人は変われないし、戻ることもできない。
シリアス回、女戦士の過去回想編です!
わたしにはもうひとつのわたしの記憶がある。具体的に言うと、ここではない世界での自分の記憶。異世界での自分の記憶。ここが異世界なのか、それともわたしの記憶のなかで描かれる世界が異世界なのか、わからないけれど。
そのもうひとつの自分は、暗い部屋のなか、光る画面に向かってただ無機質なカチカチというような軽快な音を鳴らしていた。――ぱそこん。パソコン。そう。たしかそういうのをパソコンって言ったんだっけ。
それからある程度そのパソコンを触り、わたしはいつもどおり、カーテンで閉まりきってしまっている窓をカーテンは閉めたまま、そっとわたしの手首が入るほどの小さな隙間を開け、外をみる。
わたしと同じくらいの年齢の女の子三人が、楽しそうに笑いながら歩いていく。それをただみつめるわたし。なにが気になってみているのかわからないけれど、彼女らをみて自分が妬ましいと感じているのははっきりと分かった。
そんな夢を毎晩のようにみる。今日もみた。
きっと忘れてはいけないことなのだろうとおもい、その夢を日記帳に書き綴る。もうそれが習慣になってしまった。
その日記には、みた夢だけを書いているのではなく、思い浮かんだ単語も書くようにしている。例えば、パソコンとか、ぺぷしねっくす、すまほぉ、そして、りぜろ。特に気になっているのは「りぜろ」という単語。すごく好きだった気がする。
「りぜろ」ふと声に出してみる。……もちろん思い出せない。「ぺてるぎうす」といまとっさに思いついた言葉を声に出し、日記帳に書き起こす。「ろむじい」同じように書き起こす。すごく印象に残っている言葉だけど……思い出せない。
「……ふぅぅ」と溜息を吐いて、わたしは外へと出る。ユウキという新人冒険者のパーティーの集合場所へと向かうため。だいぶ早いけど……この部屋でひとりいるよりよっぽどましだ。
わたしはふと思う。
もし、わたしの夢のなかのわたしが何かの折にこの世界に来たとしたなら、それがわたしとしたなら、きっといまとなにも変わっていないのだろう。
ひとは、いくら環境が変わったとしても――変われないものは、変われないのだ。
■■■
「もしかして、女戦士さんって、ひきこもり、ですか?」
集合時間よりだいぶ早いため、パーティメンバーには見つからないだろうとたかを踏んでいたが、いた。
「どこまで、知ってるの?」平然をできるだけ装いながら言葉を紡ぐ。口調が以前のわたしに戻ってしまったことに後から気づいたが、もう後の祭り。
「口調、変わりましたね」
「黙れ」
いまわかった。わたしはユウキが嫌いだ。見透かした顔がすごく嫌い。
「……話して、頂けませんか?」とユウキはまっすぐにわたしを見つめ、そう言う。
「知ってるんじゃ、ないの?」
「はい、知ってます。すみません」
「なら、どうして? あんたが勝手に知ったことなら、それでいいじゃない。あたしから話すことはなにもない」
「女戦士の口から、知りたいんです」
「なんで?」
「仲良くなりたいんです」
「……パーティーには迷惑はかけないから、別にいいでしょ。それで」
「そういうことじゃねぇんだよ!!」ユウキは肩を揺らし、大きなこえを突然出す。「……すいません。大きいこえだしちゃって」
わたしはユウキにとっさに反論しようと開口したが――やめた。
ユウキは、ユウキの手は、ふるえていた。
そして、下をうつむかず、必死にわたしの目を見据えながら、言葉を続ける。
「……ふつうに、ごくふつうに、話をしてみたいんです。女戦士さんと。べつに……その、互いに悩みとか愚痴とかを言い合えるような深い仲じゃなくて……いや、もちろんいずれはそうなれたらいいなって、そうは思いはしますけど……まずは、その……話してみたいなって。もっとぼくのほうから女戦士さんのことを知りたいなって、そう思うんです」
ユウキは話し続け、息を切らしてしまったのか、大仰に両肩を上げ、息を吸う。
……必死なんだ。そう思った。
「……あっそ」
わたしは、過去の重い思いを語ることに決めた。これは決してユウキのためではなく、ただの自己満足だ。
■■■
わたしは恋をした。同じパーティーで戦士、盾役、そしてリーダーの三役を担っていたひと。名前は……忘れられない。これからも忘れることはできないとおもう。
――ケイスケ。それが彼の名前だった。
彼は当時、冒険者ギルドに初任給目的で入っただけで、自主的にモンスターを狩りに行かず、商業ギルドのアルバイトとして生活していたわたしをパーティーに入れてくれた。神官として。
最初は彼のことは好きではなかったけれど、同じパーティーとして生活するなか、パーティメンバーに世話を焼き溜息をつきながらも丁寧にそして親切に接する彼を見ているうちに……好きになった。きっとこれは必然だったのではないか。そう最近になっておもう。
彼を間近で見ていれば、だれでも好きになってしまうだろう。
だから、当然といえば当然、同じパーティメンバーの赤髪の女戦士はわたしと同じように恋をした。もちろんケイスケに。
彼女は本当に素敵なひとだった。女らしくはないが、戦闘中先人をきって、勇敢にケイスケとともに戦う彼女は剣舞を踊っているかのようで、ただただ美しかった。サポート役としてでしか活躍することができないわたしにとって、それを後から眺めることしかでできないわたしにとって、ただただ羨ましかった。わたしもこうなりたいと強くおもった。
後ろからみていると分かることがある。いや、パーティのことに関していえばわからないことがないといっても過言ではないほど、なにもかもよく見えてしまう。
ケイスケが抱く、赤髪の女戦士への恋心にも。
その日は雨だった。ケイスケたちのパーティは着々と実力をつけ、鬼怒の森の深部へと歩を進め、次々に数多のゴブリンを倒していた。破竹の勢いで。
だが、その進撃は洞窟へと入ったことで、崩れた。
その洞窟には手練のゴブリンだけでなく、それらをまるで総べているかのように降臨していたミノタウロスが存在していた。
わたしたちは一目散に洞窟から逃げ、無事にその危機から脱した――したかにみえた。
まるで同族の復讐心のみで動かされている屍のような――ゴブリンのパーティの大軍が洞窟から、滝のように溢れでた。
悲鳴をあげながら、必死にイェーナへ一目散に逃げ出す。ケイスケを除いて。
わたしはそれを不審に思い、足を止める。
「ナツミ、がいない」ケイスケはあの赤髪の女戦士の名を告げた。
「きっとわたしたちを逃がすために……殿になって……」わたしは分かりきってることを口に出した。それ以外になんてケイスケに言ってあげればいいのか……分からなかった。
「どうすれば、いい」ケイスケは言った。
わたしは、
「これからの、パーティはどうなるの?」
そんなずるい言葉を吐いた。
ケイスケらパーティメンバーは無事になんとか、ゴブリンの大軍から逃げることに成功し、生き延びた。ナツミの犠牲によって。
ケイスケの終始、mるで壊れかけの人形のような無表情の様子を、わたしは見れなかった。まるで鏡の見ているようで。
次の日、ケイスケは自殺した。
わたしは、その後、髪を赤髪に染め、神官から転職し、女戦士になった。