第4話 辛夷領地の電脳と、機械族の機条族長
11月15日。朝7時。
藍領地本部ビルでは、既に領地ランカー達が忙しなく動き回っていた。
領王執務室。藍領地の軍服に身を包んだ敦美は、書類を見ながらブラックコーヒーを口にする。
プレジデントデスクを挟んで敦美の前に立つ電徳遙一は、渡された書類を渋面で何度も読み直し、隣の電谷に顔を向けた。
「電谷に藍領地の共用電脳支配権が無いってどうなってんだよ……」
「フフフー。そう! それは、とあるサイコ密入領者の存在が発覚した時じゃったー」
「げ。〝電牙葦成〟……。だけどアイツ、電脳族じゃないはずだろ」
「どうもねー、お仲間が多いようなのデス」
「電脳族の仲間か。でも、現実問題として機國『領王』様と電谷以上の電脳族なんていないだろ。電――」
「電拳族長以外に」という言葉をとっさに呑み込んだ遙一は、ぎこちなく顔を強張らせる。
電谷はそんな遙一に気遣うような視線を送った。
そこで敦美が口火を切る。
「――2人とも。藍領地の電脳を乗っ取っているのが誰なのか想像はつく?」
その問いに顔を上げた遙一は思いがけず敦美と目が合い、頬を赤くして視線を書類へと逸らした。恥ずかしそうにモゴモゴと口を動かして黙り込む。
「――私は、電照巫倉の仕業だと思っている」
敦美の言葉に、遙一はこれでもかと言うほど目を丸くし、電谷は「そーですか。俺はお兄様の可能性もあると思うんですけども」と考え込むように腕を組む。
2人の発言に遙一は仰天する。
「ちょっ!? え!? み、巫倉様だと……?! そんな馬鹿な! 藍領地にいるはずがない!!」
「馬鹿なって、前に電照巫倉様本人が藍領地に連絡してきた時は、葛領地のハイ様閣下が噛んでたからそっちも知っているっしょ? 電照巫倉様が藍領地に居たとしても不思議じゃないと思いますぞ。むしろ自然?」
電谷の答えに納得出来ないのか、遙一は難色を示し続ける。
敦美はその反応を怪訝に思い、きょとんとする電谷と視線を交わすと遙一に尋ねた。
「――どうして巫倉が藍領地にいないと思うの?」
「み、巫倉様は辛夷領地の電脳技術屋のはずです」
「――え……」
「はいぃ?」
敦美と電谷は驚く。
直ぐに電谷は遙一に子細を問い詰めた。
「それマジなの!? 詳しく!!」
「あ、ああ……。葛領地の工作員ランカー2人が暴れた時にした電話だよな? あの時のは、確かに辛夷領地の電脳から巫倉様の通信が入ってたんだ。巫倉様は辛夷領地に居た」
「――電谷。前に電牙葦成のことを辛夷領地に問い合わせた時に電脳のハッキングをしたんだよね? ハッキング戦の方もしていたの?」
「ハッキングはしましたが疑似ハッキング戦はやってません! 特に妨害が無かったんデス。
辛夷の電脳技術屋は、俺のヤバイ評判聞いてるから電脳ハッキング戦を仕掛けて来ないんだなぁーってのんきに判断しておりました……」
「――私は電谷のハッキングの早さに、辛夷領地には共用の電脳を管理する電脳族がいないと思ってたんだけど、電谷はいると感じてたの?」
「はい。ほぼ好きにハッキングし放題でしたが、完全な乗っ取りは不可だったのでいると感じてたのデス。
例えるなら、電脳技術屋を雇っていない無防備状態の共用電脳は更地の土地なのです。雇っている共用電脳は土地に家が建っているんっすよ。
辛夷領地はその家が建ってますが、無用心にも鍵が開いてて家の中を自由に見て回れたのデス。ただ、もう家が建っているから俺は家を建てられないって感じだったっすね」
「――つまり、巫倉が電牙葦成と共に藍領地に来ていて辛夷領地を留守にしているってことだね」
「巫倉様が電牙葦成と!? まさかそんな……!」
「……むう、そうなるんすっかね。
防衛の観点から、電脳を支配した後に別の土地に移動するって発想はなかったですわ。確かに電照巫倉様の支配なら、本人がその土地にいなくても普通の電脳族じゃ乗っ取り返しは難しー!
それでも俺は、ここで電須佐由様説も主張しておきますよん。藍領地にいらっしゃるのが確定しているのは電須佐由様の方ですからネ」
「――でも乗っ取られた時期は電牙葦成の時だから」
「で、で……電須、佐由様だって……!?」
遙一は佐由の名に驚愕する。佐由は電脳族でありながら皇族になったという伝説を持ち、電脳族内で神格化された存在だから尚更だ。
「あ、あ、あああ藍領地に本当にいらっしゃるのか!?」
「いるよん! そうだ。裏で水族の電脳技術屋も担当してたんでそっちの仕事も譲りましょー」
「え? え!?」
堂々と敦美の前で裏の仕事の話を切り出されて、遙一は目を白黒させる。
電谷はそんな遙一を引っ張って扉の前で一礼し、領王執務室から笑顔で退出した。
2人を見送った敦美は、再び手に持つ書類をじっと見つめる。
それは『二位』と『十一位』の空位を埋めるため、藍領地で闘技大会の開催を宣言するための書面だった。
『八位』水瀬英貴に渡された物で、彼と『三位』水名透の署名が成されている。つまり水族の総意という訳だ。英貴にはそのことを匂わされ、『領王』の署名を必ずして欲しいと言われた。
(尤もらしい理由を並べて公然と闘技大会を開きたいんだね。私に対する念押し……。ここに署名させて、後々私に文句を言わせないためのものだ)
水族が敦美を『領王』から引きずり下ろしたがっている本音が見え隠れし、どこか白々とした目で書類を見る。
既に上位領地ランカー2名の署名があるため、敦美の署名が無くても発動しようと思えば出来る状態のものだ。それをせず、一応敦美にこうやって伺いをたてている理由はただ1つ。敦美との敵対を回避したい狙いが透けて見える。
(私は別に戦ってもいいのに、2人がかかってこない)
敦美は『領王』なので、この闘技大会を止めようと思えば力づくで止められる。この署名にサインをした上位領地ランカー2名を正々堂々白日の下で倒せばいいのだ。
だが、この2人は敦美と戦わない姿勢を貫くと思う。相手が両手を挙げて降参している状態を倒したような公的戦闘の結果では、無効化を叫ばれるリスクがつきまとう。
敦美は空中に電脳画面を出現させ、電拳剣が遺したメモを表示した。最後の項目を見る。
――『6・真・宙地原世界ED……〈条件〉〝藍領地の闘技大会で以下の出場者が揃う。水名篁朝、風我唯、水名透、電須佐由〟』
(電拳族長の予知夢も、最後は闘技大会をやるのが条件なんだよね)
しかし、一体いつ頃の開催が望ましいのかが不明だ。
更にはこの出場者が現段階で有り得ない夢の人選としか言えないため、不可能に近い条件だと思える。
何故か〝水城篁朝〟が、〝水名篁朝〟になっているのは誤字なのだろうか。水名家に養子に入ればその名字もあり得るかも知れない。
敦美は脳裏で仲の良い篁朝と輝夜の姿を思い出す。そんな未来が全く想像出来なかった。
不意に、強気な親友が見せた心細げな呟きが脳裏に蘇る。
『最近、あの9年前の試合を悔やむ自分がどこかにいるのよ。真面目にやれば私は敦美に勝てたのか、それとも負けたのか?』
(……決着をつけたいならつけよう、響華。そんな悩み、私が吹き飛ばすよ)
覚悟を決めた敦美は、闘技大会の書類に署名をした。
11時。予定通り、機械族の機条帝族長から連絡が来る。
敦美が点滅する受話器のアイコンを押す。電脳画面に機条が映し出された。
機条は地味な顔ながら、どこか浮世絵離れした雰囲気が漂う。
敦美の父と同じ鉛色の双眸を静かに敦美へと向けた。
「――久しぶりです、機國『領王』。早速、弁明をさせてもらいたい。機械族は藍領地に対して他意は無い。先だっての翡翠領地民が起こした騒動に関して、常人整調薬の煙玉を彼らに譲渡及び販売は行っていない。あれは藤袴領地に卸した品と思われる」
「――証拠を」
機条から生産、出荷、納品、輸出に関する様々な記録が通信で送られてくる。敦美は素早く藤袴領地から提出された書類とも差違はないか確認した。
不正はないと判断を終え、敦美の視線が機条に戻る。
彼はそれを確認して続きを話す。
「――常人整調薬は、非戦闘能力者である機械族と電脳族の一時的撤退や逃亡を目的とした護身用品だ。ただ、攻撃用途で開発されたものではないとしても、他種族が攻撃目的に使用することがあるのは知っていた。だからこそ9年前の翡翠革命の件を警戒し、翡翠領地とその近辺の領地に卸すことはしていない。
銃に関しては機國『領王』もご存じだろう。あれらの武器は人の手が介さなければ動かない道具。道具は機械族の発明ではなく、刃族が管理する武器である。勿論、それを応用したミサイルなどの兵器は機械族の生産品だが」
「――刃族からはまだ返答がないけど、多分謝罪は来ないと思います」
「――道具は道具でしかなく、使い手の心次第だというのがかの種族の言い分。機械族の護身用品のせいで殺戮兵器と化すのだと、また機械族にお叱りが来るな」
「――……」
微かに眉を顰めた敦美の表情を見て、機条は相好を崩した。
「――理不尽に思えるが、刃族にしても剣や弓、銃などの道具は非常時用の護身用品として造られているものでしかない。種族能力が有れば簡単に防げる性能であり、戦場で体調不良や精神の疲労によって一時的に力が使えなくなった際に、やむを得ず命を守るために使うのが本来の正しい使用法である。
現に刃族は、他種族がこの武器を使って無力な機械族に一方的な攻撃をすることを一切認めておらず、機械族に設計図を譲渡して下さった歴史がある」
「――武器と言えば……弟に核星爆弾の造り方をどうして教えたんですか? 機械族の族長にしか受け継がせないと言っていたのに」
敦美は藍領地の『領王』になった時から、機条に次期機械族族長の話をもらっている。その関係で、機械族族長のみ受け継ぐ知識を多少得ていた。
だが弟の仁芸は族長候補ではないのだ。
敦美の問いに機条は笑みを消し、真顔になる。じっと感情の浮かばぬ瞳でしばし敦美を見つめてから口を開いた。
「――君は、本当に機械族の族長になるのだろうか……?」
(……え……)
敦美は思いがけない言葉に目を見開いた。何となく将来は機械族族長になることを受けいれていたからだ。
「――私は……」
「――亡くなった電拳族長は、異様な電脳族の長だったと思う」
機条に言葉を遮られ、敦美は一旦口をつぐむ。
「――大地族の人脈、刃族に銃を都合させるコネ。あれは一介の電脳族族長が持ち得る影響力ではなかった」
「――翡翠領民の銃は、電拳族長の調達によるものだと……?」
「――私はそう推測している。そして、彼によって翡翠領地と藍領地、2つの領地が引っかき回されている。多数の領地をまたぐ影響力――皇族御三家も顔負けだった。あれをただの種族の族長と評するのは、私はいささか躊躇する」
「――皇族のような、影響力……」
機条は「不敬かな」と苦笑した。
「――しかし、そうとしか言えない。そして君も、彼と同様の所業をしていると自覚して欲しい。藍領地の『領王』の領分を越え、海を隔てた中央大陸の葛領地、女郎花領地、藤袴領地、更に北東の翡翠領地に攻撃を行い、影響を及ぼしている。私には、君が機械族の族長に収まる未来が見えない」
「――私を次期族長にするつもりはないということですか?」
「――いや、なってくれるならありがたいよ」
ふんわりと機条が微笑む。しかし、その鉛色の瞳には感情というものが一切滲んでいないように見える。昔から機条の作る表情は不思議と人工的で、特に敦美はAIの搭載されていない心の欠けたロボットみたいだなと感じることがある。
「――君は1度ぐらい藍領地を出て中央大陸に旅行してみると良い。機械族の〝機國敦美〟を知らない『領王』も族長もいない。これは大袈裟ではなく事実だ」
「――暇が出来たら」
「――それは一生やらない常套句だな」
機条は呆れたように嘆息するが、そもそも敦美は例え『領王』でなくなったとしても輝夜のいる藍領地から離れる気はない。
「――最後に1つ、機械族族長しか知らないことを聞かせて下さい」
「――ならないかもしれないという話をした後に切り出してくる話ではないだろう。しかし、構わない。何だろうか」
「――皇族御三家の1つ、太陽族が800年前から隠れ住んでいる場所は、辛夷領地ですか」
「――そうだ。正確には、辛夷領地が所有する島、梅領地。衛星で見つけたその場所は公然の秘密で、特に機械族族長のみが知る情報ではないが、君の世代にはその地名を教えていなかったか」
「――両親や親戚の大人は皆、電須佐由に関わる話は曖昧にしか話してくれないので」
「――君は特に、事故死した電照族長の娘とともに育っているせいだろう。
太陽族が隠れ住む場所を教えはしたが決して接触しないように。それが機械族として、皇族に示せる唯一の礼儀で不文律でもある」
「――はい」
(辛夷領地と巫倉が、完全に太陽族で繋がった)
その後、機条とは当たり障りのない情報交換を行い、通信を切った。
敦美がプレジデントデスクに視線を向けると、仁芸から譲られた携帯端末にメールが来ていたことに気付く。
そういえばバタバタしていて、仁芸の代わりの携帯端末を買うのを後回しにしていた。仁芸は他にも携帯端末を持っているので「早く買ってくれ」とせっついてこないせいもあり、つい優先順位が下がっていたのだ。
とりあえず、緊急のものかどうかメールを開いてみることにする。
ボタンを押してから頭の片隅で、仁芸に了承を取るのを忘れたと思った。後の祭りである。
しかし瞬時に仁芸への思考が綺麗さっぱり吹っ飛んだ。
『俺の知人が作った『黄泉オンライン』というゲームを良かったら一緒に遊ばない?』
相手は〝水城輝夜〟と表記されていた。
メールの内容に敦美の思考が完全に停止する。信じられないものを見るように敦美はそのメールを凝視した。
(水城君から遊びの誘いのメールが……!? あ、でもこれ本当に水城君!?)
夢でも見ているのだろうか。
敦美はすっかり狼狽し、革張りの椅子から立ち上がると執務室内を意味も無くウロウロと歩き回った。ふわふわとした思考で輝夜のメールが頭の中全てを占める。
(返事……返事しないと!? 仁芸に聞いてから「うん、遊ぼう」とか。でもそれじゃ短過ぎてそっけない文章に見えるよね、顔文字をつけた方が……。顔文字ってどれを使うのが一般的かな。どうしよう、普段全然使ったことない。もっと文章を増やして返事したいから、この『黄泉オンライン』で広げ――って、え……? 『黄泉オンライン』!?)
そこで敦美は漸く剣の遺言で次の条件として掲示されていたゲーム名に気付いて驚いた。慌てて剣のメモを確認する。
――『4・滅亡来襲ED……〈条件〉〝『黄泉オンライン』炎乃響華がプレイ〟〝影法師の目撃〟』
敦美はメール内容を熟考している場合ではないと思い、急いで輝夜に電話した。電話帳にも輝夜の番号があり、いつの間にか輝夜と交流している仁芸に敦美は軽く嫉妬する。
数回のコール音の後、電話が繋がった。
『もっ、もしもし。ごめん、さっきは授業中にメールして』
(水城君の声だ)
ショッピングモール以来である。数日振りに輝夜の声を聞けて心がふわりと温かくなった。敦美は頬を緩めながら答える。
「――ううん。執務室にいるから大丈夫」
ドキドキと鼓動が高鳴り、つい緊張して言葉を切ってしまった。1度深呼吸をこっそりしてから出来るだけ綺麗に聞こえる声音を探る。
「――教えてくれたゲーム……響華も誘っていいかな、水城君」
(最後ちょっと上擦った……!)
よりにもよって輝夜の名前の部分を噛みかけ、敦美はぐったりと壁にもたれる。とんだ失態だ。
しかも輝夜からは戸惑っているような雰囲気が感じられた。響華を誘うのはまずかっただろうか。
『う……うん。響華さんもいいよ』
「――ありがとう」
敦美はほっとして笑みを零す。
『じゃ、じゃあ、改めてメールでゲストアカウントとパスワード送るよ。ゲーム自体は『黄泉オンライン』で検索したら出て来るサイトでダウンロードするんだ』
「――分かった。家に帰ったらやってみるね」
『う、うん』
「――じゃあ、また」
電話を切る。輝夜と話せて口元が緩みっぱなしだった。
引き締めるため、パシパシと自身の頬を軽く叩く。それでも先ほどの輝夜との会話を何度も反芻してしまう。
すると気になることがあった。
(「響華さん」って水城君呼んでた……?)
表面上は無表情だったが、敦美は内心でむっとした。敦美は名字の「機國さん」と呼ばれているのに、何故か響華は下の名前で呼ばれているのだ。面白くない。
若干ささくれだった感情で響華に連絡する。その話をすると響華には大笑いされた。
ひとしきり笑い終わった響華に鋭く突っ込まれる。
『敦美。メール自体が仁芸の携帯に出したものだったんでしょ。何で自分の携帯のつもりで話してんのよ。相手、仁芸に送ったメールをアンタ宛てかのように当然の体裁でアンタが喋ってて引いてたんじゃないの』
敦美はその指摘に電話越しに真っ青になった。
元々仁芸の物だったという事実を、浮かれてすっかり失念していたのだ。
「――水城君だって意識する前は覚えてたんだよ……」
『完全に忘れてたってわけ。直ぐに仁芸にも連絡取りなさいよ』
「――水城君に何て言えば」
『正直に言えばいいじゃないの』
響華のアドバイスはそっと心の奥に仕舞って、仕事が終わってから響華と『黄泉オンライン』を遊ぶ約束を取り付ける。
その後、仁芸に連絡したところ、仁芸は既にそのメールを受け取っていた。現在使っている携帯端末とメールボックスを共有していたらしい。
ゲーム好きのはずの仁芸は意外なことに『黄泉オンライン』に対して酷く消極的だった。返答に悩んでいたという。
『……電拳さんの世界の終焉の悪夢に関わるゲームだし、一般領民の俺が関わっていいのか分かんないから俺はやめとく。地下運河の時は、悪夢のキーワードがアプリに入っているかどうかの検証を俺がやってたって段階だったからで……。現に、きょっ……響華さんが名指しされてて、響華さんをゲームに誘えるのって姉ちゃんしかいないと思う。俺じゃ無理なんだ。だから姉ちゃんから、水城さんにそれとなく断っておいてくれ』
「――仁芸」
『ん……?』
「――具合悪いならいつでも早退していいんだよ」
『へ、平気だって……大袈裟だな!』
仁芸は敦美の心配を否定して電話を切った。
だが敦美は剣の死が精神的に堪えているのを知っている。ここのところ、仁芸はずっとお腹が痛いと母に言っていて、夜も眠れてないようで体調を崩している。
しかしあまり敦美には弱ったところを見せない。頼られないのは姉として少し寂しかった。
それから早めに仕事を片付け、夕方4時には響華を連れて敦美は自宅に帰る。
響華は相変わらず手土産を持って来ていて、敦美の母・電富斗乃香を喜ばせていた。
敦美の次元空間ではない方の部屋に2人は入ると、敦美は改めて響華に感心する。
「――響華ってマメだよね」
「親しき仲にも礼儀あり、よ。アンタはこういうの無頓着ね」
「――これから毎日大変じゃない?」
「は?」
眉間に皺を寄せる響華に、敦美は淡々と告げた。
「――やってもらうのはオンラインゲームだから今日で終わらないよ」
「うわっ、面倒くさいわね……」
「――それに響華、PC持って無いよね」
「まぁ、そうね。何、共用の電脳画面じゃ無理なわけ?」
「――電谷から接続前の予備知識がメールで送られて来てるんだけど駄目みたい。だから私のPCを使って」
「オンラインゲーム、ねぇ。ところで『藍らふらいふ』アプリの彼のルートは、失踪EDに変わったのよね? どんな内容か確認はしたの?」
「――葬式EDと大差なかったよ。
水城君の……葬式シーンが無くなって『或る日、彼は突然この世界から失踪したのだった』って真っ黒の背景で告げられるエンディングだった。
多分、これ以降のエンディングも同じような形式だと思う。急遽突貫でルートを追加して作っている感じだから、他のエンディングのつぎはぎでゲームをプレイしても得られる情報はほぼ無いみたい」
「ふーん。で、次に目指しているのが〝滅亡来襲ED〟ってものなわけね。
それの条件で、オンラインゲームと私を何で名指ししているのかも謎だけど、〝影法師の目撃〟ってやつも意味不明じゃない。
……ねぇ、滅亡なんて痛々しい言い回しだけど、さすがに〝滅亡来襲ED〟って実現するのはマズそうな単語じゃない? 本気でこの条件を揃える気なの?」
「この世界に、水城君がいなくなる以上の重大な事態なんてないよ」
敦美が躊躇いもせずきっぱりと力強く断言する。
響華は真紅の瞳を半眼にして呆れた。
「アンタ、彼が関わるとホント迷わないわね」
「――だから響華、力を貸して欲しい」
「もう、しょうがないわね」
肩を竦めながらも、響華は悪い気はしないのか笑って了承してくれた。
「私はゲームって普段やらないからよく知らないわよ。ちゃんと教えてくれるのよね?」
「――うん。あと、先に進めている電谷の事前情報もあるよ」
「私がアイツに教えを乞う日が来るとはね……。具体的に何よ?」
「――『最初は新規キャラクター作成の〝ランダム〟が必見!』」
「は? 必須じゃないなら選ぶ必要ないんじゃない」
響華が軽く柳眉を釣り上げる。
敦美は無表情で電谷のメールを読み上げた。
「――『『黄泉オンライン』はオーソドックスなMMOです。タンク・アタッカー・ヒーラーがジョブではなく生まれの種族で決まるので、種族選びは慎重に。自分達はタンクとヒーラーです』……響華は性格的にアタッカーが向いていると思う。次点でタンクかな」
「敦美が何言っているのか全然分からないわ」
響華の手土産のチーズケーキとアイスコーヒーを飲んで一息入れながら、『黄泉オンライン』をダウンロードする。
ゲームを始めて直ぐに電谷の事前情報の〝ランダム〟の意味が分かり、響華が早速イラッとしていた。これが原因で響華がゲーム嫌いになりませんようにと、敦美はひっそりと胸中で祈る。




