七草 三
雪の散らつく中、八千代は伴を連れ馬を駆って鹿狩りに出かけて行った。
薬草園から邸に戻る穂積の耳にも馬たちの蹄の音が届いた。
夕刻、倒した大鹿を携えた八千代は晴れやかな顔で邸に戻った。
得意の弓で仕留めた見事な鹿を前に邸の皆が集まって賞賛し、賑やかに談笑する声が響いた。
兄上がお戻りだ。
穂積は部屋を出た。
早朝は私に対してあのような仕打ちをされたけれど、
確かに酷いと思ったのだけれど、
このような寒風の中出かけた八千代兄様を
やはり私は案じないではいられない。
そう穂積は思った。
そして邸の者とともに、屈託のない笑顔で獲物のそばに立つ八千代を見つめて安堵し微笑んだ。
誇りに満ちてたくましく、清々しいその風貌から目が離せない。
誰もが敬い憧れる兄上。
私もそのような兄上に魅了されている。
豪胆で思ったことは行動に移す性分の兄上は、時に粗末な身なりをして変装し、ほとんど供も連れずに町に出て民に混じり、その暮らしぶりを伺っているとも聴く。
この国はこのままではいけない、そう考える兄上の思いは私にもわかる。
お爺様はなぜ、兄上に政を担うことを許されないのか。
何かこの私が陰ながら兄上のお力になれることはないだろうか。
かつては、美しく整えられた邸の庭を二人して眺めながら遊び、語らった。
時に兄上の得意の笛に合わせて、私が舞を舞うことも。
即興の音色と舞が交差して、心が昂ぶる。
兄上が、私が愛した時間があった。
しかしそのような風雅のひと時も、今は失われた。
優しくて強くて、いつも私をかばってくれた兄上が私を遠ざけるようになった。
兄上を慕って邸を探し歩く私に、「女々しい。疎ましい奴」と吐き捨てるようになった。
私の何がいけないのか。
何が疎ましいのか。
兄上のお心のうちには私のうかがい知れない、激しい何かがある。
私は九つの時にそれに気がついて、以来忘れることができない。
兄上が私に冷淡になったことにはきっと理由がある。
私を見据える兄上の瞳にその何かを慮る時、私の心はざわめく。
穂積はそう思った。
同じ夕刻に玄武院から穂積の元へ、穂積が摘んだ七草への礼状が届けられた。
またその書状には、来たる院の誕生祝いに際してはぜひ、
穂積が得意の舞を披露されたしとの所望が添えられていた。