6.絶対に見捨てない決意
名状しがたい威圧感に、俺は改めて知る。
やはりサターニャは――普通の女の子ではない、ということを。
三年前のあの日、箱の中にあった手紙には『魔王の愛娘』だと書かれていた。それを最初は何かの冗談だと思った。しかし、日が経つにつれて変化は訪れる。
最初は、初めての夜泣きの時だった。
家の中にあった食器という食器が割れて、弾け飛んだ。
それ以外にも、サターニャは昔からどこか不思議な雰囲気を醸し出していた。
「でも――!」
恐怖心は当然にあった。
それでも、俺はこの子を見捨てられなかった。
いいや、正確には見捨てるという選択肢がないのである。だって――。
「サターニャ……っ!!」
この子はもう『魔王の娘』だとか、そんなの関係なしに『俺の娘』だから。
サターニャを引き取る時に、俺は決めたのだ。どんなことがあっても、この女の子は俺の手で育て上げる、と。その結果、周囲に奇異の目で見られようとも……!
俺は、サターニャを見捨てない!
なにがあっても、この子は――『俺の娘』なのだから!!
「パ、パ……?」
「大丈夫だ。お父さんは、ここにいるぞ……」
抱きしめる。
娘を取り巻く不思議な力は、俺の身体を引き裂いた。
それでも、そんな痛みはこの子を失う、その辛さに比べれば屁でもない。
「サターニャ、どうしちゃったの……?」
不安そうな声を発するサターニャ。
そんな彼女に俺は優しく、あやすようにこう告げた。
「これは――夢だよ。お父さんと同じ夢を見てるんだ」
「パパと、おなじゆめをみてる……?」
「そうだよ? だから――」
ぐっと、少しだけ腕に力を込めて。
絶対に離すものかと、誓うように抱きしめて。
「俺たちは、いつまでも一緒だよ」――と。
その瞬間ふっと、サターニャを包んでいた何かが消えた。
最後に彼女の――。
「そっかぁ、パパ――だいすき」
そんな言葉を残して。
気を失った娘を抱きしめたまま、俺は呆然と立ち尽くす。
――あぁ、良かった。
この子に、俺と同じ思いをさせずに済んだのだ。
◆◇◆
リチャードの傷は出血量の割には浅く、やってきた救助隊の治癒魔法で元通り。しかしそれよりも問題だったのは、俺が娘を抱きしめた際の傷だった。
「Dランク冒険者が一人でワイバーン二体を相手にした!? 馬鹿ですか!!」
「いやー、うん。結果的に生き残ったんだし、ね?」
「ね、じゃありません! 重傷ですよ!?」
治癒師の女性に大目玉を喰らう。
どうにも全身の筋肉に裂傷があり、かつ骨もズタズタ。幸いにして臓器等にはダメージがなかったらしいが、普通なら死んでいてもおかしくない怪我だった。
どうりで歩くのも辛いし、視界も歪んで見えていたわけだ。
「これから数日は家で安静にすること! ――いいですね!?」
「分かりましたよ、はいはい」
俺は治癒師に適当に返事をする。
でも、一番安心したのはこの怪我の原因がワイバーンとの戦闘によるもの、と判断されていたことだった。それならば、サターニャの正体がバレることはない。
娘はこれからも変わらずに、託児所で普通の女の子として生活できる。
そのことが嬉しくて、変な笑みを浮かべてしまうのだった。
「あの、ラインドさん……?」
さて。そんな風にしているところに、声をかけてくる人があった。
その人というのは、良く知っている人物で……。
「あぁ、アシリアさん。どうされました?」
俺は本当に、何も考えずにそう訊ねた。
すると彼女は大粒の涙を流しながら、
「本当に、申し訳ございませんでした!」
そう、大声で謝罪した。
周囲は何事かとどよめき、俺も例に漏れずにきょとんとする。
「え、ちょっと待って下さい。なんで謝るんですか?」
「うちの息子がサターニャちゃんを連れ出したばっかりに、こんなことに……!」
そこまで聞いて、俺は「あぁ、なるほど」と納得した。
つまるところ今回の騒動について、アシリアさんは親としての責任を感じているのだろう。たしかに俺も同じ立場なら、こんな感じになると思えた。
それでも俺は彼女と、リチャードを咎めるつもりはない。
だから――。
「ほら、リチャード! 頭を下げなさい!」
「ご、ごめんなさい……!」
頭を垂れる少年の肩にそっと手を置いた。
そして、こう言うのだ。
「ちゃんと謝れたな、偉いぞ。次からはこんなこと、しないようにな?」――と。
しっかりと、笑顔で。
すると、アシリアさんとリチャードはきょとんとした。
「それじゃ、この話はコレで終わり! また明日!!」
そう宣言して、俺は豪快に笑うのだった。
次回更新は19時頃!