1.聖なる湖へ
――季節は巡り、夏がやってきた。
日差しはいっそう強く大地を照らして、陽炎を作りだす。
ボロ屋である我が家は、なすすべなくその攻撃にやられてしまっていた。サターニャも窓際で、たまにくる風に頼っている状態だ。
どうしたってこの季節だけは辛いものがあった。
ももだって、陰に隠れて出てこないし……。
「……え、近くの湖に?」
「そうです。三歳以上の子供から、街の近くにある湖で泳ぐことが許されているんですよ。いまは参加する人も少なくなってきたらしいですけど、どうかな、って」
そんな折だった。
お隣のアシリアさんがそんな提案をしてくれた。
なんでも、この街の近くには聖なる湖と呼ばれる場所があるらしい。俺はまったく知らなかったのだが、三歳から十歳までの子供は、そこで泳ぐことができるそうだった。どうして年齢制限があるのかというと、無垢な子供でなければ、穢れが生まれるから――とか。
「サターニャ、どうする?」
「ん~……? なぁに?」
俺が声をかけると、娘は気怠そうに返事をした。
そして、一連の流れを噛み砕いて説明する。
「おみずで、あそぶの? それって、たのしいのかな」
「楽しいかはともかく、涼しくなると思うぞ」
「ほんとにっ!?」
そう言うと、サターニャは元気いっぱいに跳ね起きた。
どうやらもう答えは決まったらしい。そんなわけで、俺はアシリアさんに視線で確認を取る。彼女は笑顔で頷いて、こう言うのだった。
「それでは、行くことにしましょうか!」
◆◇◆
湖は、以前に行った丘から少しだけ外れた場所にある。
聖なる湖と、そう呼ばれるだけのことはあって、魔物の類は一切現われない。それなら以前のようなハプニングも発生はしない、そう思われた。
さて。そんな事情を確認しているうちに、目的地に到着した。
「わぁ、パパ! とってもすずしいよ!」
「あぁ、そうだな。びっくりだ」
サターニャは無邪気に飛び跳ねながら、俺にそう笑顔を向ける。
こちらも少しばかり心が踊るのを感じた。なにせ、目の前に広がっていたのはほとんど海のような、そして光り輝く静かな水面だったのだから。
なるほど、聖なる湖――そう呼ばれる所以が分かった気がした。
「ねぇねぇ、パパ! もういいかな!」
「あぁ、ここまできたら大丈夫」
「わぁい!」
小さく胸の前で手を握った娘がそう訊ねてくるので、俺は許可を出す。
すると彼女は大げさにジャンプして、着てきたワンピースを脱ぎ捨てた。そうなると露わになるのは――。
「あら、サターニャちゃん。良く似合ってますね」
「そうでしょう? やっぱり、うちの娘は世界一可愛い!」
「あ、ははは。そうですね、ラインドさん」
アシリアさんのどこか呆れた笑い声を無視し、俺はサターニャの出で立ちを確認する。娘が身に着けていたのは、いわゆる『水着』と呼ばれるものだった。
上下が繋がったもので、腰元にはフリルがふんだんにあしらわれている。桃色をしたそれは、透き通るような色のサターニャの肌にピッタリだった。
長い髪は後ろで一つに結んで、動きやすくしてやる。
それが終わると、娘は一直線に湖に向かって駆けて行った。
「ところで、リチャードは?」
それを見送って、ふと俺はアシリアさんに訊ねる。
今になって気付いたのだが、一緒にきていたはずの少年の姿が見当たらなかった。どうしたのかと思い、振り返るとそこには……。
「……なに、やってんだ。お前」
鼻血を出し、それを必死に抑えるリチャードがいた。
俺は思わず呆れてそう言うと、
「う、うるせぇ! はれんち!」
少年は顔を真っ赤にしながら、そう叫ぶ。
「どこで覚えてくるんだ、そんな言葉」
俺は意味も分からず、そう言いながら首を傾げてしまった。
まぁ、とりあえずは放っておいていいだろう。
「なぁ、アシリアさん? 動物は大丈夫なのかな」
「あ、もしかして――ももちゃんですか?」
「あぁ、一応連れてきたんだ」
俺は少年の母親に、質問を投げた。
そして、持ってきたバスケットの蓋を開ける。
するとそこからは、子猫――ももが元気良く顔を出して、
「シャ――――――――――ッ!!」
「だっ、こいつ!?」
俺の手を引っ掻くのだった。
とまぁ、そんな感じで俺たちの避暑は始まる。
湖には元気な子供の声が響いていた。
次回の更新は、おそらく明日の12時頃です!!




