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眠る月の皇子  作者: 古波萩子
第3章 叡智の眺め、MMO『黄泉オンライン』
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 第4話 辛夷領地の電脳と、機械族の機条族長

 11月15日。朝7時。

 あい領地本部ビルでは、既に領地ランカー達がせわしなく動き回っていた。

 領王執務室。あい領地の軍服に身を包んだ敦美あつみは、書類を見ながらブラックコーヒーを口にする。

 プレジデントデスクを挟んで敦美あつみの前に立つ電徳でんとく遙一よういちは、渡された書類を渋面で何度も読み直し、隣の電谷でんやに顔を向けた。


電谷でんやあい領地の共用電脳支配権が無いってどうなってんだよ……」

「フフフー。そう! それは、とあるサイコ密入領みつにゅうりょう者の存在が発覚した時じゃったー」

「げ。〝電牙でんかび葦成あししげ〟……。だけどアイツ、電脳族でんのうぞくじゃないはずだろ」

「どうもねー、お仲間が多いようなのデス」

電脳族でんのうぞくの仲間か。でも、現実問題として機國きぐに『領王』様と電谷でんや以上の電脳族でんのうぞくなんていないだろ。でん――」


 「電拳でんつか族長以外に」という言葉をとっさに呑み込んだ遙一よういちは、ぎこちなく顔を強張らせる。

 電谷でんやはそんな遙一よういちに気遣うような視線を送った。

 そこで敦美あつみが口火を切る。


「――2人とも。あい領地の電脳を乗っ取っているのが誰なのか想像はつく?」


 その問いに顔を上げた遙一よういちは思いがけず敦美あつみと目が合い、頬を赤くして視線を書類へと逸らした。恥ずかしそうにモゴモゴと口を動かして黙り込む。


「――私は、電照でんしょう巫倉みくらの仕業だと思っている」


 敦美あつみの言葉に、遙一よういちはこれでもかと言うほど目を丸くし、電谷でんやは「そーですか。俺はお兄様の可能性もあると思うんですけども」と考え込むように腕を組む。

 2人の発言に遙一よういちは仰天する。


「ちょっ!? え!? み、巫倉みくら様だと……?! そんな馬鹿な! あい領地にいるはずがない!!」

「馬鹿なって、前に電照でんしょう巫倉みくら様本人があい領地に連絡してきた時は、くず領地のハイ様閣下が噛んでたからそっちも知っているっしょ? 電照でんしょう巫倉みくら様があい領地に居たとしても不思議じゃないと思いますぞ。むしろ自然?」


 電谷でんやの答えに納得出来ないのか、遙一よういちは難色を示し続ける。

 敦美あつみはその反応を怪訝けげんに思い、きょとんとする電谷でんやと視線を交わすと遙一よういちに尋ねた。


「――どうして巫倉みくらあい領地にいないと思うの?」

「み、巫倉みくら様は辛夷こぶし領地の電脳技術屋のはずです」

「――え……」

「はいぃ?」


 敦美あつみ電谷でんやは驚く。

 直ぐに電谷でんや遙一よういちに子細を問い詰めた。


「それマジなの!? 詳しく!!」

「あ、ああ……。くず領地の工作員ランカー2人が暴れた時にした電話だよな? あの時のは、確かに辛夷こぶし領地の電脳から巫倉みくら様の通信が入ってたんだ。巫倉みくら様は辛夷こぶし領地に居た」

「――電谷でんや。前に電牙でんかび葦成あししげのことを辛夷こぶし領地に問い合わせた時に電脳のハッキングをしたんだよね? ハッキング戦の方もしていたの?」

「ハッキングはしましたが疑似ハッキング戦はやってません! 特に妨害が無かったんデス。

 辛夷こぶしの電脳技術屋は、俺のヤバイ評判聞いてるから電脳ハッキング戦を仕掛けて来ないんだなぁーってのんきに判断しておりました……」

「――私は電谷でんやのハッキングの早さに、辛夷こぶし領地には共用の電脳を管理する電脳族でんのうぞくがいないと思ってたんだけど、電谷でんやはいると感じてたの?」


「はい。ほぼ好きにハッキングし放題でしたが、完全な乗っ取りは不可だったのでいると感じてたのデス。

 例えるなら、電脳技術屋を雇っていない無防備状態の共用電脳は更地の土地なのです。雇っている共用電脳は土地に家が建っているんっすよ。

 辛夷こぶし領地はその家が建ってますが、無用心にも鍵が開いてて家の中を自由に見て回れたのデス。ただ、もう家が建っているから俺は家を建てられないって感じだったっすね」


「――つまり、巫倉みくら電牙でんかび葦成あししげと共にあい領地に来ていて辛夷こぶし領地を留守にしているってことだね」

巫倉みくら様が電牙でんかび葦成あししげと!? まさかそんな……!」

「……むう、そうなるんすっかね。

 防衛の観点から、電脳を支配した後に別の土地に移動するって発想はなかったですわ。確かに電照でんしょう巫倉みくら様の支配なら、本人がその土地にいなくても普通の電脳族でんのうぞくじゃ乗っ取り返しは難しー! 

 それでも俺は、ここで電須でんす佐由さよし様説も主張しておきますよん。あい領地にいらっしゃるのが確定しているのは電須でんす佐由さよし様の方ですからネ」

「――でも乗っ取られた時期は電牙でんかび葦成あししげの時だから」


「で、で……電須でんす佐由さよし様だって……!?」


 遙一よういち佐由さよしの名に驚愕する。佐由さよし電脳族でんのうぞくでありながら皇族になったという伝説を持ち、電脳族でんのうぞく内で神格化された存在だから尚更だ。


「あ、あ、ああああい領地に本当にいらっしゃるのか!?」

「いるよん! そうだ。裏で水族みずぞくの電脳技術屋も担当してたんでそっちの仕事も譲りましょー」

「え? え!?」


 堂々と敦美あつみの前で裏の仕事の話を切り出されて、遙一よういちは目を白黒させる。

 電谷でんやはそんな遙一よういちを引っ張って扉の前で一礼し、領王執務室から笑顔で退出した。


 2人を見送った敦美あつみは、再び手に持つ書類をじっと見つめる。

 それは『二位』と『十一位』の空位を埋めるため、あい領地で闘技大会の開催を宣言するための書面だった。

 『八位』水瀬みずせ英貴ひできに渡された物で、彼と『三位』水名みずなとおるの署名が成されている。つまり水族みずぞくの総意という訳だ。英貴ひできにはそのことを匂わされ、『領王』の署名を必ずして欲しいと言われた。


(尤もらしい理由を並べて公然と闘技大会を開きたいんだね。私に対する念押し……。ここに署名させて、後々私に文句を言わせないためのものだ)


 水族みずぞく敦美あつみを『領王』から引きずり下ろしたがっている本音が見え隠れし、どこか白々とした目で書類を見る。

 既に上位領地ランカー2名の署名があるため、敦美あつみの署名が無くても発動しようと思えば出来る状態のものだ。それをせず、一応敦美(あつみ)にこうやって伺いをたてている理由はただ1つ。敦美あつみとの敵対を回避したい狙いが透けて見える。


(私は別に戦ってもいいのに、2人がかかってこない)


 敦美あつみは『領王』なので、この闘技大会を止めようと思えば力づくで止められる。この署名にサインをした上位領地ランカー2名を正々堂々白日の下で倒せばいいのだ。

 だが、この2人は敦美あつみと戦わない姿勢を貫くと思う。相手が両手を挙げて降参している状態を倒したような公的戦闘の結果では、無効化を叫ばれるリスクがつきまとう。

 敦美あつみは空中に電脳画面を出現させ、電拳でんつかつるぎが遺したメモを表示した。最後の項目を見る。



 ――『6・真・宙地原そらちのはら世界ED(エンド)……〈条件〉〝あい領地の闘技大会で以下の出場者が揃う。水名みずな篁朝たかとき風我かざわゆい水名みずなとおる電須でんす佐由さよし〟』



電拳でんつか族長の予知夢も、最後は闘技大会をやるのが条件なんだよね)


 しかし、一体いつ頃の開催が望ましいのかが不明だ。

 更にはこの出場者が現段階で有り得ない夢の人選としか言えないため、不可能に近い条件だと思える。

 何故か〝水城みずしろ篁朝たかとき〟が、〝水名みずな篁朝たかとき〟になっているのは誤字なのだろうか。水名みずな家に養子に入ればその名字もあり得るかも知れない。

 敦美あつみは脳裏で仲の良い篁朝たかとき輝夜てるやすの姿を思い出す。そんな未来が全く想像出来なかった。


 不意に、強気な親友が見せた心細げな呟きが脳裏に蘇る。



『最近、あの9年前の試合を悔やむ自分がどこかにいるのよ。真面目にやれば私は敦美あつみに勝てたのか、それとも負けたのか?』



(……決着をつけたいならつけよう、響華きょうか。そんな悩み、私が吹き飛ばすよ)


 覚悟を決めた敦美あつみは、闘技大会の書類に署名をした。





 11時。予定通り、機械族きかいぞく機条きじょうみかど族長から連絡が来る。

 敦美あつみが点滅する受話器のアイコンを押す。電脳画面に機条きじょうが映し出された。

 機条きじょうは地味な顔ながら、どこか浮世絵離れした雰囲気が漂う。

 敦美あつみの父と同じなまり色の双眸を静かに敦美あつみへと向けた。


「――久しぶりです、機國きぐに『領王』。早速、弁明をさせてもらいたい。機械族きかいぞくあい領地に対して他意は無い。先だっての翡翠ひすい領地民が起こした騒動に関して、常人じょうじん整調薬せいちょうやくの煙玉を彼らに譲渡及び販売は行っていない。あれは藤袴ふじばかま領地におろした品と思われる」

「――証拠を」


 機条きじょうから生産、出荷、納品、輸出に関する様々な記録が通信で送られてくる。敦美あつみは素早く藤袴ふじばかま領地から提出された書類とも差違はないか確認した。

 不正はないと判断を終え、敦美あつみの視線が機条きじょうに戻る。

 彼はそれを確認して続きを話す。


「――常人整調薬は、非戦闘能力者である機械族きかいぞく電脳族でんのうぞくの一時的撤退や逃亡を目的とした護身用品だ。ただ、攻撃用途で開発されたものではないとしても、他種族が攻撃目的に使用することがあるのは知っていた。だからこそ9年前の翡翠ひすい革命の件を警戒し、翡翠ひすい領地とその近辺の領地に卸すことはしていない。

 銃に関しては機國きぐに『領王』もご存じだろう。あれらの武器は人の手が介さなければ動かない道具。道具は機械族きかいぞくの発明ではなく、刃族やいばぞくが管理する武器である。勿論、それを応用したミサイルなどの兵器は機械族きかいぞくの生産品だが」


「――刃族やいばぞくからはまだ返答がないけど、多分謝罪は来ないと思います」

「――道具は道具でしかなく、使い手の心次第だというのがかの種族の言い分。機械族きかいぞくの護身用品のせいで殺戮さつりく兵器と化すのだと、また機械族きかいぞくにお叱りが来るな」

「――……」


 微かに眉をひそめた敦美あつみの表情を見て、機条きじょうは相好を崩した。


「――理不尽に思えるが、刃族やいばぞくにしても剣や弓、銃などの道具は非常時用の護身用品として造られているものでしかない。種族能力が有れば簡単に防げる性能であり、戦場で体調不良や精神の疲労によって一時的に力が使えなくなった際に、やむを得ず命を守るために使うのが本来の正しい使用法である。

 現に刃族やいばぞくは、他種族がこの武器を使って無力な機械族きかいぞくに一方的な攻撃をすることを一切認めておらず、機械族きかいぞくに設計図を譲渡して下さった歴史がある」


「――武器と言えば……弟に核星かくせい爆弾の造り方をどうして教えたんですか? 機械族きかいぞくの族長にしか受け継がせないと言っていたのに」


 敦美あつみあい領地の『領王』になった時から、機条きじょうに次期機械族(きかいぞく)族長の話をもらっている。その関係で、機械族きかいぞく族長のみ受け継ぐ知識を多少得ていた。

 だが弟の仁芸にぎは族長候補ではないのだ。

 敦美あつみの問いに機条きじょうは笑みを消し、真顔になる。じっと感情の浮かばぬ瞳でしばし敦美あつみを見つめてから口を開いた。


「――君は、本当に機械族きかいぞくの族長になるのだろうか……?」


(……え……)


 敦美あつみは思いがけない言葉に目を見開いた。何となく将来は機械族きかいぞく族長になることを受けいれていたからだ。


「――私は……」

「――亡くなった電拳でんつか族長は、異様な電脳族でんのうぞくおさだったと思う」


 機条きじょうに言葉を遮られ、敦美あつみは一旦口をつぐむ。


「――大地族だいちぞくの人脈、刃族やいばぞくに銃を都合させるコネ。あれは一介の電脳族でんのうぞく族長が持ち得る影響力ではなかった」

「――翡翠ひすい領民の銃は、電拳でんつか族長の調達によるものだと……?」

「――私はそう推測している。そして、彼によって翡翠ひすい領地とあい領地、2つの領地が引っかき回されている。多数の領地をまたぐ影響力――皇族御三家も顔負けだった。あれをただの種族の族長と評するのは、私はいささか躊躇ちゅうちょする」

「――皇族のような、影響力……」


 機条きじょうは「不敬かな」と苦笑した。


「――しかし、そうとしか言えない。そして君も、彼と同様の所業をしていると自覚して欲しい。あい領地の『領王』の領分を越え、海を隔てた中央大陸のくず領地、女郎花をみなえし領地、藤袴ふじばかま領地、更に北東の翡翠ひすい領地に攻撃を行い、影響を及ぼしている。私には、君が機械族きかいぞくの族長に収まる未来が見えない」

「――私を次期族長にするつもりはないということですか?」

「――いや、なってくれるならありがたいよ」


 ふんわりと機条きじょうが微笑む。しかし、その鉛色の瞳には感情というものが一切滲んでいないように見える。昔から機条きじょうの作る表情は不思議と人工的で、特に敦美あつみはAIの搭載されていない心の欠けたロボットみたいだなと感じることがある。


「――君は1度ぐらいあい領地を出て中央大陸に旅行してみると良い。機械族きかいぞくの〝機國きぐに敦美あつみ〟を知らない『領王』も族長もいない。これは大袈裟ではなく事実だ」

「――暇が出来たら」

「――それは一生やらない常套句じょうとうくだな」


 機条きじょうは呆れたように嘆息するが、そもそも敦美あつみは例え『領王』でなくなったとしても輝夜てるやすのいるあい領地から離れる気はない。


「――最後に1つ、機械族きかいぞく族長しか知らないことを聞かせて下さい」

「――ならないかもしれないという話をした後に切り出してくる話ではないだろう。しかし、構わない。何だろうか」

「――皇族御三家の1つ、太陽族たいようぞくが800年前から隠れ住んでいる場所は、辛夷こぶし領地ですか」

「――そうだ。正確には、辛夷こぶし領地が所有する島、うめ領地。衛星で見つけたその場所は公然の秘密で、特に機械族きかいぞく族長のみが知る情報ではないが、君の世代にはその地名を教えていなかったか」

「――両親や親戚の大人は皆、電須でんす佐由さよしに関わる話は曖昧にしか話してくれないので」

「――君は特に、事故死した電照でんしょう族長の娘とともに育っているせいだろう。

 太陽族たいようぞくが隠れ住む場所を教えはしたが決して接触しないように。それが機械族きかいぞくとして、皇族に示せる唯一の礼儀で不文律でもある」

「――はい」


辛夷こぶし領地と巫倉みくらが、完全に太陽族たいようぞくで繋がった)



 その後、機条きじょうとは当たり障りのない情報交換を行い、通信を切った。

 敦美あつみがプレジデントデスクに視線を向けると、仁芸にぎから譲られた携帯端末にメールが来ていたことに気付く。

 そういえばバタバタしていて、仁芸にぎの代わりの携帯端末を買うのを後回しにしていた。仁芸にぎは他にも携帯端末を持っているので「早く買ってくれ」とせっついてこないせいもあり、つい優先順位が下がっていたのだ。

 とりあえず、緊急のものかどうかメールを開いてみることにする。

 ボタンを押してから頭の片隅で、仁芸にぎに了承を取るのを忘れたと思った。後の祭りである。

 しかし瞬時に仁芸にぎへの思考が綺麗さっぱり吹っ飛んだ。



『俺の知人が作った『黄泉よもつオンライン』というゲームを良かったら一緒に遊ばない?』



 相手は〝水城みずしろ輝夜てるやす〟と表記されていた。

 メールの内容に敦美あつみの思考が完全に停止する。信じられないものを見るように敦美あつみはそのメールを凝視した。


水城みずしろ君から遊びの誘いのメールが……!? あ、でもこれ本当に水城みずしろ君!?)


 夢でも見ているのだろうか。

 敦美あつみはすっかり狼狽ろうばいし、革張りの椅子から立ち上がると執務室内を意味も無くウロウロと歩き回った。ふわふわとした思考で輝夜てるやすのメールが頭の中全てを占める。


(返事……返事しないと!? 仁芸にぎに聞いてから「うん、遊ぼう」とか。でもそれじゃ短過ぎてそっけない文章に見えるよね、顔文字をつけた方が……。顔文字ってどれを使うのが一般的かな。どうしよう、普段全然使ったことない。もっと文章を増やして返事したいから、この『黄泉よもつオンライン』で広げ――って、え……? 『黄泉よもつオンライン』!?)


 そこで敦美あつみは漸くつるぎの遺言で次の条件として掲示されていたゲーム名に気付いて驚いた。慌ててつるぎのメモを確認する。



 ――『4・滅亡来襲ED(エンド)……〈条件〉〝『黄泉よもつオンライン』炎乃えんの響華きょうかがプレイ〟〝影法師の目撃〟』



 敦美あつみはメール内容を熟考している場合ではないと思い、急いで輝夜てるやすに電話した。電話帳にも輝夜てるやすの番号があり、いつの間にか輝夜てるやすと交流している仁芸にぎ敦美あつみは軽く嫉妬する。

 数回のコール音の後、電話が繋がった。


『もっ、もしもし。ごめん、さっきは授業中にメールして』


水城みずしろ君の声だ)


 ショッピングモール以来である。数日振りに輝夜てるやすの声を聞けて心がふわりと温かくなった。敦美あつみは頬を緩めながら答える。


「――ううん。執務室にいるから大丈夫」


 ドキドキと鼓動が高鳴り、つい緊張して言葉を切ってしまった。1度深呼吸をこっそりしてから出来るだけ綺麗に聞こえる声音を探る。


「――教えてくれたゲーム……響華きょうかも誘っていいかな、水城みずしろ君」


(最後ちょっと上擦うわずった……!)


 よりにもよって輝夜てるやすの名前の部分を噛みかけ、敦美あつみはぐったりと壁にもたれる。とんだ失態だ。

 しかも輝夜てるやすからは戸惑っているような雰囲気が感じられた。響華きょうかを誘うのはまずかっただろうか。


『う……うん。響華きょうかさんもいいよ』

「――ありがとう」


 敦美あつみはほっとして笑みを零す。


『じゃ、じゃあ、改めてメールでゲストアカウントとパスワード送るよ。ゲーム自体は『黄泉よもつオンライン』で検索したら出て来るサイトでダウンロードするんだ』

「――分かった。家に帰ったらやってみるね」

『う、うん』

「――じゃあ、また」


 電話を切る。輝夜てるやすと話せて口元が緩みっぱなしだった。

 引き締めるため、パシパシと自身の頬を軽く叩く。それでも先ほどの輝夜てるやすとの会話を何度も反芻してしまう。

 すると気になることがあった。


(「響華きょうかさん」って水城みずしろ君呼んでた……?)


 表面上は無表情だったが、敦美あつみは内心でむっとした。敦美あつみは名字の「機國きぐにさん」と呼ばれているのに、何故か響華きょうかは下の名前で呼ばれているのだ。面白くない。


 若干ささくれだった感情で響華きょうかに連絡する。その話をすると響華きょうかには大笑いされた。

 ひとしきり笑い終わった響華きょうかに鋭く突っ込まれる。


敦美あつみ。メール自体が仁芸にぎの携帯に出したものだったんでしょ。何で自分の携帯のつもりで話してんのよ。相手、仁芸にぎに送ったメールをアンタ宛てかのように当然の体裁でアンタが喋ってて引いてたんじゃないの』


 敦美あつみはその指摘に電話越しに真っ青になった。

 元々仁芸(にぎ)の物だったという事実を、浮かれてすっかり失念していたのだ。


「――水城みずしろ君だって意識する前は覚えてたんだよ……」

『完全に忘れてたってわけ。直ぐに仁芸にぎにも連絡取りなさいよ』

「――水城みずしろ君に何て言えば」

『正直に言えばいいじゃないの』


 響華きょうかのアドバイスはそっと心の奥に仕舞って、仕事が終わってから響華きょうかと『黄泉よもつオンライン』を遊ぶ約束を取り付ける。


 その後、仁芸にぎに連絡したところ、仁芸にぎは既にそのメールを受け取っていた。現在使っている携帯端末とメールボックスを共有していたらしい。

 ゲーム好きのはずの仁芸にぎは意外なことに『黄泉よもつオンライン』に対して酷く消極的だった。返答に悩んでいたという。


『……電拳でんつかさんの世界の終焉の悪夢に関わるゲームだし、一般領民の俺が関わっていいのか分かんないから俺はやめとく。地下運河の時は、悪夢のキーワードがアプリに入っているかどうかの検証を俺がやってたって段階だったからで……。現に、きょっ……響華きょうかさんが名指しされてて、響華きょうかさんをゲームに誘えるのって姉ちゃんしかいないと思う。俺じゃ無理なんだ。だから姉ちゃんから、水城みずしろさんにそれとなく断っておいてくれ』

「――仁芸にぎ

『ん……?』

「――具合悪いならいつでも早退していいんだよ」

『へ、平気だって……大袈裟だな!』


 仁芸にぎ敦美あつみの心配を否定して電話を切った。

 だが敦美あつみつるぎの死が精神的に堪えているのを知っている。ここのところ、仁芸にぎはずっとお腹が痛いと母に言っていて、夜も眠れてないようで体調を崩している。

 しかしあまり敦美あつみには弱ったところを見せない。頼られないのは姉として少し寂しかった。





 それから早めに仕事を片付け、夕方4時には響華きょうかを連れて敦美あつみは自宅に帰る。

 響華きょうかは相変わらず手土産を持って来ていて、敦美あつみの母・電富でんほ斗乃香とのかを喜ばせていた。

 敦美あつみの次元空間ではない方の部屋に2人は入ると、敦美あつみは改めて響華きょうかに感心する。


「――響華きょうかってマメだよね」

「親しき仲にも礼儀あり、よ。アンタはこういうの無頓着ね」

「――これから毎日大変じゃない?」

「は?」


 眉間に皺を寄せる響華きょうかに、敦美あつみは淡々と告げた。


「――やってもらうのはオンラインゲームだから今日で終わらないよ」

「うわっ、面倒くさいわね……」

「――それに響華きょうかPC(パソコン)持って無いよね」

「まぁ、そうね。何、共用の電脳画面じゃ無理なわけ?」

「――電谷でんやから接続前の予備知識がメールで送られて来てるんだけど駄目みたい。だから私のPCを使って」

「オンラインゲーム、ねぇ。ところで『あいらふらいふ』アプリの彼のルートは、失踪ED(エンド)に変わったのよね? どんな内容か確認はしたの?」

「――葬式ED(エンド)と大差なかったよ。

 水城みずしろ君の……葬式シーンが無くなって『或る日、彼は突然この世界から失踪したのだった』って真っ黒の背景で告げられるエンディングだった。

 多分、これ以降のエンディングも同じような形式だと思う。急遽きゅうきょ突貫でルートを追加して作っている感じだから、他のエンディングのつぎはぎでゲームをプレイしても得られる情報はほぼ無いみたい」

「ふーん。で、次に目指しているのが〝滅亡来襲ED(エンド)〟ってものなわけね。

 それの条件で、オンラインゲームと私を何で名指ししているのかも謎だけど、〝影法師の目撃〟ってやつも意味不明じゃない。

 ……ねぇ、滅亡なんて痛々しい言い回しだけど、さすがに〝滅亡来襲ED(エンド)〟って実現するのはマズそうな単語じゃない? 本気でこの条件を揃える気なの?」


「この世界に、水城みずしろ君がいなくなる以上の重大な事態なんてないよ」


 敦美あつみ躊躇ためらいもせずきっぱりと力強く断言する。

 響華きょうかは真紅の瞳を半眼にして呆れた。


「アンタ、彼が関わるとホント迷わないわね」

「――だから響華きょうか、力を貸して欲しい」

「もう、しょうがないわね」


 肩を竦めながらも、響華きょうかは悪い気はしないのか笑って了承してくれた。


「私はゲームって普段やらないからよく知らないわよ。ちゃんと教えてくれるのよね?」

「――うん。あと、先に進めている電谷でんやの事前情報もあるよ」

「私がアイツに教えを乞う日が来るとはね……。具体的に何よ?」

「――『最初は新規キャラクター作成の〝ランダム〟が必見!』」

「は? 必須じゃないなら選ぶ必要ないんじゃない」


 響華きょうかが軽く柳眉を釣り上げる。

 敦美あつみは無表情で電谷でんやのメールを読み上げた。


「――『『黄泉よもつオンライン』はオーソドックスなMMOです。タンク・アタッカー・ヒーラーがジョブではなく生まれの種族で決まるので、種族選びは慎重に。自分達はタンクとヒーラーです』……響華きょうかは性格的にアタッカーが向いていると思う。次点でタンクかな」

敦美あつみが何言っているのか全然分からないわ」


 響華きょうかの手土産のチーズケーキとアイスコーヒーを飲んで一息入れながら、『黄泉よもつオンライン』をダウンロードする。

 ゲームを始めて直ぐに電谷でんやの事前情報の〝ランダム〟の意味が分かり、響華きょうかが早速イラッとしていた。これが原因で響華きょうかがゲーム嫌いになりませんようにと、敦美あつみはひっそりと胸中で祈る。


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