5.決死の戦い
ワイバーンが咆哮を上げる。
それだけで、俺の脚は完全にすくんでしまった。
それもそのはずだろう。相手はCランクの魔物であり、Dランク冒険者である俺が普段相手にしているゴブリンやスライムとはわけが違う。
狭い森の中で広げられた両翼は、太い枝を容易くへし折った。鋭利な牙には傷付いたリチャードの血で、真っ赤に染まっている。
「――くそっ! サターニャ、走れるか!?」
だけれども、ここで引き下がるわけにはいかなかった。
大切な娘とその友達の命、守り通さなければ父親失格に違いない。だから俺は震える足に喝を入れて、二人とワイバーンの間に割って入った。
護身用に持ってきたナイフを構えて、弱きを殺すように唇を噛む。
「パパ……! リチャードくんが!」
「逃げるのは無理、か……!」
俺に訴えるサターニャの腕の中には、頭部に裂傷を負って気を失う少年。
そんな彼を抱えて逃げろ、というのは無理な話だった。
だとすれば――。
「……いいや、それは駄目だ」
しかし、即座に浮かんだ考えを拒絶した。
リチャードを置いて逃げるなんてことをすれば、サターニャの心に大きな傷を残すこととなる。それでもこの状況は、分かりやすい絶望だった。
一つ、俺は普段使っている剣を持っていない。
二つ、子供を二人守りながらの戦闘である。
三つ、そもそも桁違いの魔物相手である。
「へっ、こうなりゃヤケっぱち――一か八か。親父魂の見せどころ!」
退路などない。
故にここからは、決死の覚悟の戦いだった。
「パパっ……!」
「安心しろ、サターニャ! 一緒に帰って、今日はお前の好物の卵焼きだ!」
悲鳴を上げる娘。
その声を背中に受けながら、俺はワイバーンに向かって駆け出した。
するとすぐに、相手さんはこちらを喰らわんと大口を開く。そこ目がけて、器用貧乏ゆえに扱える魔法を放った。
「お前さんは火の玉でも食ってろ――【フレア】!」
火球がワイバーンの口の中に吸い込まれていく。
低級な威力だとしても、内部から破壊をされればCランクの魔物でもダメージはあるはず。その証拠に、ワイバーンは奇声を発しながら大きく仰け反った。
しかし、俺はそこで攻撃の手を緩めない。
「これでも、喰らええぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
ナイフを――ワイバーンの急所である腹部へと突き立てた。
肉を断つ生々しい感触が伝わってくる。抉るようにナイフを回転させると、さすがのワイバーンも苦しいのか絶叫し、のたうち回った。
――もしかしたら、行けるかもしれない。
ここまでの戦闘で、俺にはほんの微かだが手応えがあった。
もちろんワイバーンにとっても、自由に飛び回れない不得手な環境だろう。それでも、俺の攻撃は確実に相手の体力を削っていた。
これなら、もしかしたら――と。
そう思った瞬間だった。
「パパ、みぎ!!」
「え――?」
サターニャの声が聞こえる。
そして、それに従って右を見ると――。
「あぁ、終わった……」
どこから現れたのだろう。
もう一体のワイバーンが、大口開けてそこにいた。
回避は間に合わない。なすすべなく、俺は――。
「パパァ――――――――――――っ!!」
大切な娘の悲鳴を聞きながら、目を閉じた。
――だが、痛みはない。
とっさに顔を庇った右腕も健在だ。
何が起こったのか、まるで理解が出来なかった。
「これは、もしかして……!?」
だとしたら、可能性は一つしかない。
俺は周囲をすぐに確認した。するとそこには……。
「………………ッ!」
思っていた通りの光景が、広がっていた。
ワイバーンの無残な死体が二つ。そして、宙に浮いていたのは――。
「――――サターニャ」
大きく目を見開いて、両腕を広げる愛娘だった。
次回の更新は昼の12時頃!
よろしくお願い致します!!
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