7.もふもふ
――遠足での一件も解決して、数か月経過した頃。
俺の傷は程ほどに癒えて、冒険者稼業にも戻れるようになった。
その中で予想外だったのは、俺が単独でワイバーンを二体討伐したことになっていたこと。お陰様で十数年微塵も上がる気配を見せなかった冒険者ランクが、DからCに上昇した。何が変わるかと訊かれると困るが、ギルドの金払いが良くなる、という感じか。
何はともあれ、怪我の功名。
これでサターニャとの生活にも余裕が出るし、良いものを食べさせてやれる。
「たっだいま~! サターニャ!」
そう思いながら、意気揚々と帰宅した。
今日は託児所が休みだったために、娘は自宅で留守番なのだ。そういう時はいつも、俺が帰ってくるとすぐに飛びついてきてくれる――はずなのだが。
「……ん? サターニャ~?」
なにかが、おかしかった。
気配はあれども、出迎えにこない。
俺は首を傾げながら、狭い家の中をくまなく探した。すると――。
「あぁ、こんなところにいたのか。サタ――」
「ひゃうっ!?」
「……ん?」
こちらに背を向けるサターニャを発見。
しかし、声をかけると彼女は大きく肩を跳ね上がらせた。
「どうしたんだ、珍しいな?」
「パ、パパ。お、おかえりなさい……!」
さらに話しかけると、ガチガチな口調で返事をする娘。
いったい、どうしたというのだろうか。
「……まぁ、いいか。お昼はちゃんと食べたんだよな?」
でも、そんな日もあるだろう、と。
俺はそう思い直して、サターニャにそう確認を取った。
昼はどうしようもないので、朝に俺の弁当と同じものを作り置きしていく。今ほどの確認は、好き嫌いせずにちゃんとそれを食べたか、というものだった。
「う、うん……っ!」
「どうだ? 美味しかったか」
「おいしかったよ! うん、とっても!!」
俺の質問に、満開の花を咲かせて答える少女。
だけど、だからこそ俺は訝しんだ。その理由というのも――。
「…………サターニャ。一つ、いいか?」
「な、なにかな? パパ――」
「お魚、食べたのか」
「…………」
硬直するサターニャであった。
理由は一つ。この子は、魚料理が苦手なのだ。
今日の昼食は焼き魚を具にしたおにぎり、だったわけだが……。
「どういうことかな、サターニャ?」
「えーっと……」
俺が詰め寄ると、分かりやすく視線を逸らす娘。
そのまま沈黙が続くこと数秒。答えは彼女の口ではなく――。
ぐ~……。
お腹から聞こえるのだった。
さらに見つめていると、大量の冷や汗を流すサターニャ。
そして、しばしの間を置いてから、ぺこりと頭を下げてこう言った。
「ごめんなさい……」
俺はそれを聞いて、腕を組む。
頭ごなしに怒るのは駄目だと思うのだが、どうすれば良いのだろうか。分からないが、とりあえずは彼女自身に理由を訊いてみることにしよう、そう思った。
その、時だった。
「みゃ~お!」
サターニャの背後から、何かが聞こえた。
「サターニャ。そこをどきなさい」
「みゃ、みゃ~お……?」
「鳴き真似しない!」
そんなボケとツッコみを交わして。
俺は実力行使で、サターニャの小さな身体を持ち上げた。
すると現れたのは、なんとも予想通り。くるんと丸まって寝転がる……。
「にゃっ!」
「………………」
「………………」
子猫だった。
◆
「それで、どこで拾ってきたんだ?」
「…………うちの近くの、木の下で」
互いに座って、正面に向き合った俺とサターニャ。
子猫は楽しげに丸いものを突いて遊んでいた。
「ねぇ、パパ……?」
黙っていると、先に口を開いたのは娘だ。
彼女は緊張した様子で、おずおずとこう口にする。
「かっていい?」――と。
上目遣いに、涙目で。
それは、怒られると分かっていたからだろう。
サターニャは俺が息をつくと、固く目を瞑って身構えた。
俺はそんな姿を見て、こう伝える。
「あのな、サターニャ。一つ確認しなきゃいけないんだ」
言葉を選びながら。
「生き物を飼う、ってのは簡単じゃない。それに加えて、責任というのが付いて回るんだよ? それでも、サターニャは――」
こう言った。
「この子を『家族』にしたいって、そう思うのかい?」――と。
それを聞いた娘は、一つ小さく頷いた。
そして、こう答えるのだ。
「このこ、ひとりぼっちだったの。だから、おともだちになりたいって……」
たどたどしい口調で、それでも意思を表する。
俺はそれを聞いて考えた。そして、一つ頷いて――。
「よし、分かった!」
サターニャの頭を撫でながら、こう伝えるのだった。
「ちゃんと、世話をしてあげるんだぞ?」――と。
それを聞いた彼女は、驚いた表情になって。
しかし、すぐに満開の笑顔を浮かべるのだった。
「ありがとう――パパ! だいすき!!」
それを見て思う。
つくづく、俺も甘いのだな、と。
次回は明日の12時頃!
<(_ _)>