魔女のような三角の黒い帽子は、ナノがかかえるたくさんのことが、身体からもれてしまわないようにしっかりと結わえた誓いのように感じていただけに、ノコはびっくりした。
肩までくるサラサラの栗毛を風でゆらしながら
「こんなに素敵な世界があったなんて」
と言ったナノが、いつもより少し大人びて見えた。
ジミとは、もう会えないのかな、
ノコがそんなことを想っていると青い目の少年がじっと木の影からこちらをみていることに気づいた。
少年は、青く澄んだ目でじっと二人を見つめながら、
-行こう-
とノコとナノの頭に言葉を送ってきた。
ノコは、少年にむかって「あなたは誰?」と聞いた。すると、また頭に、
-リアン-
と響いた。
リアンと名乗る少年は、青い目をして髪が濃い蒼だった。
また
-行こう-
と少年の声が、頭に響いた。
ノコは気持ちわるく感じたが、ナノは平気そうに見えた。
ノコは、どこへ?と聞こうとすると
リアンが
-それは、きみがよくわかっている-
と心に声が響いてきた。
言葉は必要ないみたいだ。全部判られてしまう。ナノの目は輝いていた。
リアンは、歩こうとしなかった。
木の皮でつくったような茶色の短い巻きスカートだけを履いていた。
足で歩くというより足はそこにあるだけで、身体はやわらかくスキップするようにフワフワと木から木へ、ときには石の上に降り立ってつまさきだちをしてみたり、重力なんて気にしていないようだった。
ノコとナノは、リアンが進んでいるところへ小走りになりながらついていった。
「待ってよ!」
ノコもナノも息を切らしながら言うと、リアンは澄んだ目でじっとこちらを見た。
-飛んだり、ジャンプできたりするからいいけど、あたしたちは、足で歩かなきゃいけないのにズルイ-
とノコは思った。リアンはだまったまま、側に近寄ってきた。
何か言うでもないリアンの口。
直接心に声を送ってくるリアン。
リアンは黙って、ノコとナノと並んで歩き出した。しっかり地面に足をつけて歩くのをみると、不思議に思った。
彼はどういう人なのだろう、とノコは思った。
湖のように青くて、澄んだ目をしてエメラルド色したフワフワの癖毛が耳の後ろやうなじのところで、風にそよいでいる。
何者なのだろう。
リアンは多くを語ろうとしなかった。どこへ行くのかもわからなかった。
リアンが進んでいるところへは、森をまっすぐ進んでいるようだった。
立ちはだかっている木々が、エメラルド色した森だった。
ノコたちがやってきてからどのくらいだったのだろう。
ずいぶん歩いてきた気がする。
家の人たちは、心配しているだろうか、とふとノコの頭をよぎった。ナノだって、お父さんが心配のはず、と思いナノを見ると、彼女の顔はとても活き活きとして、晴れやかだった。
どこまでいくんだろう、とノコは思った。
リアンを見ると、こちらを見ている。
また頭の中で話されるのもいやだな、口でしゃべれないのかしら。
とノコが思ったとたん、
「これでいいかい?」
とリアンがしゃべった。
ノコはちょっと安心した。自分と同じところが見つかって、異人じゃないと思えてきたのだ。
「話せるなら、最初からこうやって話してよね」
とノコが言うと、リアンは、黙っていた。
「どこへいくの?」
というと、リアンは、まっすぐ前を指差した。
見ると、エメラルドの森を抜けたところから、白いお城が見える。
青い木々をぬけて、空に突き出すようにお城の塔が見えていた。
「あそこにいくの?」
ノコが聞くと、リアンは、うなづき、誰がいるの?と言われると
「姫がいる」
とだけ応えた。
それには、ナノも「姫?」と驚いて、声をあげた。
リアンは、あまり多く話したがらないようだった。
その姫がどんな人なのかも、あまり話したくないようだった。
そのままだまって、リアンのあとについていった。
森を抜けた敷地に、白く、大きな城がたっていた。
リアンが、まずはじめに森に入ったらすることは、お城に住む姫に会いに行くことだといって、ノコたちを案内した。
赤い服を着た門番が二人いるだけで、リラを見ると門をあけてくれた。
静かでどこか、寂しげなお城だった。
リアンがお城の中に入ると、こう言った。
「これからきみたちが会う姫は、長い間起きていない。」
そういって、少し寂しげな目をしたけれど、それをみせまいとするように、すぐにいつもの目に戻った。
ノコは、眠っているということ?ときくと
「エメラルドの森の城に眠る姫は、訪れたものに、そのとき必要なツールを渡す。
あるものは、花の都をめざすように言われたり、あるものは、石の土を調べるように言われたり、いろいろだ。」
きみたちも姫に会って、ツールをもらうといい、と言ってリラはお姫様の部屋に案内した。
部屋からは、大きく厳つい顔をした背のたかいおじさんが、出迎えた。
そして、リアンを見てから、ノコとナノをみて、中に入れてくれた。
部屋の中には、厳ついおじさんと、優しそうなおばさんがいた。
おばさんは、お姫様の周りのお世話をしている人のようだった。
汗をぬぐったり、枕を変えたりしながら、ずっと付き添っているようだった。
厳ついおじさんは、その城の大臣という昔からいる偉い人だとわかった。
おじさんは、お姫様のベッドの方に案内してくれた。
広い部屋の隅の奥の方に、大きなベッドがあった。
そして、そこに横たわっているお姫様をみたときに、ノコは何か言い知れぬものが走った。
けれど、それが何かわからなかった。
お姫様は、真っ赤な長い髪の毛が枕にゆれるように静かでおだやかな顔で眠っていた。
まだ、16、7位の年齢に見える。
どのくらい眠っているのかはわからなかったが、部屋の様子からして、起きていたときは、とても清潔そうでしっかりした女性だったように見えた。
白と薄いピンク色のレースのついたベッドの様子や、落ち着いた部屋の調度品たちは、年頃の女の子が使うようなものではなく、大人の女性が使うような、れっきとした品々に見えた。
白と薄いピンク色の模様の大きな天蓋のついたベッドに横たわっているお姫様は、頬も赤みをおびていて、寝ているように見えなかった。静かな顔で口元も微笑んでいるようだった。
とても綺麗な人だなと、ナノは思った。
眠っているのに、目覚めているような生々しさを感じた。
赤い髪が白い肌に浮き出ていて、美しいと思った。
ふとリラを見ると、横たわるお姫様を何か思いつめているようにじっと見ていた。
目の中に光が集まり、それが涙のようにナノには思えた。
ノコは、お姫様を見ながら、別のことを考えていた。
そのとき、厳つい大臣が、まじめそうな口ぶりで、話した。
「きみたちに、姫から神託が渡される」
とだけ言うと、お姫様のベッドの方に寄った。
おばさんは、ベッドの隣にある背もたれのない椅子に座って、頭をさげてうつむいている。
大臣も黙って、うつむいていた。
リアンは、ただじっとお姫様を見つめている。
すると、その部屋の中が、ふっと真空になったように空気が変わった。
ナノには、それが風が吹いたように感じられた。
それから、ゆっくりした美しい女の人の声が、こういった。
-わたしが、眠る理由を見つけなさい-
ノコもナノも、寝ているお姫様がしゃべったことにびっくりした。いや、本当にしゃべったというより声が聞こえたという方がいいかもしれない。
けれど、もっとびっくりしていたのは、他の人たちだった。
大臣は、とっさに
「姫、なんと!なぜこのものたちに、その神託をわたすのですか!」
と、いままで冷静だった顔が、目を丸くし、ベッドに前のめりになるように言った。
リアンも、驚いた顔をして、黙ってお姫様を見ていた。
「なぜ、このものたちなのですか!?」
と髪を振り乱すほど、大きな大臣の声に、応える人は誰もおらず、お姫様もそれ以上何も話さなかった。
来たときと同じように黙って眠っている。
頬は、ピンク色をしていた。そして、口元は微笑んでいるようだった。さっきとかわらなかった。
ノコとナノは、大臣が言っていたことがよく理解できずに、黙っていた。
大臣も落ち着いて、静けさが戻ってきたとき、ノコたちの方に向き直った。
「姫が、言われたことを心してほしい。わたしに言えるのはそれだけだ。」
ノコは、お姫様が眠る理由をどうやって見つけていいのかわからないと思った。それはナノも同じだった。
リアンが、
「大臣、姫の神託をそのまま貫くとすれば、わたしたちはどこへ向かえばいいでしょう」
大臣は、乱れた髪をそのままに、疲れきったように言った。
「森の中で、長く命を宿していると言われる白龍が、崖の上の霧の塔にいるという言い伝えがある。その龍ならおそらく、何かを知っているのではないだろうか。」
「先の上の崖?」
リアンは、渋い顔をした。
「そう。誰も行ったことがない厳しい場所だ。姫の眠る理由もその龍ならわかるだろうが、確証はできん。」
大臣は続けた。
「だが、姫から渡された神託は確かのはずだ。お前たちにとっては厳しい旅になるかもしれないが、わたしたち城のものたちからも、どうかこのお願いする。」
と言って、ノコとナノに頭を下げた。
ノコは、何か大きなとんでもないことになったと思った。
-厳しい旅になるだなんて、ここに来たばかりのわたしたちにそんなことができるのだろうか-
ナノを見ると、やはり同じように不安の顔つきをしていながらも、覚悟を決めているようだった。
リアンが言った。
「大臣、わたしはこのものたちと同行します。」
大臣は、うむ、とうなづくと、ノコとナノに向き直り、
「検討を祈る」
とまた、お辞儀をした。
ノコもナノも、お辞儀をすると、三人は部屋を出た。
城を出ると、ノコが
「わたしたち、これから旅をしなきゃならないのね」
ノコは、まだ不安な気持ちだった。この森に来て、半日も経っていない自分たちが、何も知らない場所で何かを探すなんて、できないように思えた。
リアンが言った。
「今まで、この森にやってきたものをぼくは、城に案内する役目だった。そして、そのものたちが、この森でどういうことをすればいいかを、姫はツールをくれたんだ。それは、そのものたちにとって大切な神託だったけれど、今回はじめなんだ。姫の眠る理由をさがせって神託を言われたものは。」
ナノは、黙って聞いていた。
「姫は、20年以上起きていないんだ。姫が眠りについてしまった理由は誰もわからない。そして、姫が守るエメラルドの森のために、神託は渡されるようになった。けれど、誰も姫を覚ませるものがあらわれなかった。きみたちにお願いされた神託を受け取るものは、特別なんだと思う。」
リアンは二人に、だから、自分も一緒に行くといった。
ノコは心強く思った。どんな場所か、どんな厳しいかなんて、わからないけれどリアンがいれば大丈夫なような気がしていた。
ナノは、この神託の旅が自分にとって特別なものになる予感がしていた。
三人は、崖の上に住むと言われている龍を目指すことにした。