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眠る月の皇子  作者: 古波萩子
第3章 叡智の眺め、MMO『黄泉オンライン』
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 第7話 電谷の怒り 〈電谷 視点〉

 あい領地本部ビル。電谷でんやは電脳技術屋に与えられている部屋を訪ねた。勝手知ったる古巣には、現在のこの部屋の主、電徳でんとく遙一よういちがデスクに座ってひたすら電脳を触っている。


電谷でんや。どこまで昼飯食いに行ってたんだよ」

「昼メシ?」


 首を傾げる電谷でんやの様子に、遙一よういちは顔が引きった。


「おまっ……!?」

「ああ! てるやんに呼ばれてすっかり忘れてた」


 ぽんっと手を打ち、「安心したまえ。昼メシなんて食べてないのである!」とどや顔で宣言する電谷でんやに、遙一よういちはがくりと肩を落とした。


「意味分かんねぇよ。昼飯済ませてさっさと戻ってくるって言ってただろ」

「そーでしたっけ? ところでにゃんすけ氏~」

「〝にゃんすけ〟呼びはやめてくれよ!」

「『カロディアル・ファンタジー』の固定パーティーってリア友だった?」

「へ? いや――」


 電谷でんやの唐突な話題転換に遙一よういちは目を丸くした後、一旦口ごもる。ぐっと歯をいしばってから弱々しく喋り出した。


「……ただ、電拳でんつか族長が、いた。電谷でんやを呼んだ時はいなかったけどさ」

「あー、ひょっとして用事で来なかったのが殿とのだったのか。それで、あの中の〝よもぎ〟って僕っ子の女性についてなのですが――」

「あれ、多分中身は男だぞ……」

「ハイ!?」

「〝よもぎ〟は女の声だけどさ。今は、電拳でんつか族長と同じボイスチェンジャー使いだったんじゃないかって思ってる。男の理想の女は、男が演じる女ってやつで」

「ヒエッ! ま、マジっすか……。「今は」ってのは? 何か心当たりが出てきたのん?」

「……実は、他の固定の奴らと違って、普段から電拳でんつか族長のキャラと〝よもぎ〟がパーティー組んでる姿を見掛けてたんだ。あの2人、リアルで知り合いだったかも、って。ただの勘。こう言っちゃなんだけど……電拳でんつか族長のあのきっつい性格に付き合える女っていると思うか……? 電脳族でんのうぞく内でも仲良い奴って電谷でんやだけだっただろ」

「あー……」

「それに〝よもぎ〟さ、電拳でんつか族長がログインしなくなってから、同じようにインしなくなった。もう連絡もない」

「そっかー。がっくし」

「……。何かあったのか?」


 遙一よういちが恐る恐るたずねる。また何かまずいことを知らずにしでかしていたのだろうかと、その瞳は不安で揺れていた。

 電谷でんやは、遙一よういちの背中を景気よくバンッとはたいて「何でもないよーん! ちと可愛い子だったなぁと思い出したから聞いてみただけっ」と笑い飛ばす。遙一よういちはほっと頬を緩ませて、「お前もネカマに引っ掛かんなよ。バーカ」と笑って小突き返した。






                 ◇◇◇





 翌日。

 2年1組の教室で、電谷でんやは生あくびを噛み殺しながら机につっぷす。


(ハー……日差しが染みるわぁ)


 ほぼ徹夜で『黄泉よもつオンライン』をプレイしていた。ともに遊んでいた輝夜てるやすは、深夜になる前に遊ぶのをやめて落ちてしまったが。

 電須でんす佐由さよしからのアクションはまだない。獣櫛じゅうくし涼柁りょうたに『黄泉よもつオンライン』の佐由さよしのキャラクターについて聞こうともしたのだが、運悪くかの人物は病気で寝込んでいて話せる状態じゃないと獣羽じゅうは恵兎けいとに言われた。

 〝よもぎ〟というプレイヤーの攻略サイトにも問い合わせのメールと書き込みをしている。その〝よもぎ〟からも返答はなく、ゲームにログインしている気配もまだない。


 あい領地『領王』機國きぐに敦美あつみと『九位』の炎乃えんの響華きょうかが、電谷でんや達と同じく昨日から『黄泉よもつオンライン』を始めている。ただ、彼女達と電谷でんや達は一緒に遊べるところまで進んでいない。

 敦美あつみ達は、ゲーム開始領地を辛夷こぶし領地にしたそうだ。電照でんしょう巫倉みくらの件もあり、辛夷こぶし領地が選べる種族を敢えて選んだという。残念なことに領地が違うと、とあるレベル25のサブクエストをクリアしなければ他領地に移動出来るようにならないため、ともに遊ぶことが出来ない。それをクリアするまでは別行動である。


 ――敦美あつみは、情報収集も兼ねて電脳族でんのうぞく宙地原族そらちのはらぞく派閥を選び、響華きょうかは、火族ひぞく太陽族たいようぞく派閥のキャラを作ったそうだ。


 火族ひぞくは北の椿つばき領地に火族ひぞく本家がある。ゲームではその椿つばき領地の他に、皇族領地と牡丹ぼたん領地、山茶花さざんか領地や辛夷こぶし領地、うめ領地など、領地の選択肢が火族ひぞくはかなり多かった。さすが、『皇帝』の近臣である。持っている支配領地の数は圧倒的だ。


「……なぁ、電谷でんや

「ん?」


 声を掛けられて電谷でんやは顔を上げた。クラスメイトの男子生徒が、妙に周りを気にする風情で電谷でんやに近寄ってくる。遠巻きに他のクラスメイト達が耳を澄ませているのが分かった。


(ああん?)


 電谷でんやは教室の不可解な緊張感と雰囲気に内心眉を潜めながらも、普段通りのひょうきんな笑顔で対応した。


「なんでしょー?」

電谷でんやは知ってんだろ。水城みずしろさぁ……本当のところはどうなんだよ……? 教えてくれよ」

「は……?」

「――――」


 クラスメイトの発した言葉を聞いた瞬間、電谷でんやは教室からき消えていた。








「ふざけんな!!」



 バンッ! と扉を開けたと同時に、電谷でんやは怒鳴り散らしていた。


 幹部会議室には『三位』水名みずなとおる、『六位』色部いろべ直晃なおあき、『七位』紙垂野しでのつかさ、『八位』水瀬みずせ英貴ひできと、ちょうど電谷でんやが怒りをぶつけたい人間が揃っている。

 電谷でんやの剣幕に皆が驚く。そこにはいつも明るく楽しげにへらへらと笑っている電脳族でんのうぞくの青年はいなかった。拳を硬く握って震わせ、ギッときつく英貴ひできを睨み付ける。


「何が休学だよ……!! てるやんをどこまでも騙しやがって!! 嘘を言って実際は退学させているのが水族みずぞくのやり口かッ!!」


 英貴ひできは涼しい顔で聞き流す。とおるがそんな英貴ひできにばっと顔を向けた。


「退学!? どういうことですか!?」

「族長の資格がない水名みずな家には関係ない。黙っていてくれないか」

「っ……!」


 外野の紙垂野しでのがそろりと壁際に移動して小さくなる。端で色部いろべは苛立たしげに「うっざ」と吐き捨て舌打ちをしていた。

 電谷でんやは周りの上位ランカー達には目もくれず、真っ直ぐ英貴ひできだけを怒りの表情でねめ付ける。


「俺が今日、クラスの奴になんて言われたか! 「水城みずしろ、本当は退学じゃなくて死んだんだよな?」だぞ!? なんで死んだことにまでされなきゃならないんだよ!! てるやんが何したよ!?」

「それはそれで後々詮索されずに済むじゃないか。だいたい我々にそのような因縁をつけられてもな」

「お前らが裏で噂を流してたんだろッ……ずっと! てるやんが犯罪者の元・上位領地ランカーだなんてありえないような馬鹿な噂を、まるで真実みたいに! おかげで学校の奴らはみんな、てるやんが翡翠ひすい領地のランカーだったって思い込んでる! この間のくず領地と翡翠ひすい領地の一件でテロを起こして死んだって……!!」

「悲しい勘違いだな。輝夜かぐや様の兄君の話とごっちゃにされてしまったのか」

「タカ様だってテロを起こしたわけでも犯罪者でもねぇだろ!! ただの被害者だ!! いつからくず領地と口裏合わせてた!? 汚ぇよ……ッ!!」


 歯を剥いて怒鳴る電谷でんやに、英貴ひできは不快さも隠さず、目をすがめながら大業に溜息を吐く。


「一体何様のつもりで喋っているんだ、電脳技術屋風情が」

「アンタこそ何様だよ、てるやんをおとしめてっ……! 一方的にあい領地での居場所を取り上げられて奪われる側の苦痛が想像出来ないのか! 存在を消されるつらさが!!」

「ハッ、めんどくせぇ護衛が終わって最高じゃん」


 色部いろべ電谷でんやを煽るように軽口を叩く。怒りを露わにした電谷でんやに、さげずむ目を向け冷淡に罵倒する。


「ウゼーんだよ、電脳族でんのうぞく

「っ!?」


 瞬間、電谷でんやの視界から色が消え去った。視覚から色を奪われてバランス感覚が狂い、まともに立っていられない。その場で足をもつれさせ、ぶざまに床に倒れた電谷でんやの頭上から、嘲笑あざわらう笑い声が降り注いだ。

 電谷でんやはぐっと歯をくいしばる。久々に味わう、種族能力による一方的な抗えない暴力だった。


(くそ……! くそ! 何でそんな簡単に人の居場所を奪うんだよ! そこがその人の存在を保証する唯一の場所なのに、何で何でなんでなんで!!)


 電谷でんやの瞳が悔しさに湿り始める。吐き気をもよおすほど胸糞が悪くてたまらなかった。



「いつからここにはモラルの無い男しかいないわけ」



 高圧的な女性の声が、驚くほど鮮明に電谷でんやの耳に届く。カツンと傍でヒールの音が聞こえる。


 空気が変わった。――いや、事実本当に変わったのだ。


 ふっと、電谷でんやの視界の色が戻る。再び戻った正常な目は、業火に包まれる壁と天井を映し出した。

 あまりの熱さに一瞬にして滝のように汗が吹き出す。空気も重く熱い。喉と肺を焼いてしまうのではないかと思うほどの高温だった。とおる英貴ひでき色部いろべ紙垂野しでの電谷でんやのように次々と倒れかけ腰を折る。ゼエハアと息荒く、響華きょうかを仰ぎ見ていた。

 響華きょうかの力の影響化で彼らが力が使えなくなっているのだと気付き、電谷でんやは仰天する。

 いや、驚いたのは電谷でんやだけではない。英貴ひでき達も信じられないといった驚愕の目を響華きょうかに向けている。

 響華きょうかはそんな彼らを真紅の瞳を細め、柳眉を釣り上げて見下ろしていた。


「くだらないことやってるんじゃないわよ。全く、こんなことならアンタ達をかすみより下の順位ランクにしておくんだったわ」


 忌々しげに舌打ちをして茜色の長いウェーブを掻き上げ、響華きょうかは部屋を覆う炎を消し去った。全員が楽になった呼吸と温度に床に崩れ落ちる。


「こ……これぼどの――」


 ――これほどの能力者だったのかと、英貴ひできが息も絶え絶えに呟き、真っ青な顔で響華きょうかを凝視していた。

 響華きょうかは一切英貴(ひでき)を視界には入れず、とおるにだけ冷たい視線を向ける。


とおる、……つまんない男になったわね」

えんさん……」


 とおるが苦渋の滲んだ顔で俯いた。響華きょうかはすっととおるから視線を逸らし、電谷でんやが起き上がるのに腕を貸す。

 ほうほうのていで廊下に救い出された電谷でんやの目からボロボロと涙があふれ出た。


「エ、エン様……っ」

「私は通りがかっただけよ。面倒はごめんだわ」


 響華きょうか電谷でんやの言葉を遮り、制服のポケットから取り出したハンカチを電谷でんやの顔に押しつけた。


「あげるわ。ちょうど新しいのが欲しかったの」


 響華きょうかは不敵に笑うと、身を翻して去って行く。

 ハンカチを握りしめ、電谷でんやは遠くなる響華きょうかの背に向かって深く頭を下げた。


「助けていただいて、ありがとう……ございます……」


 心の底から謝意を述べる。再び顔を上げた電谷でんやはぐいっと腕で涙を拭うと、幹部会議室を睨み付けてあい領地本部ビルから姿を消した。



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